流星天使:堕天都市の二人

大黒天半太

第1話 白昼の……

 冬の晴れた、午後に入ったばかりの街角で、二人は出会った。


 黒のジーンズに厚手のシャツ、黒い革ベストに同じく黒革の指貫手袋、ギターケースを背負った少年と、濃紺のブレザーにミニのフレアスカートの制服、学校指定らしい鞄とスポーツバッグ、手作りのものらしいピンクの生地の竹刀袋を抱える少女。


 自販機から缶コーヒーを取り出した少年が、顔を上げた時、通り過ぎようとした少女と、視線が交差した。


 一瞬立ち尽くした二人は、どちらからともなく歩き出す。少し前を少年が、少し後ろを少女が。

 二人は、人通りの多い街を抜け、海からの寒風が吹き付ける海浜公園へ辿り着いていた。


「どちらかわからないから、仕合ってみるしかないと思うが……」


「それはそうでしょうね。どちらの側か、自分から言うのはリスクが大きいし、聞いた方も、信用できるかどうか、迷うでしょうから」


 少年は、ギターケースを下ろすと、中から日本刀を取り出した。立派な拵えの鞘を腰に佩く。

 少女は、竹刀袋からするすると刀を取り出すが、鞘を全て出さず、刀を抜いて鞘と袋は、カバンと一緒に置いた。

 反りがほとんどない直刀を、そのまま正眼に構える。

 対する少年は、柄に手を掛けたまま、ついと下がり、少女と距離を置く。


鏡水無影流かがみむえいりゅう銀鏡しろみくろがね。鏡に水で『かがみ』、影が無いと書いて無影流。姓のしろみは、銀の鏡と書く。名のくろがねは鉄の一字だ」


「ご丁寧なご挨拶、ありがとう。明神宿儺流みょうじんすくなりゅう内海うつみ苺子いちご内海うちうみと書いてうつみ、果物のいちごに、子供の子で『いちご』と読むの。流派名は、口で説明しづらいから、仲間だったら、後で書いて説明するわ」


 にっこり苺子いちごが微笑むのと同時に、くろがねが刀を抜く。


「まだ、日も高い、人目が少ない内に、さっさと片付けよう」


 八双に構えたくろがねも、微笑みで返す。


 気合を込めた小さな突きが、苺子いちごの直刀から放たれる。

 十分すぎる間合いを取ったくろがねに、届くはずもないその突き、ほぼ同時に袈裟懸けに振り下ろされるくろがねの切っ先。

 傍目には、芝居の殺陣のようなその動きに、ありえない衝突音が、その中間点で起きる。


「剣気を飛ばすか……」


「そちらこそ、今のは何? 幽霊のようなものが、私の飛斬ひざんを切り払ったわね。予測してたの?」


「さすがに見えるか。そっちこそ、俺が出方を読んでるのを、読み切ってたろ? これみよがしに、間合いをとったのに、お構いなしだったからな」


 二人の間の空気が、さらに張り詰める。鉄の前に、刀を持った侍のような姿のおぼろげな影が先ほどより濃く浮かび、鉄の動きをなぞるように正眼に構える。


「剣気を真っ直ぐ飛ばすだけじゃないんだろ? 曲げられるか、それとも違う変化か…。俺の刀仙体とうせんたいも、剣気の塊だが、こういう真似もできる」


 鉄は両眼を閉じ、空中に浮かぶ侍の影の頭部、額に眼が開く。両眼と額の合計三つの眼が。影は正眼に構えたままだが、鉄は八双に構えを変える。


「これで、俺も見えるし、刀仙体とうせんたいを、別に動かすこともできる。二人を相手にするのと同じだ。片方が、お前の剣気を切り払い、もう片方が、お前を斬る」


「男がおしゃべりになる時は、嘘をついてる時だって、友達が言ってたわ。意識を二つに分けたら、本当にさっきの速さで、両方とも動けるのかしら?」


 くろがねの言葉に、苺子いちごは笑顔で応じる。


「剣は、置かないか……」

「戦わずして、降伏はできない。最後まで、剣は置けない。お互い様でしょ?」


「こ~らぁ~、そこで何してる~! 二人とも、その物騒なものを、足元に置きなさ~い」

 白い自転車を漕いで近づきながら、制服警官が裏返った声で叫んでいる。一瞬の動揺を抑えて、二人はゆっくりと下がる。警官より、目の前の相手の方が脅威だ。


「二人とも、刀を、足元に置きなさいっ!」

 息を切らしながら、自転車を横倒しに放り出して、警官は駆けつけて来る。二人は、お互いから眼を逸らさない。ともに、長い間合いの業を持つもの同士、どれほどの距離が安全圏か、掴めない。


「いい加減にしなさい! おまわりさんを無視すると、怒りますよ!!」


 まだ、二十代半ばに見える警官の中で、一気に膨れ上がる殺気に、二人は思わずお互いの存在を忘れ、警官の方を向いた。


 三発の殺気、しかし、発砲音は無い。


 冗談のように向けられている若い警官の指鉄砲だが、苺子と鉄の刀は、手の中から弾き飛ばされ、鉄の刀仙体とうせんたいは、雲散霧消した。


闘六仙術とうろくせんじゅつの内『念弾ねんだん』です。ネーミングは私なので、ダサイとか、言わないように。

 ただの警官だと思って、警戒を怠りましたね。減点です。

 で、くろがねくんと苺子いちごちゃん、どちらが先に仕掛けたんですか?

 集合は、十六時に駅前交番の前って伝えてあったでしょ?」


「じゃあ、あんたが、陸奥むつさんかよ」

 鉄が、不満げに睨む。


「今回仕切らせてもらう、陸奥むつ六郎ろくろうです。よろしく」


「今、何時かご存知?」

 苺子も、棘のある笑顔で問う。もう十七時はとうに過ぎている。


「いや、ちょっと巡回中に事件があって、戻るのが遅くなっちゃって」


 六郎は笑ってごまかそうとしていた。


 二人は各々の刀を拾い、鞘に収めた。

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