第12話 接触

 黒い竜の赤い目がギロリッとヴァイロを上からにらむ。黒の中に唯一ゆいいつ違う色があやしく光る。


「ああ、そうだっ! だがお前のその身体に色を付けたのはそこの青い髪のアギド」

「アギド……」


「そしてそのはがねよりも強靭きょうじんな身体を成したのはオレンジの瞳が綺麗きれいなミリア」

「ミリア……」


 逐一ちくいち、力のみなもとを与えた人物を紹介するヴァイロ。その度に名前をつぶやきながら、その人物に視線を送る黒い竜。


 見られた彼等は目を合わせたら、石にされるメデューサを相手にしているかの様に緊張し、視線を重ねる事が出来ない。


「さらに岩すら溶かす高熱の炎の息ブレスをお前に与えたのは、赤い髪の少年アズールだ」

「し、少年は余計よけいだ」

「アズール……」


 アギドとミリア、大して変わらない年齢なのにわざわざ少年と紹介された事に、憮然ぶぜんとした顔をするアズール。少し震えながらも竜の赤い目をにらみ返した。


「そして貴様のその声と自由な意志を与えたのが、緑色の髪……」

「リンネであろう……理由は知らぬがこの女の事は知っている………歌も聞こえていた。貴様の女だな」


 そう言って黒い竜は目を細めると、リンネの身体の下に首を下げる。


「の、乗れっていうの?」


 貴様ヴァイロの女と言われた彼女は顔を赤らめつつ、恐る恐る脚を伸ばしてゆっくりと首に座る。

 硬いと思われた皮膚がやわらいで、リンネの腰の形にまるであつらえたかの様に変形した。


「確かにこの女のおかげで我は人語じんごと自由意志を与えられたらしい。だが、それがどういう意味であるのか判らぬ貴様ではあるまい……」


「ああ……そうだな」


 竜は再びヴァイロを睨みつける。ヴァイロも見上げながら、まばたき一つせずに応じる。


「え、え、えっ?」

「クッ!」


 訳が判らず視点してんさだまらないリンネ。アギドは即座そくざに状況を理解して、剣のつかを握りしめた。


「意志を与えたという事は、必ずしもヴァイの言う通りに動くとは限らないという意味だ」

「そう……でしょうね」

「なっ!?」


 アギドの説明を聞いてミリアとアズールの顔つきが変わる。むし脅威になるかも知れない。


 しかし先程の模擬戦もぎせん錬成術れんせいじゅつで相当な魔法力マナを三人共消費している。

 いや、たとえ万全ばんぜんであったとしても、こんな生き物にかなうのであろうか。冷や汗が止まらない。


「確かに……。さりとて俺が貴様の身体を形作り、彼女リンネがお前に命を与えたと言っても過言かごんではないっ!」


「貴様が我を元のゴミに戻せると言うのか?」

「フフッ……だとしたらどうする?」


 ニヤリッと笑うヴァイロと、面白くないといった顔つきの竜の視線がからみ合う。


「判った……貴様の口車くちぐるまにのってやろう…」

素直すなおじゃないな、俺じゃなくてその女にさからう気がないと言えないのか?」


「………あまり調子に乗らんことだ」


 ひとまず竜と一戦まじえるという最悪の事態はけられた。アギドは剣の柄を離そうとした。


「待ってっ! 何か来るっ!」

「むぅ?」

「あ、あれは!?」


 竜と共に空を飛んでいたリンネが誰よりも早く迫りくるものに気づいた。小さき白いかたまりが翼を一度はためかせると、こちらの目前におどり出た。


「フフッ……待ちかねたぞ。あれだけほどこして、まさか半年もかかるとは。暗黒神、過大評価し過ぎたやも知れぬ」


「えっ、ほ、本当にドラゴン作ったの? それにしてもフォルデノの貴族達まで闇側に力を貸すだなんて世も末ね」


 その姿、見間違いようがない。戦之女神エディウス騎乗きじょうしている白い竜シグノだ。


 ただエディウスの後ろ、彼女を後ろから抱きしめて、背もたれ付きのくらの様になっている、背の高い白き衣の女性の存在はさだかでない。


