第十三話 魔界から出てきた本当の理由

「ラフェちゃん!」

 ラフェちゃんは階段下のスペースに座り込んだ。私も隣に座る。

「何だよ、乙女。お前もどうせ早く帰れって言うんだろ」

「まあ、それが私達の役目だからね。でも今はラフェちゃんと話がしたいの」

「……ふぅん」

 嫌ってわけではないみたい。私は話を続けた。

「ラフェちゃんはどうして魔界から出てきたの? お父さんの言動に怒っているんだろうけど、さっきの伝言にあった『準備』っていうのが関係してるんじゃないかな」

「ああ……父さんは私の見合いを勝手に進めているんだ」

「おおお、お見合い!?」

「乙女、うるさい」

 想像もしなかった言葉に思わず大きな声が出てしまった。

「相手方は良家の長男で頭脳明晰、容姿端麗、おまけに魔術も一級品だってさ。これ見よがしにリビングに置いてあった写真を少し見たけど、確かに育ちのよさそうな男だった。魔王である父からしたら私の結婚相手とはすなわち次期魔王になる訳で、口を出したくなる気持ちも、まあ少しは理解できる。父さんと母さんの幸せそうな様子を見てきたから、結婚に憧れもある。……でも私は! これから何百年、何千年と生活を共にする人を勝手に決められたくはない! それに、父さんが勝手に決めたことを、母さんも同じ意見だってプレッシャーをかけてくるところが本当に嫌だ!」

「う、うん。ラフェちゃんの言いたいことはよく分かったから、一旦落ち着いて」

 今の話をまとめると、

「つまり、ラフェちゃんは恋愛結婚がしたいってことだよね?」

「恋愛、結婚?」

「ラフェちゃんはこれから出会う素敵な王子様と恋に落ちて、時には喧嘩したりしながらも段々と愛を深めていって、その先で結婚したいんだよね。もしかしたら、もう出会ってるのかもしれないけど」

「乙女には王子がいるのか?」

「……いるよ。不器用だけどいつもまっすぐで。小さい頃からずっと、私の王子様」

 昔から目つきが悪くて、怒っているように周りから思われがちだったけど、本当は驚いたり喜んだり、表情がころころ変わって楽しい人だって、きっと幼なじみの私だけが知っている。

「乙女はそいつと結婚するのか?」

 結婚……結婚かぁ。

「したい……けど、ぜーんぜんダメなの。もしかしたら異性としても見られてないかも。色々と頑張ってはいるんだけどなぁ……」

 視線を落とすと自分の束ねた髪が視界に入った。この髪だって……高校一年生の時、潔の部屋に遊びに行くと、机にツインテールの女の子が表紙の雑誌が置いてあった。わざわざ見えるところに置いてあるくらいだから好きなのかと思って、それから私は髪を伸ばし始めた。そして今では表紙の子と同じくらいの髪型になった。かといって潔の態度に変化はないけど、なんとなくやめられずにいる。

