第35話 執行

「んん……」

「あ、あれ」

「僕っ……いてててて」

 やかましい騒音に、瞼が強制的に開く。

 気を失ってから数分後。師谷は目を覚ますと、自らの身体がアトラクションの乗り物に取り残されていた。正面には「ワールド・ザ・ライド」のスクリーン。空流の中を進み、搭乗席がガタガタと揺れ振動する。

 やかましいゲーム音が鈍痛を加速させ、師谷はすぐにでも離脱を試みた。

 だが。

「何だこれ……外れない」

「おい! どうなってる!!」

 腰に巻き付けれたベルト、及び、膝の上に降ろされた太いパイプ状の固定レバー。その両方が、どれだけ力を加えようともビクともしなかった。

 そうか……。ならさっさとしてくれ。

 このアトラクションが終われば、自動で解錠されるのだろう。焦って取り乱した師谷だったが、状況を理解し落ち着きを取り戻した。 

 うるさい雨とエンジンの疑似音。大画面に取り付けられたスピーカーに苛立ちを覚える中。

 別角度から「ッタッタ……」と、模造ではない不気味な怪音が耳をつたった。

 その音は明らかに、こちらへ近づいて来ている。

 着実に、それは背後へと迫る。

 今は動けない。振り返ることが叶わない。

「ボトッ」

 身震いが止まらなかった。

 黒い影は視界の端に移り込んだと同時に、粘着性のある液体が床に垂れ落ちる音がした。

 ヒトではない気配。それは聞き覚えのある、獣のような呻きを鳴らしながら。

 師谷の死角からゆっくりと姿を現した。

「何で……どうして」

「たのむ、やめてくれ……やめ」

 途切れた言葉。

 説得をすべく伸ばした師谷の右腕が、瞬時にして引き千切られた。

「うっ、あああああ! ひうっ、ぃっ……」

 熱い。苦しい。痛い……。

 あまりの激痛により、目から鼻から口から、止めどない白濁色の液体が流れ落ちる。ゴリゴリゴリッと血肉と骨をむさぼる咀嚼音。だが一分も経たずして、怪物は片腕の食事を終えてしまった。

「やめろ……来るな」

「やめろろろおおおおお!!!」

 口から内臓が飛び出るほどに泣き叫ぶ。

 が、最後の抵抗も虚しく。

 飢えた獣は、師谷の首筋へとかぶりついた。

 これでも弱っていた様子の大羆は、治癒を求めるようにむしゃむしゃと師谷を喰らう。既に息は絶え、師谷は白目を剥いた状態で静止。

 生贄に志願するかの如く、その身を捧げていた。



■第4ステージ

 エンドラン ~炎上回廊~


■失格

 師谷倫太郎(死亡)



 ◆



「隙間が埋まってればいいと思うよ」

「はい。こんな感じでいいですかね?」

「うん、大丈夫だと思う」

「じゃあ行こうか」

 その後、宇宙服の上下ユニットとグローブを付けた二人は、ヘルメットを抱え階段を降りていく。ブカブカなブーツに関しては靴を履き替えることはせず、熱を避けるためにも二重に履くことで、動きの不自由さが逆に解消された。

 そして、ゆめにとっては見覚えのある、コーヒーのまみれの踊り場へ。茶色の液体はじりじりと段差を伝い流動を続け、三階フロアの入り口まで迫ろうとしていた。

「郁斗さん……そこで何を?」

 階段を降り、三階のフロアの手前。先を行くゆめは振り返り、水浸しの踊り場で何か作業をしている郁斗に呼びかけた。

「ああ、コレね」

「一応、念のためにと思って」

 話せば長くなる。気にしないで大丈夫とゆめをいさめ、郁斗は施しを終えると、足のつま先を軽く液体に浸した。

 ゴム製のスニーカーの外に、さらに宇宙服のブーツ。靴は二重に履いているから問題はないみたいだ。

 上手くいくといいんだが……。

 小言を漏らしながら郁斗はその場を後にすると、「お待たせ。じゃあ行こうか」とゆめに告げ、三階を素通りし二階へと続く階段を降りて行った。今度はその後ろを続くように、歩みを再開するゆめ。

「バサッ!!」

「きゃああ!!」

 少女の声に足を止め、振り返る郁斗。突如として放たれた叫びが、狭いフロア内に反響した。

「やっと来た~♪ もぅ、待ちくたびれちゃった」

「な~に、この服? あ、そっか! なるほど! これであの炎を、ねえ……」

 二人は宇宙服は装着しているが、ヘルメットはまだつけておらず、手に持った状態。郁斗の眼前には、首元にナイフを突きつけられたゆめが羽交い絞めにされていた。そんな彼女の真後ろには、鋭利な瞳でほくそ笑む水菜月蜜の姿が。

 蜜は炎上階を通る術を見い出せず、諦めた様子。

 結果郁斗たちがココを通るのを、伏兵のようにずっと待ち侘びていた。

「何ナニ?」

「もしかして二人、デキちゃってるの?」

「何言ってんだ」

「それより……やめろ!」

「だって~♪ ゆめちゃん殺さないと、アタシが生き残れないじゃん♪」

 軽い口調とは対照的に。

 手に持った彼女のナイフの圧力が増していく。

「……やめて」

「いいよゆめちゃん、やめてあげても。でもその代わり、今着てるのその白いヤツ、アタシにちょうだい」

「いや待て。彼女には手を出すな」

「なら……オレが渡すから」

「きゃ! なんて男らしッ!」

「イイよ! むしろその方がありがたいから。ゆめちゃんなら、後でどうにでもなりそうだしネ!」

 すぐに了承する蜜。自分にはここで消えてもらった方が、後々有利と考えているのだろう。安定性の乏しいヒールを履いた蜜は、ニコニコ笑みを見せていた。

 …………。

 すると郁斗は上下のユニットを脱ぐと、それらを手に持ちゆっくりと蜜の元へと差し出す。

 ボリュームのある宇宙服は、華奢な女性では片手では不可能。両手で受け取る必要がある。蜜はゆめからナイフを下ろすと、郁斗の方へと移動した。

 今が好機。

 この一瞬。

 突如郁斗は、スローモーションの動きから一気に、神速の動きを見せた。

「ちょ……ちょっと! 何すんのよ!!」

 手渡すと想定された宇宙服。だが、それらを宙に浮かせ放り投げる。

 ふらつきながらも、何とかキャッチする蜜。けれど今度は続けざまに、郁斗は持っていたヘルメットを、蜜の顔面目掛け投げ飛ばした。

 受け取るべきか、避けるべきか。

 瞬時に、判断に困った蜜の不安定な動き。

 至近距離からの連投。結果、宇宙服と合わせ受け取ろうとした彼女は、急な重量感から体勢を崩し、その場で転倒してしまった。

 宇宙服を持ったままで尻餅をつく。

 が、その瞬間。

「ああああああ!!!!」

 海老反りに近い体勢で、高速に震え出す蜜。まさに高圧電流を浴びたかのような動き。

 床に接した彼女の下半身は、びっしょりと茶色い液体に浸食されていた。

「今だ!」

「行こうゆめ!」

 グローブ越しに宇宙服を掴み取り返した郁斗は、ゆめを連れ階段を駆け下りた。

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