第十四話 魔界から来た超危険生物
「ああ! この穴! この穴があればラフェは魔界へ帰れますよね?」
いろいろありすぎてすっかり忘れてたけど、この穴は魔界へと繋がっているはずだ。これがあれば、ラフェの魔力回復を待たずに魔界へ帰せる。
ソーマさんは悲しそうに目を伏せた。
「残念ながら、この入り口では私しか入れません。私のように魔力の少ないものや、あなた達のように魔力を全く持たないものは入れますが、姫様は元々持つ魔力の質が強すぎるのです。先ほどは魔術で無理やり姫様のところへ案内させるなんて見栄を張ってしまいましたが、私が本当にできるのはこの程度なんです」
そう言って指をパチンと鳴らすと、何もなかったところから一本の赤いバラが現れた。これは魔術というよりマジックみたいだ……
それはさておき、ソーマさんが出てきた穴を再利用してラフェを魔界に帰すのは無理そうだ。期待した分、ショックが大きい。
「お待たせ!」
その時、倉庫の扉が開いて成瀬先輩がラフェを連れて帰ってきた。成瀬先輩は俺に近づき、耳元に顔を寄せた。
「ラフェちゃんの家出の原因は聞いた?」
「はい、大体は」
「そっか、それなら説明が省けるね」
そう言って、成瀬先輩は離れた。
「ソーマさん。私達としてもラフェちゃんはなるべく早く魔界へ帰るべきだと考えています。それは私達の住むこの世界の秩序を守るためです。ラフェちゃんが魔界に帰るその日まで、私達は大切にお世話すると約束します。だからその点は安心してくださいとお伝えください」
「私からもお願いする。この通り、この世界に来て私は元気にしている。それはこの世界の人間たちが親切にしてくれるからだ。……正直、まだ父さんのことは許せていないし、魔界に帰りたいとは思わない。でも、ずっとこの世界にいたいわけじゃない。いつか必ず魔界へ帰って父さんと話をつける。だからそれまで待っていてほしいと伝えてくれ」
「……かしこまりました」
そう言って深々とお辞儀をしたソーマさんは穴へ入って行った。
足先まで穴に吸い込まれていくと、穴はだんだん小さくなって、やがて何も無くなった。
「ソーマさん……帰りましたね」
「うん……」
「ああ……」
ラフェの方を見ると少し寂しそうに見えた。成瀬先輩が口を開く。
「ラフェちゃん、寂しい?」
「べっ、別にそんなんじゃ……ただ……」
「ただ?」
「久しぶりに魔界の時の知り合いに会って、魔界にいた頃をいろいろ思い出したというか……」
「なんだ、やっぱり寂しいんじゃーん!」
「うるさいっ!」
ラフェはそっぽを向いた。
その時、スマホの着信音が鳴った。成瀬先輩が電話に出る。1、2分ほど話して電話を切った。
「潔が帰ってきたみたい。じゃあ私は先に行くね。バイバイ!」
そう言って倉庫を後にした。
「さて、俺達も部屋に戻るか」
そう声をかけるが反応はない。隣を見ると、ラフェは一点を見つめて立ち尽くしていた。
まあ放心状態になっても仕方ないか。突然昔の知り合いがやってきて、気持ち的にも整理がつかないだろう。
それにしても決闘ってすごいよな……現代じゃまず考えられない。そんなことを勝手に父親から決められるなんて、それは逃げ出したくもなるか。やっとこいつの気持ちが理解できた気がする。
「ひ、日生……あれは何だ?」
「ん?」
ラフェが指を差した先にはカサカサと動く灰色の物体がいた。
「ああ、あれはネズミだな。どっから入ってきたんだろ」
「うぅ……なんか、あれ、嫌だ……いや……」
「嫌なら早く出ようぜ。部屋に……」
「同じ建物にいるだけで嫌ぁぁぁ!」
そう言って半泣きのラフェは胸の前で指をクロスさせた。
「おい、待てっ!」
俺の制止も虚しく、指をクロスしたところからピンク色の光線がぶっ放される。
「当たれぇっ! 当たれぇぇー!」
半狂乱のラフェが放つ光線はちょこまかと動きまわるネズミにはかすりもせず……倉庫に置かれたマットや卓球台に穴をあけた。
「ほんとにやめろって!」
ラフェを止めようと一歩踏み出したとき、目の前をピンク色の光が流れていった。え、今、命の危機でした……?
