第61話 カノンは闇、闇は罪

戦之女神エディウスよ、この者等に心安らかなる刻を『天使之休息レソデンジェロ』」


 名を知らぬとある司祭が奇跡を使おうとする。これは相手を眠りに誘うもの。


暗黒神ヴァイロの名において命ず! 火蜥蜴サラマンダーよ、その身を焦がせ! 『ロペラ』!」


 そこへすかさずロペラを唱えるアズール。元来この魔法は小規模爆発を多数発生させ、1対多で用いる。


 しかしこれを彼は一直線にその司祭へ向けて、連なるように仕向けた。まるで銃火器の連射に見える攻撃が司祭を襲い一点突破。


 首を撃ち抜かれて司祭は即死した。見事な援護射撃えんごしゃげきである。


 後方に回されたアズールだが、攻撃力強化のアルマトゥーラをアギド等に付与エンチャントしておくなど、なかなかに計算高い活躍を見せている。


 下手に詠唱を始めると400m上から射撃スナイプされると知るや、エディウス軍は、数を減らされたシグノを前面に押し立てるしかない。


 何とかシグノの翼を使ってもっと上を取ろうとするのだが、弓矢の牽制けんせい攻撃が待っている。


 実はそんなもの届きもしないのだが、空中戦に慣れている人間なぞこの世界線には滅多めったに存在しない。戦意をくじくには充分な効果であった。


 一方、同じく後方に回された暗黒神ヴァイロ。アギドに言われるがまま、戦況を見つめている。


「エディウス………多大なる白い竜シグノを連れたそのさまは、さながら宗教戦争を仕掛けているように見えるが、実は戦争をするつもりすらないのだな」


 彼はこの状況を分析している。この戦乱を恐らく草葉くさばの陰から見つめているフォルデノ王国の斥候せっこうには、黒い群れヴァイロ軍を打ち払うに見えているだろう。


 現状は明らかにこちらが優勢。だけどエディウスは白い竜シグノを自分のとしか見ていない。


 自軍の連中も名の通ったネイムド者以外は、正直どうでも良いのであろう。詰まる所、自分の欲次の身体を手に入れさえすれば、後はおまけの景品といった所か。


「そして俺達はたとえ勝利しても、結局と言われ続けるのか………」


 さっきは皆の手前、うだっていても仕方がないと振舞ふるまって見せたが、この総大将ヴァイロの心中には、未だに暗雲が広がっている。


 彼等ヴァイロ軍が、あのバンデの口車に乗せられてラファンの首都ディオルに攻勢を仕掛けた時の話だ。


「カノンとは闇、そして闇は罪。さらに闇を率いて戦い、皆を殺した貴様こそが最大の罪だ……」


 全く名前も知らぬエディウス軍の兵士が、ヴァイロの足元にすがりつきながら言った最期の言葉だ。


 この骨肉こつにくの争い、仕掛けてきたのは戦の女神エディウスであり、こちらは守るための武力行使をしたに過ぎない。


 だが世間一般の認識をこの兵士が代弁だいべんしたと言っても過言ではなかろう。少なくともヴァイロ自身がこの罪の意識をぬぐえていないのだ。


「もう……よそう。とにかく俺はリンネ達を守りたいんだ。その後、もしばつを受けるのなら俺だけがかぶれば………ただそれだけの話だ」


 悲哀ひあいに満ちた声でこそあるが、目標ゴールを発声することで何とか自身をふるい立たせようとするヴァイロであった。


「なっ、何だよありゃ!?」

「ムッ! や…闇が斬りつけてくる!?」


 遠目にアズールが語彙ごいを見出せないものを見つける。釣られて同じ方角を見つめるヴァイロが、意味の通らない台詞せりふを吐く。


 夜の有視界ゆうしかいとぼしい状況下で、暗中あんちゅうに闇が襲ってくると言う人間は、どうかしていると思わざるを得ない。


 地上からおよそ100m程、突如とつじょ競り上がって来た黒い何か。地面が裂けて立ち昇るマグマを彷彿ほうふつとさせる。


 それが修道騎士レイシャの駆るシグノから、200m位近づいたシアン達の前にいるを蒸発させた。


 尚、余談よだんだがヴァイロの光で真空を斬る魔法アディシルドも、最大火力にすれば似たような芸当げいとうが出来るが、流石に高さ100mというのは、規格外きがくがいが過ぎた。


「アーハッハッハッ!! あのクソ忌々いまいましい女剣士シアン耳長エルフ共も一網打尽いちもうだじんだわっ!!」


 200m先の闇から聞こえてくる高飛車たかびしゃな笑い。完全に勝ち確だとはやる気持ちが伝わってくる。


「おおっ、これが黒い二刀の真の実力という訳ですねっ!」


「らしいな…全く、剣の刃の上を渡る思いだ。レイシャ・グエディエル! 高尚こうしょうな貴公のことだ。手加減なしの射程距離200mと思って相違そういないな!」


 何やら楽し気な見世物みせものの感想を語るように喋るレイチと、声をワザと張り上げ、あろうことか敵の能力を質問するシアンである。


「あったり前じゃないのよっ! すら全力で倒すのがこの私、レイシャ・グエディエルよッ!」

「…………」


(いや……獅子ししにはむしろ全力出してよ…大体意味判んないし…)


 ポーズを決めるためにわざわざ左手の方は納刀のうとうし、そのまま腰に当てて、右手の剣でビシッ! 

 ……と効果音すら聞こえてきそうな勢いで、シアン等を指しながら、堂々と応えるのが、このレイシャという騎士の流儀りゅうぎである。


 発声力を完全に失う周囲の面々めんめん。思わずニイナが心の中でどうでも良いツッコミを入れた。


 言った当人は、やらかしたなどと一寸いっすんも思っていない。些細ささいなことだと思っているか、本当に何も考えていないのか………。


 そもそもレイシャが斬り裂いたと思い込んでいたものは一体何だったのか。


 ソレはニイナが水の精霊で描いた幻影だったのだ。


 もうとっくに気づいている筈なのに、これに驚きすらしないレイシャという騎士は、お馬鹿さんなのか、豪傑ごうけつなのか……。


 しかし200m半径はんけいでそれを知った所で一体何が出来るというのか。

 術のたぐいではないので、レイシャが剣を振るだけで同じ事が繰り返されるのだ。


 近寄るか、あるいは同じ射程しゃていの攻撃を繰り出すしかないシンプルかつ、えげつない状況である。


「エル・ジュリオ・デ・ディオス。雷鳥よ、神の裁きよ、我が力となりて敵をほふれ………」


 こんな状態にも関わらず、まるで台本通りといった冷静な声を詠唱に載せるニイナ。

 フォルデノ王国国境線付近の戦いにおいて、まさに神の怒りを込めたごときいかづちを真横に伸ばして、エディウス軍もろとも森を焼き払い、瞬時に道を作った術である。


 これなら200mという距離を訳なく縮めることが可能だ。


 これに対しレイシャは、即座そくざにシグノの脇腹にかかとで蹴りを入れると、それが合図なのかシグノが、スーッと大きく息を吸い始める。閉じている口から炎がこぼれそうだ。


「さあその身に受けろっ! 『雷神カドルッ』!」

「ゆけぃ! シグノッ!」


 雷の道とシグノが吐いた炎が正面からぶつかってせめぎ合う。けれどもニイナの雷神カドルを止めるには、役不足なのは明らかだ。


 あっという間に押されてゆくシグノの炎の息ブレス。しかしシグノを倒すことがこの攻撃の真の目的ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る