第57話 小さき総司令

 エディウス達の上空から強襲きょうしゅうをかけるレアット。

 その太刀筋たちすじは相変わらずで、剣士で在りながら全くもってソレに重きを置いてない野蛮やばんな動きだ。


 だがこの青年はただ飛び降りた加速度だけをたよっている訳ではない。


 紅の爆炎ロッソ・フィアンマが起こした大爆発で、さらに上空に上がるという助走を付けている。


 そして駄目押しとばかりにその全身がまるで大気圏たいきけん突入時のように赤みを帯びていた。


 あらかじめアズールが攻撃力上昇アルマトゥーラ付与エンチャントしていたのだろう。

 空気を斬り裂く音がレアットの気分をさらに高揚こうようさせる。


「ヒャッハーッ! ヒキガエルのように潰してやんぜッ!」


 多勢たぜいが白いよそおいのエディウス達に向かってゆく彼の姿は、いかにも悪を体現たいげんしているかのように周囲には映るだろう。


(先ずこの馬鹿レアットが周辺の酸素濃度を上昇させてから、火力を格段に上げた超爆炎魔法をあのガキアズールが使ったのがこの結果ザマか……)


 エディウスは、今にも降りかかる死神の鉄槌てっついを観察しつつ、この状況を冷静に分析している。


(しかしそれだけでは術士当人が真っ先に消し炭と化す。そこで黒き竜ノヴァンよろいにした訳か………)


めてやろうっ! 流石あの暗黒神ヴァイロ先兵せんぺいどもだっ!」

「ぬかしてんじゃねえぞォォォォッ!」


 アマン山付近でやり合った時と同様に、二刀の巨大剣を叩きつけるレアットに対し、真横にかざした竜の牙ザナデルドラで斬り結ぶエディウス。


 鼓膜こまくをぶち抜かれるのではないかと思えるほどの凄惨せいさんな音。

 此処だけ重力が数倍にも跳ね上がったのではとうたがいたくなる桁違けたちがいな圧力。


 それでもこの女神には通じない………かと一瞬凍った。


「なっ!? 竜之牙ザナデルドラにヒビがっ! 有り得んことだっ!」

「クソッ! これでもとか、どうかしてんだろっ!?」


 この世に絶対という存在があるとするならたがうことなくこの剣と信じていた竜の牙ザナデルドラの根元付近にヒビが入る。


 攻め手側レアットにしてみれば、此方の方こそむしろ絶対であった。


 剣を叩き折って勢いそのままエディウスと、のシグノ。


 背後に座る遊女のごときふしだらな賢士けんし全てを抹消まっしょう……これが決定事項であったのだ。


(5分経過したな……)

「ノヴァン、酸素の罠トラップは終わりだっ!」


 口の中からの甲高い少年の声を聞いて、ノヴァンは口を開く。


 アズールが首の上に移動したと同時に、大きく息を吸い炎の息ブレスを吐き出して、周辺の包囲網に穴をこじ開けてから急上昇。本隊へ一時撤退てったいした。


「………良くやった」

「………流石切り込み隊長だな」


 そうした感嘆かんたんの声に迎えられたが、当人の顔は意外とかんばしくない。


(まさかあの近距離爆発すら防ぐなんて…)


 これがアズールの本音。彼の絶対もくじかれた側であった。彼とノヴァンのコンビだけでおよそ30騎の白い竜シグノ撃墜げきついしたのだから、充分過ぎる戦果なのだ。


 されど詰まる所、一騎当千いっきとうせんのエディウスを彼の力だけでは傷物きずものにすら出来なかった現実。


 そして何よりもレアットによる底上げが、アズールにとってはかえって屈辱くつじょく度合いを増した。


「こ、これをアズ達だけで……」


 この事態を一人、違った意味で重い十字架じゅうじか背負せおったが如く感じた男が一人。他の誰でもない総司令ヴァイロである。


 彼は直径数kmにも及ぶ壮絶そうぜつ爪痕つめあとを見ながら震えている。

 紅の爆炎ロッソ・フィアンマは無論、ヴァイロがみ出してアズールにさずけた爆炎系最強魔法。


 実はこれよりも破壊力が上の術があるのだが、それはあくまで計算上の代物しろもの。考案者である当人ですら使ったことがないのだ。


 もっと言えばレアットの酸素濃度増加案を提案したのも、このヴァイロなのである。

 それにも関わらず自らが編み出した力に、彼は怖気おじけづいてしまった。


(こ、こんなモノ……人が行使こうしするなど許されない………。お、俺は取り返しのつかないことをしてはいないかっ!?)