 肩と脚を惜しげなく露出し、まるで遊女ゆうじょではないか思える程の出で立ちだ。


「さあ、とびっきりの遊びをしようではないか暗黒神ヴァイロ

「いいだろう、俺達の本物の竜の力。素晴らしい見世物みせものになるぞ」


 エディウスとヴァイロ、互いが負ける気なぞ微塵みじんもない。冷笑を重ね合う。


「い、いかん………」

「み、皆を守らなきゃ……」

「で、でももうあまり魔力マナが……」


 一方、アギド、ミリア、アズールの3名は、あせった顔で見上げている。魔法力マナが残りわずかなので、如何いかに効率良く動くのがか悩み処だ。


(い、今、役に立たないとかっ!)

「グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神ヴァイロの名において命ず。解放せよっ、我等をしばる星のくさりよっ! 『重力開放ヴァレディステラ』!」


「や、やめろっ! 迂闊うかつだっ!」


 ミリアは激しい頭痛に顔をゆがめながら空へ向かう。アギドの制止を振り切って。珍しく彼女は冷静さをいていた。


 それは愛するヴァイロに危機がせまっている事も大きいが……。


貴女リンネを此処で死なせる訳にはいかないのよっ! くやしいけどヴァイロのために!)


 ドラゴンを創造そうぞう出来たのは、リンネの功績こうせきが大きいという事実を彼女は理解している。


 また単刀直入たんとうちょくにゅうに言ってしまえば、ヴァイロとあの竜が負ける未来は見えないが、リンネだけは自分が守られなけばられると思ったのだ。


「ロッカ・ムーロ、暗黒神ヴァイロの名の元に……」


(させないわよ、可愛い子だけど………)

「デエオ・ラーマ 戦之女神エディウス! 地獄の番犬ケルベロスの鎖を以ってかの者の魂の鎖を具現化ぐげんかせよっ! その身、自らの罪に縛られる運命をのろうがいいっ! 『魂之束縛アニマカテナ』!」


 エディウスの後ろにいるルオラが、笑いながらミリアの動きに反応し、先に詠唱を完遂かんすいする。


(や、やべぇっ!! 間に合え!)

暗黒神ヴァイロの使いの竜よ、全てをがすその息を! 『爆炎フィアンマ』!」


 アズールの手は何故か敵であるルオラの方でなく、満身創痍まんしんそういのミリアに向けられる。爆炎フィアンマは効力の割に詠唱が短い。


 ルオラの魂之束縛アニマカテナがミリアに届く前になんとか追いつく。


「きゃあぁぁぁ!!」


 爆炎フィアンマでミリアは吹き飛んだが、決して直撃を受けた訳ではない。アズールは爆風だけが届く位置に火球かきゅうを投げ入れたのだ。


「フフッ……中々にかんのいいのガキじゃない」

「へっ! 俺の前でそいつミリアをやらせねえよっ!」

「ミリアっ!」


 上から見下した視線をびせるルオラを、下からしてやったりといった態度たいどで返すアズール。落下してきたミリアをアギドが受け止めた。


「い、一体どういう……」


「ミリア、いくら何でもあせり過ぎだ。あの女のたましいの鎖とやら……アレの直撃を受けていたら、恐らく魂ごとお前は握り潰されていたぞ」


「え……」

「へへ……ミリアよぉ、攻撃魔法だってこうすりゃ防御にだって使えるんだぜ……って言うか、お前が死に急いでどうすんだよっ!」


 何故自分はアズールにのか、それすら判別出来ずにアギドの腕の中でうごめくミリア。


 アギドの説明を聞いて唖然あぜんとする。そこへ模擬戦の返礼へんれいとばかりに容赦ようしゃなく言葉を浴びせかけるアズール。


 だがそのにくまれ口と裏腹うらはらに、自分を心底しんそこ心配しているのだ。それが判らない程、ミリアは愚鈍ぐどんではなかった。

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