第56話 黒い罠と紅の超爆炎

 暗黒神ヴァイロ黒き竜ノヴァンの誓い。そしていとしくもはかなき二人の妻をめとった一夜。あれから3日目の夜のことだ。


「昼間………確かに眼鏡の彼アギドは言ってた。トリルの中に違う意識の人間が入り込んでいると………」


「どうしたのシアン、何か深刻しんこくそうな顔をして?」

「あ………いや、何でもない。何でもない


 シアンは一人、簡単な夕食を胃に入れようとしている所であった。なれど三日も前に交わした会話の内容を未だに引きずっており、つい声に載せてしまう。


 実にらしくもなく、近くにニイナがいた気配に気づけないまま、心の内をさらしてしまった。


 否定するシアンの言葉にニイナがさらなる不審ふしんいだいてしまう。女性的な語尾ごびだったからだ。


 なれどニイナは見た目こそ少女だが、中身は150歳を超えた人格を持ち合わせている。年長者の余裕を持って、それ以上の深慮しんりょはやめにした。


(多分アギドは他人の心の中が多少読める。彼はエディウスの中にトリルの人格を見つけている!? やっぱりトリルは生きて………)


 地面に貴重な戦場食を力無く落としてしまうシアン。自身もそのままくずれ落ち、こみ上げて来るものを抑止よくし出来なくなってしまった。


 普段傭兵ようへいとして、戦いの際には女性であることを捨てる彼女だが、妹の事を思うあまり、その本質が言葉と涙という形になってあふれ出したのは当然の帰結きけつであろう。


 岩肌で出来た地面は、シアンの暖かいモノを受け入れてはくれなかった。


敵襲てきしゅうだッ! 白い翼シグノの群れと共に戦の女神エディウス軍が向かって来るぞォォォォ!!」


「シアンっ!」

「ニイナっ、判っているっ! 今は迷っている時ではないっ!」


 食事をきっぱり諦めてシアンは、ニイナと共にラファンの方角、崖のきわへと向かう。


私の妹トリルがもし生きているのなら必ず救ってみせるっ!)


 もう迷いはない、凛々りりしく歩くその姿はニイナがしたっているいつも通りのシアンを体現たいげんしていた。


「ゆくぞっ、ノヴァンっ!」

「ほ、本当にやるのかアレを………アズ」


 ノヴァンに騎乗し400mのがけを一気に下ったのは、珍しいことにアズールだ。

 覚悟かくごを決めた彼の顔とは対照的にノヴァンは、明らかに憂鬱ゆううつそうだ。


「当然だっ! 俺は死んでもミリアを守るって決めたんだっ!」


「そういう自暴自棄じぼうじきな覚悟は本当に止めろ……。ヴァイロ、あの男はお前達が一つでも欠けただけで破綻はたんするのだ」


「わぁーてぇらいっ!」


 いかにも暗黒神の影といった処か、まるでヴァイロの代弁者だいべんしゃであるようなことを神妙しんみょうな声で発言するノヴァン。


 14になった今でも元気が服を着て歩いているようなアズール。その姿は健在だ。


 一方攻め手側のエディウス陣営。レアットとの死闘において重体と言って差し支えない傷を負った戦の女神エディウスが先陣に立っている。


 専用の白い竜ファースト・シグノこそ失ったが、量産型の白い竜レプリカ・シグノの内、出来の良さそうな一頭を選んだらしい。


 ご丁寧ていねいに頭に金色こんじきかんむりらしきものすらかぶせてある。


 これにいつも通り白髪で小柄こがらな美少女のエディウスが大剣グレートソード竜の牙ザナデルドラを構えて騎乗しているのだから非常に目立つ。


 やはり総大将こそ先頭に立って味方の士気しき鼓舞こぶするというスタイルに戻したらしい。


「これはこれは、暗黒神の竜ではないか。御一人で出迎でむかえとは………」


(誰も騎乗していないだと? 一体何をたくらん………)

