第60話 新月の守り手

 元の時間軸じかんじくに戻す。エターナが行使こうしした奇跡の御業みわざは、戦の女神エディウスの司祭の頂点に君臨くんりんするグラリトオーレのソレを完全に打ち消した。


 あっけに取られる最高司祭ビショップ。その行動は同じエターナビショップに封じられた。


(チィッ! あの小娘エターナどうやって……)

余所見よそみしてんじゃねえぞっ、神様っ!!」


 ロッギオネ神殿の奥深く、エディウスしか知らない部屋に幽閉ゆうへいしていた筈の本物の女神エターナが現れたのだ。


 流石のエディウスも思わず、その金髪に意識を持って行かれる。その一瞬を見逃すほどレアットは、ただの脳筋のうきんではない。


 竜の牙ザナデルドラのヒビが入った箇所へ、的確に自らの巨大剣を叩き込む。こればかりは神を名乗る女もひれすより他なかった。


 遂に竜の牙ザナデルドラつかと泣き別れ、ただのになってしまった。


「グッ!? やってくれたなっ! だがっ!」


「終わらせて………っ」

「よせっ、レアットッ!! そこまでだっ!!」


 剣士の命を折られて最早もはや成すすべなしの敵将に対して、最期の一振りを見舞ってやろうとするレアットを刺すような声で一喝いっかつしたのはアギドである。


(な、何故襲ってこないっ!? )

「クッ! 判ってますよぉ! アギド先輩っ!」


 大男の剣士レアットの動きが止まったのはエディウスにとっても意外過ぎた。


 アギドから「不用意に近寄るな、あの女神エディウスに身体を乗っ取られる」と、散々聞かされていたレアットなのだ。


 先輩アギドの言う事を聞く位には、彼もしていたらしい。


(術を封じられないのなら………!)


「デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ、あの者に眠る思いやりの心よ、となって同士を撃て『想鬼槍デモンサチア』」


 賢士ルオラ慈悲じひなき黒い意識がその手から黒い霧となってレアットを襲う………かに見えた。


 レアットの胸にみ込んだソレは、再び彼の目前に列を成し、ドス黒く巨大な槍に姿を変えた。


 相手を気持ちが強いほど文字通りとなるという冗談が過ぎる代物しろものである。


 そしてあっという間に飛んで行く。行き先は………本物の女神エターナであった。


「て、テメエッ! 俺様にあの女エターナをやらせんのかよっ!!」


 その理不尽りふじんなる一閃いっせんに大いに立腹りっぷくするレアット。

 彼のエターナに対する気分をはかった上でのやり口だとしたら、ルオラの思考……いや嗜好しこうは実に趣味が悪い。


「やらせは致しませんわっ!」


 空を飛び黒い拳でもって、地獄への送球パス斬ったカットしたのは、ミリアである。


 最強の防御魔法である新月の影ベスタクガナを右拳に集約し、賢士が術で創作した槍を、本物の槍相手のように弾き飛ばしたのだ。


 自分はあくまで最強の盾であることを、まるで蹴球サッカー守り人キーパーの如く見せつけた。


「ルオラ、貴女の相手は私達よっ!」

「あら可愛い竜の娘じゃない? まやかしだけの貴女に一体何が出来るっていうのかしら?」


 愛するエディウスの竜の牙ザナデルドラを折られ、想鬼槍デモンサチアを叩き落とされて、実は怒りの頭痛が収まらないルオラであるが、あえて相手を小馬鹿にした態度で押しきってみせる。


 竜の娘リンネ黒き竜ノヴァンに騎乗し、ルオラの前に立ちはだかる。

 まあ、それはいい…リンネの後ろにいるただのコボルトカネランは、一体何のまじないなのか。


「我が白い竜シグノよっ!」


 愛刀を折られてしまったエディウスは、柄だけになったソレを天へかかげる。呼び掛けたシグノとは自らが騎乗している分ではなかった。


「う、ウワァァァァァ!!」

「え、エディウス様ぁぁぁ!!」


 エディウスから一番近い位置を別のシグノに乗って飛んでいたエディウス兵達が、断末魔だんまつまを上げながら墜ちてゆく。


 彼等のシグノは、白い光となってエディウスに向けて放たれた。それはまごうことなき刃に姿を変えて、折れた筈の竜の牙ザナデルドラ補填ほてんした。


「りゅ、竜が剣にっ!?」

「チッキショォォォ!! 折角せっかくへし折ったってのにっ!」


 その光景に驚くアギドと、怒りをあらわに悪鬼あっきの如く荒れ狂うレアット。


 竜の牙ザナデルドラとは文字通り、竜を依代よりしろに創造した剣であった。


(………それにしてもコイツエディウスにとってはシグノも味方も捨て石か)


 自分達のシグノを失った兵達は、あわれな死骸しがいを地面にさらしている。

 それを見たアギドが「これが女神にすがった者の末路まつろか……」としかめっつらつぶやいた。


 一方味方である大男の剣士レアットの方を見ると、これも大気を操る能力を応用したのかいつの間やら、自由に空を飛んでいた。


 エターナと抜け駆けした際には、嵐を起こして地面に着地していたらしいが、実は飛べると理解し、舌を巻くアギド。


 さてはエターナの前で良い格好を演じたのか? と……戦中において、はなはだどうでも良いことに少し笑ってしまった。


「アギドよぉ………。勝ち筋あんのか?」


 流石のレアットですら、全力に運すら混ぜてようやく折った竜の牙ザナデルドラが瞬時に再生するのを見せつけられ、思わずこぼした。


 無論レアットとて、本当に悩ましいのはそこではないことくらい理解している。


 たとえ倒せても気がついたら、自分が次のエディウスになっているかも知れないのだ。


「………らしくないなレアット・アルベェラータ。決して諦めないことだ。此方が折れなければ活路は必ず見出せる」


 おだやかな湖面のように静かに、なれど寸分すんぶんも迷走していない口調でアギドは告げる。


 彼が何を狙っているのかレアットにははかれない。しかし敬称けいしょうを付けたのは、この男を信じて疑わないという意思表示なのだ。


「デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ、心に潜むいばらの刃よ、我は剣也けんなり、神の剣也、けよ全てを! 『心之剣クオレスパーダッ』!」


 ルオラが心の剣を詠唱する。両腕両脚を鋭利えいりな刃物のようなシルエットが包む。


(あの竜の娘リンネすきを作らねば音の波オンダ・ソノラで防がれてしまう…)


 相手の心を身体ごとひねつぶしたり、心の中にひそ不協和音ふきょうわおんを流し込んだりと、必中必殺の術を持つルオラだが。


 けれど竜の娘リンネの前では、取り合えずは剣士の真似事まねごといられる。


 戦の女神クイーンにはアギド、レアット、ミリア。最高司祭ビショップには本来の姿を明かしたエターナと、それをフォローするルチエノ。


 狡猾こうかつ賢士ルオラナイトには、リンネ、黒き竜ノヴァン、カネラン。


 それぞれアギドの指示通り配置についた。


 そして黒い二刀の修道騎士しゅうどうきし。レイシャ・グエディエルは、もしかしたら歩兵ポーンではなく戦車ルークなのでは、という疑念ぎねんを打ち払うべく、シアン達3名が、今にも接触しようと真っ直ぐに向かっていた。

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