「はぁ……っ、はぁ……」
息を切らしたラフェは攻撃をやめ、その場に座り込んだ。
「いや……いやぁ……」
「嫌なのはどっちかな、ラフェ?」
「ひぃっ!」
俺の顔を見て、ラフェが青ざめる。
「ねずみがいたくらいで騒ぐんじゃねぇ! こっちはそのせいで死にかけたんだぞ!? 魔界から来た超危険生物匿ってる俺達くらいお前も寛大になれ! それになぁ……」
俺は一歩詰め寄った。
「こんだけ魔力無駄使いして、タダで済むと思ってるのか!? 倉庫の備品もこんなに壊して! 高木先輩達にも報告するから、存分に絞られてくるんだな!」
「そ、そんなぁ……」
「ほら、帰るぞ」
「うん……」
後日、高木先輩からこの件の請求書を見せられた。マットが意外と高額だというこの先一切役に立たないムダ知識がついた。
高級羽毛の買い付けから帰ってきた俺は乙女と合流した。
「つまり、ラフェちゃんが魔界を出てきた原因は、お父さんにお見合いを勝手に進められたことみたい」
「なるほどな」
「でもこの世界に結婚相手を探しに来たわけじゃないみたいだから、どうにかしてお父さんと和解してもらうことが必要かなって」
「そういう事なら、今後はその方針がよさそうだな」
結婚相手を探しに来たのなら、一人の生贄を見つければ済む話で手間が省けたんだが仕方ない。
「買い付けはどうだった? 結構遠くまで行ったんでしょ」
「ああ。おかげでいいのが買えたよ」
俺は羽毛の入った袋を見せた。明日はこれを布団に加工してくれる業者のところへ持ち込まないとな。
「へぇー、柔らかそう! あ、でもラフェちゃんの尻尾の方が……」
「え、尻尾?」
「そう! ラフェちゃん、実は尻尾と角があるんだよ。特に尻尾なんてふっさふさでねー。あ、でも異性は見ちゃダメなんだって。残念だね」
「……へぇ」
俺はメガネの位置を直した。
え、角とか、尻尾とか、完全に想定外なんだが? 管理委員に任命された時、初めに思ったことは魔界の恐怖でも秘密組織の高揚でもなく、『え、女子と接するの?』だった。クラスメイトの女子と話すこともあるが正直苦手だ。気兼ねなく話せる女子は幼なじみである乙女くらいだ。
管理委員に任命されてから、俺はいつか出てくるかもしれない箱の中の女子を想定して勉強した。普段は見ない、漫画やアニメ、雑誌なんかを片っ端から集めた。どんなタイプの女子が出てきたとしても、自分の『冷静沈着』というスタイルを保っていられるように。属性ならツンデレ、妹、お姉さん、僕っ子、あとはヤンデレなんかも勉強した。外見の特徴なら、銀髪、金髪、縦ロール、片目隠し、ツインテール…特にツインテールはいつからか乙女がするようになったから見慣れるのに時間がかからなかった。実際出てきたラフェは黒髪ロング高飛車属性で、普段から暴君な姉に慣れている俺にとっては大した敵じゃなかった。それなのに……
けもの属性は考慮してなかった……! 不覚だ。ま、まあでも異性は見れないと言っていたし、大丈夫だろう……
「潔? おーい、戻ってこーい」
その声にハッと我に返ると、すぐ近くに乙女の顔があった。
「大丈夫?」
「悪い。ちょっと考えごとをしてた」
「そっか。……ねえ、潔」
「何だ?」
「結婚って、どう思う?」
何を急に言い出すかと思えば。
「どうって、それは家族の問題だろ。父親の決めた相手をラフェが受けいれるかどうかは……」
「だーっ! 違う! 私が聞きたいのは潔のこと! 潔は結婚したい? したくない?」
乙女は一体どうしたんだ。俺が結婚……? こんなに女子が苦手で、結婚どころか付き合えるわけがない。
「したくないわけじゃないが、まあまず無理だろうな」
「どうして?」
「女子は苦手なんだ。上手く話せない」
「私とはいつも話してるじゃん」
「だって乙女はガキ大将やってた時から知ってるからな。あの頃の乙女は……」
短髪でスカート履いてるのなんて見たことが無くて、それにすぐ喧嘩しては生傷を作ってた、小学生の頃の乙女の姿が浮かんだ。
「ちょっと! 昔のことは言わないでよ!」
「まあ、それだけ乙女は俺の中で特別ってことだな」
「……ばか潔」
罵倒してきたくせに乙女は少し嬉しそうだった。
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