第58話 金色の真実が降りるとき

 アギドを中心に戦勝を誓い、盛り上がりをみせていた頃、レアットはエディウス達を相手取って、たった一人で大太刀おおたち回りにきょうじていた。


 エディウスには、ルオラが付き従っているのだから、彼女がその残虐ざんぎゃくさをフルに発揮して、賢士けんしの奇跡さえ使えば試合終了なのだ。


 それにも関わらず彼女はただ二人の豪傑ごうけつの争いを傍観ぼうかんしている。理由は明白。


 ヴァイロやリンネ等と同じく、このレアットにすら不殺ころさずの命が、エディウスより下ったからだ。


「クソがッ! ヒビ入ってんのにまだ折れねえってそのザナなんとかって、どうなってやがんだァ!?」


「クククッ………どうした? ゴリ押しだけでこのエディウスに勝とうなどと………。恥を知れ愚人ぐじんっ!」


 初太刀しょたちでいきなり優位を取ったと感じ、刀鍛冶かたなかじのようにただひたすら竜の牙ザナデルドラをへし折ろうと一心不乱に叩き続けたレアット。


 エディウスは真正面から受けるを捨てて、ヒラリヒラリとかわしたり、大振りの剣の落ち際を見切ってカウンターを入れる戦い方に切り替えた。


 純粋な剣術使いとしての彼女に、レアットがかなう道理がないのだ。


(さて………。当然新手が出てくるな。此方の奇跡も役を成さなくなるが、止むをえん……)

「グラリトオーレっ!!」


「はっ! お任せくださいっ! 戦の女神エディウスよ! その偉大なるお力で悪しき力を全て封じよっ! 奇跡の盾スクード!」


 殿しんがりに位置していた最高司祭グラリトオーレが、いさましく祈りをささげる。


 彼女が握っている十字架じゅうじかをきったメイスを大きく振うと、神々こうごうしい光が巨大な盾の様な形を成して、暗黒神ヴァイロ軍のいる巨壁きょへきに届く。戦場全てをおおう程の巨大な光だ。


「い、いきますっ!」


 そこへ先陣切って現れたのは、なんとルチエノの背中に乗って空を舞うエターナではないか。


 エターナは空中戦歴が皆無。魔法や精霊術で飛ぶ事も出来るが、下手に宙へ飛びだしても格好の標的にされるだけなので、飛び慣れている者の翼を借りた。


戦の女神エディウスよ! その偉大なるお力でしき力を全て封じよっ! 奇跡の盾スクード!」


「なっ!? な、何のつもりですかっ!?」


 最高司祭が既に光の粒による封術ふうじゅつを使った最中で、あろうことか全く同義の奇跡を行使するエターナ。本来何も起こり得ない筈なのだ。


 なれど実際には緑の光を帯びた粒子が拡大してゆき、互いの粒子がぶつかり合って消えてゆく。新月の闇が戦場に舞い戻ってしまった。


「ば、馬鹿なっ!? そのような奇跡………」


最高司祭グラリトオーレ様。という言葉の意味を御承知ごしょうちないのですか?」


 エターナ達とグラリトオーレ。その距離は数kmに渡る。途中は言うまでもなく夜の闇。


 互いの表情はおろか声を聞き届けることも出来ぬ中、エターナはグラリトオーレの言葉を戯言たわごととして斬って捨てる。


「う、裏切り行為だけで万死ばんしに値するというのに……。ならば貴女の存在を消し去ってくれましょう。ディッセオ・オーレ! 生命の泉、枯渇こかつし、命の木れ果てるとき…」


「ディッセオ・オーレ! 生命の泉、枯渇し、命の木枯れ果てる刻…」


 怒髪天どはつてんに身をゆだねてエディウスの司祭で唯一かつ最凶さいきょうの奇跡をくれてやろうと、いんを結び始めるグラリトオーレ。


 その刹那せつな、エターナも同じ最凶を唱え始める。その顔は余裕にあふれている。まるで己が最上であると誇示こじしているかのようだ。


「「その終焉しゅうえんを告げる! さあ神への遺言を告げよ! 逝くがよい、終わりなき道へ!」」


 詠唱が追いついたエターナ。二人きりの最悪の合唱が始まる。


「「『終わりなき旅路ストラーダ・インフィニータ』!!」」


 グラリトオーレが空に描いた印が、エターナをおおい尽くす。


 エターナの描いたソレはどうだ? 相手を覆うかと思いきや、己の頭上に輝きを放つ。


 グラリトオーレのソレを完全に支配した緑の光。エターナは涼しい顔だ。彼女が朽ちる結果は完璧に駆逐くちくされた。


「お、お前……いや、貴女様は一体!?」

「グラリトオーレ……最高司祭である貴女には、流石に気がついて欲しかったです」


 たもとを別れたただの元司祭である筈の女が威風堂々いふうどうどうとこちらを見るので、思わず息を飲みながらグラリトオーレは、謙譲語けんじょうごに言い換える。


 あわれみの表情で首を横に振るエターナ。そして被っていた白のベレー帽を脱ぎ捨てたのかと思いきや……きらめく金髪がサラリッとあらわになってゆく。


 腰まで届くソレは背中に黄金の川を流す。エターナが捨てたのは、かつらと普通の女性という世をしのぶ仮の姿であった。


 ◇


 それは3日前、レアットと共に無茶をした後の話だ。


 レアットのオゾンによる巻き添えで、危うく死にかけた彼女は、ハーフエルフであるエルメタの治療を受けていた。


 そんな辛い状況だというのに「大事なお話がありますから、ヴァイロ様とシアン様、それとお二人がお認めになった方をお呼び下さい」と、突然切り出したのだ。


「な、何だ? そんな身体で一体どうした?」


「きゅ…急にお呼び出しして申し訳ございません。なれどエディウス軍の急襲より前に伝えるべき。ようやく決心がつきました…」


 未だ荒い息でその胸を大きく波打たせながら語り出すエターナ。


 正直痛々しくて見ていられないのだが、その大きな胸は不謹慎ふきんしんにもヴァイロとアズールの視界にえてしまう。


 そんなにごった目に気がついたリンネとミリア。リンネは目前で座っている旦那の頭頂部を手刀で叩き、ミリアの方は間抜けしてるアズールの横っ腹に、容赦ようしゃなく右肘をお見舞いした。


「ご……」

「ごめんなさい…ミリア、た、ただこれ…洒落しゃれに…」


「「フンッ!」」

「ハァ……」


 頭を抱えるヴァイロと腹を押さえて悶絶もんぜつするアズール。

 腕組みしてそっぽを向く二人の少女のは、全くもってエターナのソレには敵わないのだ。


 一人呆れて溜め息を吐くアギドである。エターナは自分が火種であることを知らず、キョトンとしてしまう。


「………で、何がそれほど大事で急用なのだ?」


 一人大人の女性感でおだやかをよそおうシアン。エターナを覆っていた少しはだけた毛布をそっと整えてやる。


「ありがとうございますシアン様。特に貴女にとってはこれでに落ちる話かと存じ上げます」


「どういう意味だ?」


 寝ているので真剣な目だけを送ってくるエターナに対し、要領を得ないシアンである。

 エターナはスーッ、スーッと幾度いくどか深呼吸。気を落ち着かせようと躍起やっきになった。


「私、エターナ・アルベェラータは本物の女神エディウスです。もっともなんて言葉は付いておりませんが」


 驚天動地きょうてんどうち、一同完全に色を失ったかに見えたが、シアンとアギドだけ同じ驚きでも、解けなかった答案を渡されたような、きりが晴れたという態度であった。

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