第6話

「皇妃陛下、恐ろしい疫病の兆しが出ております。蛮族が通ったふたつの町で、次々と人が倒れていると。もし蛮族がもたらした疫病である場合、皇帝陛下には大事をとって前線から引いていただかねば、下手をすると戦闘によって直接感染が広がり、前線から兵たちが帝都に帰ってくることで、帝都の民たちが根こそぎ死滅する恐れもあるかと……」

「皇宮の医務院長です」


 あら、久しぶりに顔を見ますわね。相変わらず、木で鼻をくくったような話し方です。容姿は整って、この若さで高い地位にいますのに、良い縁がないというのはこのせいでしょうね。


 かつて孤児院で爪弾きにされていたこの子を、人並みはずれて優秀なせいで、周りと理解をすり合わせるのが苦痛で仕方ないだけだろうと推測し、引き取って、なるべく良い環境に置いてやったつもりですけれど。成長しても、思ったより変わっていないかもしれませんわね。

 けれど、抜きん出た才能は、存分に開花させているようです。問題児だった戦争孤児の少年が、いまや帝国で最も地位の高い医師ですのよ。月日と才能が恐ろしくなりますわね。


「伝染病発生時のために配備されていた早馬便で、すでに二日前に検体が届いております。先ほど解析結果が出て、どちらの町でも、毒が原因だと判明しました。井戸に投げ込むか川に流したか、手段は不明ですが、すでに現地に捜査員を送っております。

 検体を持ってきた男が町の診療所の記録も持って来ましたが、そこに、蛮族が来る前から町では人が倒れ始め、蛮族たちはそんな町の様子を見るや、怒りながら去っていったという記録がございました。

 門外漢の推測にはなりますが。今回の蛮族の侵攻、彼らを駆り立てたものが、彼らの土地でだれかが毒を撒いたのだとしたら。それに追われ、逃げるように攻めてきたのだとしたら。攻めてきたこの土地で、またも同じ毒で死に絶えた町を見て、恐慌状態で闇雲に進軍しているのだとしたら。

 証拠はまだ一つしかありませんが。――毒の成分は、この国の反対端にある高原にしかない希少な植物の根なのです。少なくとも、蛮族が調合したり入手できるものではありません」


 さすがですわね……。

 いくつもの謎の答えをひとつの台詞に詰め込んでしまって、周囲の人間は呑み込めていなかったようですが。それでもすぐに話は通って、調査が進めば裏付けも取れるでしょうね。


「皇妃陛下! 火、火が! 帝都に!」


 大声で叫びながら駆け込んできた若い兵が、後ろから蹴り飛ばされました。大丈夫でしょうか。蹴り飛ばした壮年の兵が、失礼しました!と敬礼をくれます。


「何人かが組織的に放火をしたという目撃情報が入っており、実行犯は取り押さえましたが、裏を探って引き続き捕り物中です! 火、そのものは、すぐに鎮火されました!」


「一部は燃えたんですよ! 我々の誇る帝都が!

 ですが、帝都に相応しい都にするためと、路を広くとっていたこと、家と家との間を広く取っていたことにより、放火されたすべての場所で大火になるのを未然に防ぐことができました! また、避難や消火の際には、住民に義務付けられている大火想定の行動訓練が活きました!

 怪我をした者、家が燃えてしまった者たちを、カトレ教の大聖堂や教会をはじめ、アスター教、ゾロン教の教会と、あと、精霊神殿が、信徒に限らず門戸を開いて受け入れており、困窮したものは皆、仮の住まいと食事の提供を受けることができております! 各地区の公営施療院からの派遣医師も、想定されていた通り、各所に滞りなく配備され、診断治療も始まっております!」


 なんてことでしょう。この子も戦争孤児だったことを、覚えております。その日の暮らしに困り、隙あらば仲間や隣人をも襲おうとぎらついた目をしていた子が、兵として、こんなに立派な報告ができるようになるなんて。

 それに、宗教宥和の方策をとったことで、土着宗派の皆さんも歩み寄りをしてくださっているのですね。カトレ教も、昨今は権威主義の法衣を脱ぎ捨て、民に親しまれることを考え始めているようです。


 わたくしは、感動を味わうためにしばし胸に手を当てて目を瞑っていましたが、なんとか、ひとつ、ふたつと頷いてみせました。


「素晴らしいわ。緊急時に、あらかじめ想定していた動きができること。その体制。そして、期待のもう一歩先の成果を出してくれる、優秀な人たち。ええ、あなたたち皆、この国の宝です」


 玉座の間に駆け込んできていた皆が、大きな声で歓びました。

 レオニードとビクトルにもこの声を届けてあげたいと、そう切に願いましたのよ。





「ちょっとー、私は解放してよ。愛人を虐めたら、旦那に愛想つかされちゃうわよ、お、ば、さ、ん」


 発言に驚いて見ると、そういえば、拘束していた二人が床に忘れ去られています。今のはまさか、わたくしへの呼びかけだったのでしょうか。よく聞き取れませんでしたが。

 キルケ議員は口をぱくぱくとしていますが、何も言えないようです。でもこの女性は、やたらと元気そうですね。そうでした。この方の問題が残っているのですね。こればかりは、優秀な臣下に任せるわけには参りません。


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