「………ヘルズ・フィアー、暗黒神ヴァイロの炎よ………」


 あえて大障壁だいしょうへきの上という絶対的有利まで捨てて、下で待ち受けているのは、下方に誘い出すのが目的である事くらいは認識している。


 だがいつもの竜の娘リンネでもなければ、持ち主ヴァイロの姿すら見当たらない。


 そんな見当をするいとますら与えない詠唱だけが何処いずこから聞こえてくる。


 判明している事実………。これはわなであり、こちら側エディウス軍の大半が既に総大将の後方に列をしていることだ。


「いかんッ!! 早く出来る限り後方へ逃れるのだッ!!」


「もう遅いッ! ……神すら恐れる地獄の大焦熱だいしょうねつを『紅の爆炎ロッソ・フィアンマ』!」


 エディウスが剣を握っていない左手を広げ、必死の訴えと共に後ろの同軍に撤退てったいを命じるが、それより先にノヴァンのあごがガバッと開く。


 そこに詠唱をしている張本人アズールが両手を突き出し、呪文スペル完遂かんすいさせた。


 まるでノヴァンが炎の息ブレスを吐いたかのように、竜の大きさにも匹敵ひってきするほどの巨大な火の玉が突如とつじょ出現した。


 全くぎょがたい攻撃だ。どれだけ強大な爆炎魔法かさだかではないが、黒き竜ノヴァンに炎を吐かせれば済む話ではないか?


 大轟音だいごうおん、まるで火山噴火のような音が周囲に響き渡り、直径数kmの爆炎の中にエディウス軍が次々と飲まれてゆく。


 それは術者当人アズールとノヴァンすら例外ではない。当然目前まで迫っていたエディウスとシグノを巻き込んでゆく。


「ば、爆発が………。いくら何でもこの威力いりょく桁違けたちがいにも程があるッ!?」


「ま、またあのガキアズールの姿が見えないわっ? 引っ込んだってこと?」


 シグノの翼で全身をおおうように仕向けさせて、何とか窮地きゅうちだっしようするエディウス。

 一緒に騎乗している賢士けんしルオラがアズールの姿を見失ってしまう。


 そして何よりもこの爆発の規模きぼだ。一体どれだけの味方が吹き飛んだのか皆目かいもく見当がつかない。


「い、いかんっ! このままではこのシグノも持たんっ!」


「デエオ・ラーマ、戦の女神エディウスよ、我が言之刃フォグラマの風を心に吹き荒れる嵐に変えよっ! 『心之嵐クオレテスタ』!」


 ルオラの心之嵐クオレテスタによる嵐は、誰かを襲うためのものではない。


 自分達の目前に嵐を起こして炎を巻き上げることでシグノの翼だけでは不足している防御力をおぎなうための苦肉くにくさくだ。


 そんな事をしている内に目前だった筈のノヴァンが消えている。たとえ炎耐性にけているドラゴンとはいえ、この炎の海を魚のようにとは……。


 エディウス陣営は完全にノヴァンの成長力をあなどっていた。


 やがて爆炎が消えてゆく。時間にして10秒間程であっただろうか。なれどエディウス等にしてみれば数十秒………いや、数分にも感じたに違いない。


 巨大なクレーターのような爆発の痕跡こんせきが残っただろうが、炎が消えて再び新月の暗闇に戻った状態では判別出来ない。


「……その息を我に与えよ『爆炎フィアンマ!』」


 相手の黒き竜ノヴァン炎の魔導士アズールは、暗闇の最中さなか常人じょうにんなら目で追うことすら困難な速度で移動。


 ノヴァンの赤い目だけが光線のように移動の軌跡きせきを残してゆく。


 さらに生き残った味方に対して容赦ようしゃなく爆炎フィアンマ呪文スペルを浴びせて亡き者としてゆく。


「あ、あのガキアズールの爆炎、やはり強大過ぎるっ!?」


「成程……。流石に読めたよこのカラクリがな。今度は高濃度こうのうどの酸素を集めたかっ、レアット・アルベェラータ!」


「ご名答ッ!! だがなッ、これでつぶれろォォォォ!!」


 エディウスが宙を見上げると、この超巨大かつ最恐の罠トラップを仕掛けた大罪人たいざいにんであるレアットが、2mの巨大剣を二刀振り下ろす正に直前であった。

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