第59話 良くありそうなありえない話

 息を切らしながら衝撃しょうげきを伝えるエターナ。シアンは「そうか……成程なるほど…」とつぶやくと、女神エターナの肩にそっと手を置く。


 後は私が代わりに語ろうと告げているような優しさがエターナに伝わる。


「全て合点がてんがいったよ。妹の力……というかエドルの人間を神と定義し、その秘めたる力を引き出すあの手法アプローチを使えば……」

「シアン?」


「これをじ曲げてしまえば恐らく賢士けんしとやらの力は完成をげる。アレの源流げんりゅうが術者あるいは、かけられた側の心を媒介ばいかいにしているからだ」


 くもらせながらシアンが話を引き継いでゆく。飲み込めないヴァイロよりも、読心術があるアギドの方が要領ようりょうが早い。


 もうシアンの話を聞くまでもないといったその態度に、少しだけ師匠は口をとがらせる。


「確かにな。接触コンタクト操舵ステアといった能力も己を極限きょくげんまで高めた上にありそうだしな」


「で、でも確か……賢士達も"戦の女神よ"って、まるで祈りをささげていたような気が致しましたわ」


 ルオラや洞窟における賢士との戦いの記憶を辿たどりながらミリアが疑問を投げる。神の力を借用していると言いたいのだ。


「ミリア、アレはまやかしフェイク。エディ……トリルは、きっかけを与えていただけに過ぎないのだ」


「ど、どういうことだってばよっ!?」


 シアンの顔はずっと曇り続けている。実際にはトリルの全てをうばい、好き勝手にしている者の仕業しわざなのだ。


 だが説明を少しでも円滑にするべく、苦虫にがむしむ思いで妹の名前を出しているに過ぎない。


 口を開く者の方をキョロキョロ見ながら聞いているアズールだが、全く持って理解出来ない。


「しかし司祭の力がどうしても解せなかった。エドルの力で個ではなく範囲……要は複数を相手取り、術を封じたりするあの力は、説明がつかないのだ」


「た、確かに賢士は基本一人を相手に術を。私もようやく理解が追いついて参りましたわ」


 両手をパチンッと合わせて理解を示すミリア。やっぱりアズールは解せないので、最早もはや諦めて、ミリアの仕草しぐさ魅入みいることにした。


「…………は賢士の能力を考案し、さらにエターナが構築した女神の力を、さも自身が発祥はっしょうであるかのように広めたのだ。……そういうことだなエターナ」


「はい、おっしゃる通りです。戦いに有効な賢士と、人々を救いたもう司祭の力。これを掛け合わせて戦の女神エディウスとして信仰しんこうを広めていったのです……」


可哀想かわいそうに………。人を救済したい一心で研鑽けんさんを重ねた結果に得られた力を………」


 エターナの肩に置かれたシアンの手がふるえ始める。同様にエターナの肩にも震えが生じる。互いの無念さに泣いているのだ。


 しばらく誰も声を掛けられずに、嗚咽おえつだけが支配する時が流れる。


「す、すまない二人共。エディウスが信仰しんこうを広めた間、エターナはどこで何をしていたんだ?」


 腫物はれものに触るような申し訳なさでヴァイロが丁重ていちょうに声を掛ける。


「あ………申し訳ございません。私はエディウスにとらえられ、長き眠りにつきました。それがどんな力で何故今になって覚醒かくせい出来たのかは、定かでありません……」


「あ、謝る必要はない。そ、そうか………」


 むしろこちらが悪かったという体でエターナに応答したが、新たな謎がヴァイロの中に誕生し、不自然な顔をしてしまう。


(それはおかしいのではないか? 俺がエディウスを名乗るのなら真っ先に彼女エターナそのものを乗っ取ると思うのだが……)


 けれど話の腰をこれ以上折るの如何いかがなものかとヴァイロは思い、それ以上の追及ついきゅうを諦めて話題を変えることにした。


大体だいたいは察しがついたよ。処で真実を語りたくなった経緯いきさつを聞いても良いかな? まだ辛い処を本当にすまない。それに何故そこまで君は力を求めたのだ?」


「そ、それは………」


 ヴァイロの違う追及に対し、急変して応答をにごらせるエターナ。それは語りたくなった経緯なのか、それとも力を求めた理由の方か。


「ふぅ……喋る順番を間違えたなエターナ。後者は特に言いづらいことだろう。あ、スマンッ。心の中が見えてしまったのだ、び代わりに俺が答えてやろうか?」


「い、いえ……だ、大丈夫…です。私は幼少の頃、コボルトの群れに生家を襲われて…わ、私だけが……生き残りました」


 土足で相手の中に入った行為をに謝る感じのアギド。出来る人間というもの程、実は順番を間違えている典型てんけいと言わざるを得ない。


 対してあわ嫌悪けんおを頂くエターナだが、これも絶望を経験した自身にしか判らない気分だと言い聞かせる。


 そして彼女が力を求めた理由だが、これは実に良くあると言わざるを得ない。要は同様の悲劇を生みたくないという奴なのだ。


「気にむことはない。彼等カネラン達はそういう連中とは違う。………で、前者の方はどうなんだ?」


「えっと………ヴァイロ様の軍に合流した際には、正直黙っているつもりでした。こんな奇妙きみょうな話されても受け入れて貰えなかったでしょうし………」


 今度は少しバツが悪そうな表情に変化するエターナ。


 そもそも敵軍からやって来たというだけで異様なのに、実は自分こそが元凶げんきょうでしたなんて、聞いた方は思考停止してしまう。


「でも………ヴァイロ様の暗黒神として戦う決意をうがかった時、目が覚める思いが致しました」


「んっ!? お、俺がきっかけ!?」


 槍玉やりだまげられ自らの眉間みけんを指して驚くヴァイロ。


 此処でようやくエターナに笑みが浮かぶ。周囲の連中も釣られてニヤニヤしつつ、自分達の総大将をながめ始める。


「はいっ! 否定されてもこれは絶対です。だと断定しつつも皆を受け入れるいう気概きがい。そのうつわの大きさにあこがれてしまいました………」


「え………、そ、そうなんだ。へ、へぇー……」


「正直私は神を名乗り、私の能力を皆も使って欲しいなどと大きな事はとても申せませんが……せ、せめて正義は此方に在ることを示すお手伝いが出来たらと存じますっ!」


 そんなこと言ったかな……といった気分で目を泳がせるヴァイロ。少し顔を赤らめながら恐らく今出せる一番の声量を絞り出すエターナである。


 ………なら、匂わす発言をしていたかも知れない。

 なれど悪だと認めた覚えはないのだ。


(ま、いっか……。それで彼女が前に進めるのなら、俺は喜んで道化になろう)


 開き直ったヴァイロは、笑顔を作ってエターナへの返答とした。

 

 ……に、しても彼はやはり鈍いのである。声など出さなくとも、自分のこれまでの行いが、周囲の目には悪を名乗る正義の男だと認知されていることに気づいていないのだから……。

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