「苦労してるんだな」

「ラフェちゃんは好きな人いないの?」

「わ、私!?」

 その時、ふわっと向かい風が吹いた。おかしいな、近くに窓もないのに。

「私は……好きな人なんて……」

「えええ!?」

 顔を赤くして照れるラフェちゃんの頭には角が現れていた。

「そ、それ……っ!」

 私が頭を指さすと、ラフェちゃんは角に触れた。

「ああ……乙女が恥ずかしいことを聞くからだぞ」

 私の驚きとは対照的に、ラフェちゃんはなんてこともなさそうに言った。よく見るとラフェちゃんの後ろで狐みたいな尻尾がゆらゆらと揺れている。

「私達、魔人の女はこんな風に驚いたり、感情が大きく動かされた時に角や尾が出てくるんだ。ソーマみたいに男はずっとついたままなんだけどな」

「へぇ、そうなんだ」

 話を聞きながらも、揺れている尻尾がふさふさでつい気になってしまう。ちょっと触ってみたいなぁ……

 私はこっそり手を伸ばした。

「こら、乙女! いくら女同士だからって気安く触ろうとするんじゃない!」

「えぇー、ちょっとくらい許してよ。減るもんじゃないし」

「私的に何かが減る!」

 仕方なく触るのはあきらめた。

「じゃあ、せっかく可愛いから写真撮ってもいい? 潔と日生君にも見せてあげたいし」

「ダメだ!」

 ラフェちゃんは強い口調で言った。

「角や尾は家族と結婚相手以外の異性に見せてはいけないことになっているんだ」

「そっか。何にも分かってないのにごめんね。じゃあ、この姿を見られた私はラッキーだ。潔と日生君は残念だったねー」

「そ、そうだな……」

 ラフェちゃんはなぜか歯切れが悪そうに言った。

 さて、家出の原因がはっきりしたところで、これから私達はどう動くべきか。

「じゃあさ、ラフェちゃんはこっちの世界に出会いを求めてきたの? それともお父さんがお見合いを諦めるまで戻らないつもり?」

「出会いって……さすがに魔界に連れて行くわけにもいかないし、父さんは絶対に許さないだろうな」

「もう家出までしちゃってるんだし、それくらい振り切ってもよくない?」

「乙女、お前なかなかフリーダムだな」

「そう?」

 この反応だと、恋愛マッチング作戦とかじゃなくって、お父さんとのわだかまりをどうにかしないとだめか。

 とりあえずまた潔と相談だなぁ。私は立ち上がって伸びをした。

「うーん! ラフェちゃんと恋バナできて楽しかったぁ! また話聞いてね」

「私のこと、帰らせたいんじゃないのか?」

「帰らせるよー。なる早でね。でも仕事とプライベートは別なの」

「……変な奴」

「ほら、私ってフリーダムだから」

 私はウインクしてみせた。


 成瀬先輩に置いて行かれて、俺は魔王の使者と二人きりになってしまった。見張るって言っても、向こうは魔法がつかえるのに生身の俺がどうしろと!?

 無理のあるオーダーに、俺はかえって冷静さを取り戻した。

「なんか俺達が言い争っても意味ないですね。二人が戻るまで少し話しませんか?」

「それもそうですねぇ。私もつい感情的になってしまいました」

 俺達は倉庫の床に座った。一旦落ち着くとアンバランスなうさ耳にどうしても目が行ってしまう。

「これが気になりますか?」

 そう言ってソーマさんは自分の耳を撫でた。

 ラフェは角や尻尾を見せることを嫌う。今回の場合は初めからついていたわけだし、見てしまうのは不可抗力だけど、「私のうさ耳を五秒以上見たものは抹殺する」とか言われたらどうしよう……でも言い逃れは出来ない。

「ええ、まあ……」

「人間とは違う形ですもんね。気になるのも無理ないですよ。私達魔人は特徴的な耳や角、尻尾がついているんです。私にも実は尻尾があるんですよ。小さいので服の下に隠れて見えませんが」

「そうなんですね」

 この感じならうさ耳を見ても大丈夫そうだ。俺は胸を撫でおろした。

「男はそのままですが、女性の角や尻尾はいつも現れているのではなくて、心理的衝撃があった時に出現するんです。実は姫様にも角なんかがあるんですよ」

「へ、へぇ……」

 知ってますけど……

 これ以上この話題を続けるとボロが出そうだ。俺は話題を変えた。

「さっきの伝言で言ってた『準備』って、あれ何のことなんですか?」

「ああ、あれは姫様の結婚相手との顔合わせの準備ですよ」

「え? 決闘相手?」

 ラフェはなにで戦うんだろ……やっぱり魔法か?

「姫様はこれからの魔界を担う大切なお方。その姫様にふさわしい相手を魔王様がお選びになったのです」

「相手ってどんな人なんですか?」

「魔王様とも親交の深い名家のご子息で、優秀だと評判が高い方です。魔術の腕前は姫様に肩を並べるほどだとか。それに、見た目もかなり整っていると聞きます」

「見た目関係あります?」

「大ありですよぉ! 内面も外見も姫様が気に入る方じゃないと!」

 実力とルックスが伴わないと決闘相手として相応しくないってことか。

「でも、ラフェは嫌がってるんですよね」

「そうなんです……これほど結婚相手にふさわしい方はなかなかいらっしゃらないのに……」

「魔王はどうしてそんなに決闘させたいんですかね?」

「姫様の一番輝く姿を見たいって魔王様はよくおっしゃっていましたけど、それだけではなくて……どうやらこの結婚を期に、姫様を魔術の最前線から遠ざけたいみたいです」

「へぇ」

「姫様は持ち前のセンスの良さから魔術研究の最前線で活躍されてきました。しかし、研究にはやはり危険がつきものですので、魔王様は姫様を最前線から退ける『口実』が欲しいのです。お相手の方は先ほども言ったように、姫様に並ぶほどの魔術の使い手ですから」

「なるほど」

 段々とこの話が見えてきた。魔王は強い相手と魔術で決闘させることでラフェを敗北させ、失意のラフェを魔術研究から外そうっていう魂胆なわけだ。後任にはその決闘相手が入るんだろう。それに対してラフェは『両親の総意』として決闘の準備を勝手に進める魔王に腹が立ってるってところか。

 ん? じゃあラフェが自主的に魔術研究を外れれば、上手くことが進むのでは? その時、ソーマさんが出てきた穴が目に入った。

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