第70話 …30秒あれば充分だ

 していたアギドの身体を完全に失ったマーダ。氷の結晶のようになったその身体は風に流され消えてゆく。


「や、やったのかっ!?」


「分子レベルで肉体を崩壊ほうかいさせたのだ。どんな再生能力を持った生物でさえこれでは……………っ!?」


 アギドの肉体という余りにもとうと犠牲ぎせいをもって、遂に相手をめっした。

 ヴァイロですら、そう確信したにも関わらず何やら不穏ふおんな気配がただよい、皆の顔を曇らせる。


「素晴らしいィィ! これが恐らく暗黒神ヴァイロの魔法に於いて、理論だけでなく実現出来た史上最強の術式ッ!」


「なっ!? ば、馬鹿な貴様! 何故そこにそうしていられる!?」


 驚天動地きょうてんどうち、なんとマーダは未だに存在し、地獄の凍土マカ・ハドマの術を受けた筈なのにって大いに笑っているではないか。


 他にも様々な攻撃をその身に受けたし、その前にも肩口をバッサリと斬られていたのに、完全に無傷な状態でそこにいた。


−273.15 °C絶対零度の世界。これがあればお前の竜ノヴァンが、最悪反旗はんきひるがえしても、止めるすべがあったという訳だ。実に見事だ、これは何のはかり事もない純粋なめ言葉だっ!」


「ならば何故っ!?」


「おぃおぃ、そろそろ気づいてやらないと、あの世でが悲しむぞっ! もっとも魂が残っていればの話だがなァァ!」


 迷える子羊達にヒントを与え、その反応をさらに楽しむマーダ。確かにノヴァンに騎乗していた筈のカネランコボルト忽然こつぜんと姿を消している。


「いつまでも犬の首輪なんぞに良い様にされる我だと思うてかっ! 捕まった瞬間に一芝居ひとしばいうったのだよ。実に痛快であったっ! 味方を次々と攻撃リンチするその様は……大変ゾクゾクさせて貰ったよ………」


「まさか幻……術イリュージョン!?」


「正解だ、あのコボルトは、一体何回死んだのであろうな……」

「い、言うなっ!」


「しかもこのアギドとかいうガキの姿に対する情け容赦ようしゃない波状はじょう攻撃。闇側の連中に相応ふさわしい傲慢ごうまんさと狂気きょうきに満ちあふれていたなあ、クククッ………」


 色々とヴァイロ等の琴線ことせんに触れてゆくマーダ。


 特にミリアにしてみれば自分がカネランにけしかけたのがきっかけだと思い込むと、せっかくリンネのおかげで立ち直ったものが、音を立てて崩れてゆきそうだ。


「…………」

「…………リンネ?」


 気がつけば再びミリアのとなりで手を握るリンネがいた。はげましも同情の言葉も掛けない。


 ただ強く握りしめ、こちらに曇った顔を見せてくるミリアに対し、何度も強く首を振るだけである。


「さて………この身体にもようやく慣れてきたようだ。どれ、そろそろ遊びは止めて本気で此方こちらから仕掛けるか」

「…………っ!」


 両手の指をボキボキと鳴らしながらニヤッと周囲に笑い掛けるマーダ。ヴァイロ等の緊張の糸が張り詰めてゆく。


 ◇


「………此処ここさんじよ『生物召喚アルボケーレ』」


 一方異空間を彷徨さまよい続けているシアン、レイチ、ニイナの三人。シアンに認められた手段を実行に移したニイナ。


 いくら150年生きているハイエルフの彼女でさえ、異空間こんな所で成功させた試しはないので、正直自信がなかった。


「「なっ……」」

「やっ、やったぁ! 成功ッ!」


 武器のたぐいは届かない程、離れた先の闇の中。ほたるのような光が瞬時にかたまりとなってゆく。

 求めていた二人は、まんまと闇に引きずり出された。


 慌てふためく姉弟の双子。修道騎士しゅうどうきしレイシャと、賢士けんしレイジ。


 驚きの発声をしていることに違いないが、シアン等に伝達する空気が存在しないため、少々間抜けに見える。


(な、何故こんな所に私達はいる?)

 ―やあ御二人共、ご機嫌きげんはいかがかな?


 狼狽うろたえている二人に対し、シアンは涼しい声を接触コンタクトで届ける。


 脳に直接届く声がグエディエル姉弟していにとって、実に高慢こうまんに感じられ立腹した。


「し、シアンの声が届くっ!? エルフのガキ共すらそろっているだと!?」

 ―まあ気分上々とはイカンだろうな。そちらには酸素すらない。


 シアンの声、そろい踏みの三人、そして自分達すら此処にいる理不尽りふじん


 ―ニイナの生き物を召喚しょうかんする術でお越し願いましたの。ちゃ~んとバラバラにならない様、ひと手間をかけたのですよ。ホホホ……。


(ば、ババア! そ、そうかっ! レアットとかいう馬鹿もあの時コレで呼び出したから、助かったのかっ!)


 そんな相手の恥辱ちじょくあおるためか、老婆ろうばエトラ変装時の声をわざわざ使うシアン。

 この状況を中々にいやらしく利用する。


 ―さぞ息が苦しかろう? どうかな……いっその事、その新月流しんげつりゅう奥義とやらを解いて、共に此処を出てから再戦というのは?


 姉の袖口そでぐちつかんで必死に頭を振るレイジ。彼には判る、追い込まれてるのは、むしろ向こうだという事を。


(………我ながら無理を言っている。2分以内に抜け出せなければ、不死鳥の効力切れで負け確は此方なのだ)


 これがシアンの本音。何より此方の三人は一見余裕そうに見えるが、実の処ジリ貧なのだ。

 魔法の結界内に残っている酸素なぞ、たかが知れている。


 対するレイシャ側は、まだ40秒といった処。要は潜水せんすいでもしてるつもりで耐えてしまえば良いだけの話だ。


「……フッ、良くてよ。私もこんな味気あじけない形で貴女宿敵との勝負が終わるなんて、実につまらないと思っていたの」


 やれやれといったてい了承りょうしょうするレイシャ。こうしてる間にも刻々こくこくと時間が過ぎて此方レイシャ側の優位性は増えてゆく。


 用心深い弟レイジとて姉の勝利は動かないと確信している。後は腹をくくるだけである。


「じゃあ、やるから覚悟なさいっ!」


 黒い二刀を幾度いくども振るうレイシャ。闇の中でやっているので、刃が映ることはなく、一見ただ暴れているだけの様に見えなくもない。


 けれども此処にいる強者共つわものどもは知っていた。

 踏ん張りが全く効かない中での見事な剣舞けんぶである事を。


 此処からシアン達は、頭の中でアナログ式のタイムウォッチの針を意識し始める。

 既に残りは、分を切っている。50、49、47……。


 闇に亀裂きれつが入り、鏡が割れたのと、ほぼ同様の音がした。

 異空間が割れて、硝子ガラスのように粉々こなごなになってゆく。


 全員の目に入ってきた景色。間違いなく元々いたカノンとラファンの境にあたる元々いた戦場の空に相違そういなかった。


「さあっ、どう出るっ? 間もなく30秒を切るぞっ!」

「…30秒あれば充分だ」


 愛刀の黒い刃をめながら、相手の動向を決して見逃すまいと構えるレイシャ。不死鳥の化身となったシアンの反抗が幕を明ける。

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