第17話 1巡目

 頭を抱えていた郁斗だったが、すぐに我に返る。

 こうしていてもダメだ。落ち着け。勝負はきっと、エレベーターを降りた時点から既に始まっている。まずは改めてちゃんと読み返そう。

 郁斗はすぐさま顔を上げ、再び画面上の文字をさらっていった。


 まずはゲーム内容から——。

 ‟出題者”と‟回答者”に分かれ、「羨ましい」か「恨めしい」を自動投票、か。このヘルメットはいわば、ウソ発見器と同等だと思えばいい。となれば「恨めしい」が「NO」を意味する。加えて通常の尋問と大きく異なるのは、‟自動投票”であるということ。それはすなわち、取り繕うことは不可能で誤魔化しようがない。

 であれば、意識を向けるべきは‟出題者”としてのムーブ。「お題」を出す側だ。


 次にルールついて——。

 出題者は順番に交代制。お題は一単語且つ、使用も一度のみ。それはわかった。それで「未入力と未回答の場合は無効」ということは、数にカウントされないということだろう。安直な方法でゲームを避けることは無意味ということか。


 そして最後の、ポイント表——。

 これはもう、脳に刻み込むしかない。初見でまず印象的だと感じたのは、「羨ましい」>「恨めしい>1」と「恨めしい」>「羨ましい>1」のどちらでも1ptが加算されるという点だ。イメージでは「羨ましい」に票が多く集まるのが望ましいと思っていたが、決してそうではない。

 いや、むしろ……。その下に記されている「羨ましい=1」=3ptで、「恨めしい=1」=1ptという表記。ここは双方で得点が異なっている。これを見るに、「恨めしい」に票が集まるお題を提示した方が、ゲームには有利だと考えられる。

 だが……。‟そう単純ではない”ということを、さらにその下段が示していた。「羨ましい=0」=0pt、及び「恨めしい=0」=0pt。

 これはいわば、単純明快なお題だと地雷を踏むということ。羨ましい恨めしいのどちらかに極振りするお題にはポイントは入らず、さらに連続すればマイナスとなってしまう。ここが難しい所ともいえる。


 結果、同数票のリスクはありつつも、‟羨ましい恨めしいで確実に票が分かれるお題を出すこと”を必須と心得ればいいだろう。それを続けていった末、3ptを取ればクリアだ。

 そう。そうやって続ければいい。

 ってことは、今回は……。

 第一ステージの時とは、違う。

 郁斗はその時思った。


 この、第二ステージは。

 ‟短期決戦”で勝敗が決まる、と。



 ◆



≪それでは一巡目。出題者、黒川ゆめさん≫

≪お題を入力してください≫


 耳元に流れるAIアナウンス。だが郁斗には、一番手のゆめの声は聞こえない。姿も見えない。そのため彼女が今どんな反応をしているのか、一ミリたりとも確認することができない。彼女は大丈夫だろうか。

 今回の第二ステージは、完全なる「個人戦」での勝負を余儀なくされた。

 開始と同時にルールの表示が消え、ポイント表だけが画面端に残った状態となる。まあいいだろう。一単語のみ、残り二人となった時点でゲーム終了、この二つさえ押さえておけば、後は普通にゲームに臨んでいれば問題はない。

 とりあえず、まずは様子見としてこの一巡目をプレイする。郁斗だけでなく、おそらく大半がそう思っていることだろう。郁斗の出題は最後の七番目。このターンでは他の皆がどのようなお題を繰り出してくるのか。郁斗は邪念を取り払い、その一点のみに集中することにした。


≪入力を確認しました≫

≪——それでは、皆様へお伺いします≫


≪『ゲーム』は、羨ましいですか??≫


 なるほど。『〇〇〇は、羨ましいですか??』という質問文で、プレイヤーに投げかけられるのか。そう思いながらも郁斗は、一問目の問いに対し無意識に体温が上昇するのを自覚した。

 ゆめが入力したお題は「ゲーム」。このワードを耳にした瞬間的に、この非情な殺戮ゲームに対する感情が脳内を埋め尽くしてゆく。十中八九、第一ステージで苦戦を強いられた数馬や玉利など、他のプレイヤーも同様のはず。

 だがどうだろう。郁斗から見て彼女の出したお題は、少々リスキーにも思えた。


≪投票が終了しました≫

≪開票結果を発表します。スクリーンをご覧ください≫


 結果:「羨ましい0」「恨めしい6」=0pt


 結果は0ポイント。流石にこの状況下で、ゲームに好意的な印象を持つ者はいないという証だった。

 開始一発目。ゆめには熟考する余裕が無く、思いついたお題だったのかもしれない。もしくは一人ぐらいはポジティブに捉え、「羨ましい=1」=3ptを狙ったとも考えられる。本人からの声や表情が受け取れないために、自力で想像力を働かせるしかなかった。


≪それでは続きまして。出題者、小野前数馬さん≫

≪お題を入力してください≫


 次の回答者は数馬。今回は誰にも干渉されることのない密室。彼にとってはもしかすると、第一ステージよりも易しいゲームなのかもしれない。


≪入力を確認しました≫

≪——それでは、皆様へお伺いします≫


≪『天才』は、羨ましいですか??≫


 インテリな外見をしている、いかにも数馬らしいお題のチョイス。これは上手いと思った。例えば、学歴コンプレックスがある者とない者。七人もいれば、どちらかに選択が分かれる確率は高いと見える。大学に通うも特に目的を見い出せず、半ば中退していた郁斗にとって、自身の回答は「恨めしい」と判断されているかもしれない。


≪投票が終了しました≫

≪開票結果を発表します。スクリーンをご覧ください≫


 結果:「羨ましい4」「恨めしい2」=1pt


 恨めしいが二人、か。おそらくは自分と、他の誰か一人だろう……。郁斗は勝手にそう想像してしまう。結果真っ先に、数馬は一ポイントを獲得した。


 こうして進み始めた一巡目。

 次々に出題者が入れ替わり、投票が行われていった。


 出題者:玉利紗代子

 お題『宝くじ』 

 結果:「羨ましい6」「恨めしい0」=0pt


 出題者:師谷倫太郎

 お題『ボーナス』 

 結果:「羨ましい4」「恨めしい2」=1pt


 出題者:水菜月蜜

 お題『カネ』 

 結果:「羨ましい6」「恨めしい0」=0pt


 出題者:桃野未来美

 お題『時代』 

 結果:「羨ましい6」「恨めしい0」=0pt


 淡々と続いてゆく投票。ここまで六人の出題が終わり、次は郁斗のターン。

 このステージは驚くほど短期間で進んでいき、あっという間に郁斗の番が回って来た。そのためお題の模索や他者の分析は、素早く行わなくてはならない。時間が短い反面瞬時な判断を求められる点において、頭を使うステージだった。


≪それでは続きまして。出題者、浦城郁斗さん≫


 音声指示に従い、郁斗はキーボードに手を乗せる。最初は感覚を掴むためにトライしてみるという意識だったが、郁斗の思考は六人が出題する間に変化していた。

 おそらくこのゲームは、‟一巡目からの動き”で勝負が大きく分かれる。


≪お題を入力してください≫


 そう判断し、郁斗がこの一巡目で思いついたお題。

「よしッ、このお題なら……」



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