▼▼ 回想:M.M.(20歳)の同級生 ▲▲
アタシの中には、悪魔が住んでいる。
幼い時からずっと飼い慣らして、もう何年だろう。
ギャンブル依存症の父に愛想を尽かし、逃げるようにしてアタシと母さんは二人暮らしをしてきた。当時、アタシは十二歳。その頃からあの男が憎かった。こんな男の血を受け継いでいるなんて。
ふとした瞬間、無意識に自傷行為に走ろうとしてしまう自分を押さえるので、毎日精一杯だった。
だからアタシには、友人なんて一人もいなかった。青春も皆無。
むしろ、男という生き物に憎悪しか湧かなかった。
中学へ進学した年。無気力だったアタシは、誰とも関わることなく日々をやり過ごす。
そんな姿を心配したのか何なのかは知らないが。
一人の女子生徒がある日、アタシに声を掛けて来た。
「ねえ水菜月さん、良かったら一緒に帰ろ」
「えっ……どうしてそんな、急に」
「じつはずっと、話してみたいなって思ってたから」
彼女の名はアイカ。人当たりが良く、誰にでも優しい。自分とは正反対の人物だった。
曇りない彼女の言動、そして笑顔。こんな顔が普通にできるなんて。
少々強引なアイカに流される形で、アタシには初めての友人ができた。
アイカは皆からの人気者。当然のことながら交友関係は広く、アタシは彼女が持つ多くの友人の中の一人に過ぎない。けれど幸か不幸か、アイカとは高校進学も同じ学校で、長い交友関係が続いていた。
そんなある日。女手一つでアタシを育ててくれた母の無理がたたり、病気で倒れてしまった。入退院を繰り返す母。あの男とは一切連絡が付かない。そもそも、二度と会いたくはないが……。
テレビで付ければ、巷を賑わせている著名人の不貞行為の報道の数々。それらも相まって、アタシの「男」に対する憎しみは募っていくばかりだった。
「お母さん、アタシ学校やめて働こうと思う。勉強も好きじゃないし、元々学校も肌に合わなかったし」
「そうね、ありがとミツ。母さん助かるわ」
母のことは心配だし、感謝してる。
でもその時、アタシは傷ついていた。
本当は
なのに「助かる」って……。もう何もかもがどうでも良くなった。
そしてアタシは、高校を中退した。
「ねえ蜜、ホントにやめちゃうの?」
「うん、ごめん。やりたい事見つけたから」
「やりたい事?」
「うん。今はまだ言えない」
「じゃあね」
アイカに背を向け、校舎を後にする。
「ねえアイカ!」
「じつはね、私にも夢があるの!」
ピタリ、足を止める。
去り行く背中に向け、彼女は大声で叫んだ。
「私、頑張るから」
「だから今度会った時はさ、二人で夢を語り合お! ね!」
振り向くと、涙を浮かべた彼女がそこにはいた。
夢? 頑張る? 何を?
アイカには調子を合わせただけで、アタシには夢なんて無い。心配かけないようにと、ただ取り繕っただけ。
なのに彼女はアタシの言葉を信じ、純粋無垢な笑みを開花させ手を振っていた。
言葉を掛けることなく黙って頷くと、再び踵を返し、アタシたちは別れた。
父親が憎い。男なんて大嫌い。あの人間の血が、この身体には流れている。母親ももう好きじゃない。だからアタシは自分が好きになれなかった。心もカラダも。
お金さえあれば豊かになれる。もうそれだけだった。
それなら大嫌いな「男」を、「お金」に変えてしまえばいい。アタシの身体はもう、抜け殻だから。
それからアタシは、迷いなく夜の世界へと飛び込んだ。
若い身体は直ぐに好まれた。人格なんて紛い物にすり変えてしまえばいい。声色を変え、バカを装った舌足らずな口調。人肌に密着し上目使いで甘える、ただそれだけ。そんな単純な演技に心酔し、札束を注ぎ込む男たち。滑稽だった。男なんてつまらない道具。アタシは本物のアタシに蓋をし、新たな人生を歩き始めた。
それから、二年後。
夜職を続けていたアタシは、立ち寄った本屋でファッション誌をパラパラとめくる。するととあるページに、見覚えのある女性がモデルとして映っていた。
「シラホシアイカ……」
「まさか、アイカ?」
間違いない。それは学生時代の同級生であり唯一の友人であったアイカだった。彼女は人気アイドルになっていた。
夢って……アイドルだったんだ。
そういえば苗字……「シラホシ」だったっけ?
あれ? 忘れた。もう覚えていない。
別にいっか。
別々の道へと進んだ二人。まるで真逆。光と闇。でもだから何? 関係ないと本を閉じようとした、その時。
ふと、写真の下のインタビュー記事に視線が移る。
「Q:人気アイドルになるまで、これまで様々な苦労があったかと思いますが」
「A:はい。正直そうですね。目指す人も増えて、様々なジャンルやコンセプトを持ったアイドルも増えて競争も激化しています。それでもめげずに頑張れたのは、不自由なく大事に、健康に育ててくれたパパとママと、そして道は違えど、同じ夢に向かって頑張ろうと誓い合った‟友だち”がいたから……。勿論、地下アイドルの頃からずっと応援してくれたファンや最近知ってくれたファンのおかげでもあります(笑)本当に、皆さんには感謝でいっぱいです!」
「バサッ」
会計もしていないそのファッション誌を、気付けばアタシはしわくちゃに握り潰していた。
パパとママ? 不自由なく?
夢に向かって頑張ろう? 誓い合った?
突如として父に抱いた時、いや、それ以上の憎悪が滲み出る。
何が頑張ったよ……。
ただ恵まれていただけのクセに。
ふざけるな。
この先も輝きを増そうときらめきを見せる若きその光を、黒く濁った闇で覆い尽くしたい、そんな衝動に駆られた。
これは屈辱。
アタシに対する……侮辱だ。
許せない。
本屋を後にしたアタシは、すぐさまスマホを手に取り、メセラを起動させた。
アタシの中には、悪魔が住んでいる。
さあ今ヨ、出てきなさい。
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