第69話 やっちゃないよッ! そこのワンコッ!

 全天が闇しかない異空間をひたすらに落ち続ける三人シアン達。地面に叩きつけられる未来すらない。


「ふぅ………。やれやれだな、しかし二人共良くやってくれた」


「いや、それよりもこのままじゃ三人一緒に共倒れですよ? 命綱いのちづなを投げるなら僕達じゃなくてあの修道騎士レイシャ賢士レイジにしなくては………」


 此方は異空間の闇に沈められた側、シアン達三人である。


 沈められる絶望の最中さいちゅうにシアンは、レイチとニイナに向かって咄嗟とっさにロープを投げこんだ。


 腰にもやい結びで結束けっそくしたおかげで、バラバラにならずに済んだ三人。


 何処に繋がっているか判らないこの場所は、例え同時に落ちたとしても合流出来る可能性は限りなくゼロに等しい。


 ここら辺の連携は、傭兵ようへい時の経験というよりも、父の美術品を盗みで取り返していた義賊ぎぞくの経験が活かされていた。


 けれども水も空気すらもないこの空間で、何故この三人は会話が成り立っているのか?


 それは出撃前にミリアが付与エンチャントしてくれた守備系魔法フェルメザを結界のように広げたからである。


 今でこそミリア自身が守備系魔法を攻撃に転換しているのが目立つが、これが本来の使い道にちかしいというものだ。


「このままじゃどのみち魔法の効力が切れたらお終いです。それにせっかく不死鳥フェニックスを使ったというのに………」


「そ、それについては弁解べんかい余地よちがないな………」


「へっへっへ、外に通じる命綱。100%完璧とは言わないけど、じ・つ・は、あるんだなぁ~これがっ」


 レイチの指摘してきにぐうの音も出ず苦笑するシアンであったが、ニイナが破天荒はてんこうな策を残していたことを鼻高々はなたかだかに明かす。


「…………成程、お手柄てがらだニイナ。最早それにすがるより道はない」


「まあ、ぶっちゃけ近接戦闘じゃ出来ることがないから頭が回ったんだけどねっ。じゃあ時間もないし、いっくよぉぉ!」


 喜びにほころんだ顔でニイナの頭をでながらシアンはたたえる。

 テヘッと舌を出してから、ニイナが早速その奇策きさくを仕掛ける。


 暗黒神ヴァイロ軍、戦の女神エディウス軍においてこれが出来るのは彼女だけだ。


 ◇


「ドラゴ・スケーラ、暗黒神ヴァイロの名において、来たれ新月の影。陽の光すら通さぬころもを我に与えよ『新月の守り手ベスタクガナ』っ!」


 リンネの𠮟咤激励しったげきれいで立ち直ったミリアは、凛々りりしくも美しい声で守備系最強魔法を再び唱えた。


「おおっ!? 何故我にこの結界を?」


(………ミリアっ、良かった、よみがったか。……にしてもこの術式をこれ程広範囲に……。しかも同時に相手マーダにすら張るとは。こんな使い方はこの俺ヴァイロにすら無理だ)


 本来なら術者本人だけが対象であるこの魔法を、マーダに反抗はんこうせんとする連中をまとめて対象にしたミリア。


 先ずその魔法技術に驚かされるのだが、敵にまで作用さようさせる発想はっそうには暗黒神魔法の創造主そうぞうしゅたるヴァイロ自身が舌を巻く。


「………解放せよっ、我等をしばる星の鎖よっ! 『ヴァレディステラ』!」


 空で戦っている連中の驚きを他所よそに、ミリアは重力解放ヴァレディステラを自身とリンネに掛けて、指をからめて手を繋ぎつつ空をける。


「マーダ……で、良かったかしらこの泥棒野郎ッ! その結界は言うまでもなくお前を守るためのものじゃなくてよッ! ちょっと触れただけでも無傷じゃ済まなくてよッ!」


「………ミ・リ・ア!?」

「み、ミリア……さん? 性格キャラ変わってませんっ?」


 敬語はおろか、マーダに向けて汚い言葉を吐き捨てるミリア。一番後方にいるアズールすら耳をうたがい、一緒に飛ぶリンネの方が慣れない敬語を使う。


「さあっ、皆早く仕掛けなさいッ! でないとまた私が一人でやっちゃうよッ!」


「そ、そうは言うがお前の新月の守り手ベスタクガナアヤツマーダを守って………」


「良いからやっちゃいないよッ! そこのワンコカネランッ!」

「わ、ワォォォオンッ!!」


 至極しごくもっともな意見を返そうしたカネランだったが、何かがはじけたようなミリアから逆にあおられ、黒き竜ノヴァンに騎乗しながら魂の鎖を投げ打つ。


 これはどうしたことだろう。マーダを守る筈のベスタクガナが全く機能しない。

 マーダは首を鎖でくくられてしまい、涼しい顔をしていられなくなる。


「ウグッ!? これはイカサマか? この小娘ミリア………」


「いいえ、そんなことはなくてよ。此方こちらの攻撃だけが通り、アンタはむなしくやられるだけの木偶デクと化す。これは守備系魔法だけを極めた私のオリジナルッ!」


 遂に仲間達と合流を果たしたミリアが、両腕を組んで見下した態度で告げる。


 鎖をつかんで千切ちぎろうとむなしい努力をするマーダは、歯痒はがゆくて仕方がない。


「さぞくやしいだろうなマーダ。だが貴様に大事なアギドをうばわれた俺達の怒りは、その首を千切っても治まる事はないと思え」


 ヴァイロの宣言を皮切りに、ノヴァンは獄炎の息ブレスを吹きつけ、アズールは爆炎フィアンマをけしかける。


 リンネは高周波の声で全身を機能不全にし、ミリアが右の手刀に新月の守り手ベスタクガナを集中させて創造そうぞうした光の刃で斬りつける。


 マーダに対する壮絶そうぜつたる刑執行けいしっこうの嵐はとどまることを知らない。

 首を絞められているので、痛みの声すら上げるいとまも与えない。


「ゲレラ・コンゲレイト・コールド………」


 突如とつじょ異様な雰囲気ふんいきと共に、白い冷気を包まるヴァイロ。処刑人であった連中は、空気を察し、その場を離れる。


 ヴァイロからあの人懐ひとなっこい青年の声色すら消える。彼は正に暗黒神のそのものであることを固持こじする。


「……おおっ氷雪ひょうせつ魔狼まろうフェンリルよ、暗黒神ヴァイロの名において、この愚者ぐしゃにえとしてささげん。永久凍土えいきゅうとうどと化したときおのが罪をようやく知るだろう………」


 その立ち姿、まるで別人のようであるが、彼に決闘を挑んだ者だけは見覚えがあると自覚する。


 リンネ、ミリア、アズール、そしてドラゴンであるノヴァンすら感じる悪寒おかんは、詠唱している魔法のせいだけではない筈だ。


「さあ、絶対零度ぜったいれいどの冷気によって、貴様に分子分解の死をくれてやる。『地獄の凍土マカ・ハドマ』」


 最初から最後まで冷たい口調を変えぬまま、ヴァイロは天罰てんばつを下すが如く詠唱を終える。


 魔法の素人でも彼が高位こうい魔法を唱えた位のことは理解出来る。なれど印を結ぶとか何かを捧げるといった諸動作しょどうさは一切ない。


 ただただ無慈悲むじひな冷気が、まるでヴァイロの化身のように出現すると、それは一瞬にしてマーダから全ての温度を奪い去り、瞬間冷凍されたかと思いきや、そのまま氷の粒となって消え失せた。

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