「ど、どうしたんだヴァイロ? まだ下ではレアットがたった一人で戦っているんだ。早急に次の指示を出さないと、敵は立て直してくるぞ」


 震える総司令の方を背後から掴んでうながそうとするシアン。振り返ったその顔がまるで子供のようにおびえている。


 ヴァイロの畏怖いふが掴んだ先からまるで汚水おすいのように染み入ってくるを感じた。


(ヴァイ………。今さら引く事は………)


「良し………作戦の第一段階は成功だ。次は各個かっこで有力な奴を叩くぞ。アズが時間をかせいでくれた間に次の面子メンバーは、防御力強化と空も飛べるように出来た」


 そんな大人の男女二人のやり取りに心中の闇を見て、代わりに口を開いたのは魔法剣士のアギドである。だいぶ早口だがキレのある声。


「まずあの色物賢士ルオラを相手にするのは、ノヴァン、リンネ、そしてカネランだ」


「任せて、アイツには借りがあるんだ」

「ハッ! この新たな武器を必ず使いこなして見せようぞ」


 既にルオラ&エディウスとの戦闘経験があるリンネは、当然の沙汰さたと了解する。

 ただ前回洞窟どうくつでの戦闘において右腕利き腕を失ったカネランは、明らかに異端な存在不思議なチョイスだ。


「そしてミリア、かなり荷が重いが俺と共にあの戦の女神エディウスを相手にして貰うぞ」


「と………いう事は自然、ちかしい位置にいるリンネ達も守りつつ戦えという次第しだいですね。了解でございますわ」


「ま、待てっ、アギドっ! トリル私の妹を相手にするのは自分の役目だっ!」


 試金石しきんせきというべき任務ポジションを言い渡され、余裕の笑みを浮かべつつ左胸を押さえて応えるミリア。


 そこにまるで想い人をうばわれたほどの衝撃を感じ、割って入ろうとするシアン。顔に必死さがただよっている。


 けれど無情にもアギドは、首を横に振ってしまう。


黒の二刀使いレイシャ・グエディエルには、シアン、ニイナ、レイチで取り組んで頂くより他はないのです。新月という闇にじゅんじるこちらが有利な筈の状況を、向こうがあえて選んだことを良く考えて欲しい………」


「……わ、判った」


「大丈夫よシアン、私達でチャチャとうるさいレイシャのを片付けて本命に向かお、ねっ?」

(感謝します、アギドさん………)


 背も歳も下のアギドの両目から有無を言わせぬ眼光がんこうがシアンをつらぬく。応じる以外の選択肢がないことをさとる。


 親と同義どうぎと勝手に慕っているシアンに対し、意識して明るく振舞ふるまうニイナ。


 レイチはまるで自らの名前をつかさどるかの如く、心の中で深くて長いレイ

 浮足うきあし立っている今のシアンでは、間違いなく道をたがえてしまう。


「そして………」


 身をひるがえすアギド。黒いマントが跳ね上がり、いかにも闇の軍団長は俺だと主張しているかのようだ。


「実は一番厄介やっかいこま高僧ビショップ最高司祭グラリトオーレには同じ高僧ビショップ相応ふさわしい。永遠なる者エターナよっ! ルチエノと共にこれに当たれっ!」


「はいっ!」

「り、了解しました」


 エターナは呼ばれるのを今か今かと待ち構えていた。


 アギドの采配さいはいに驚き、尚且なおかつエターナの雄々おおしい呼応こおうに引っ張られるようにルチエノも応答した。


「後はこの高所から援護えんごを頼むっ! アズと共にこれに当たってくれっ! この戦争必ず我等が暗黒神ヴァイロに勝利をささげんっ!」


「うぉっしゃぁぁ!! まかされたっ!! 後ろから撃たれんなよっ!!」


 大きな歓声にも似た返答がこだました。完全に後ろへ置いて行かれた感の暗黒神ヴァイロであったが、アギドのように読心どくしんなぞ出来ぬとも…。


 —神は神らしく見下ろしていれば良い。


 確かにそう聞こえた。


(その願い、しかと受け入れたぞ)


 空も闇、自らの位置も闇でありながら、一番弟子アギドの背中に光を見出したヴァイロであった。

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