第38話 楽しいデート

 ついにやってきた約束のデートの日。

 ローゼはウォークインクローゼットの中から、白い縦縞模様が入った赤いドレスを選んでくれた。


 舞踏会で着るドレスと比べれば地味かもしれないが、城下町を歩いても目立たないデザインをしている。

 だが、今まで淡い色合いをしたドレスばかり着ていたマナにとって、この色は少し派手に見えた。


 髪も香油とブラシで丁寧に梳かした後、ティリスが太めの三つ編みを二本作る。

 だが髪の半分のところで編み終えるとそのままリボンを結び、残った髪はそのまま流すという、少し変わった髪型にした。

 髪を編んでくれたティリスが満足気な顔をする横で、ローゼは少し困ったような顔をした。


「ねぇティリス、この髪型はちょっと変じゃない? ちゃんと最後まで編んだ方がいいわ」

「何言ってるのよ、ローゼ。マナ様の亜麻色の髪は、かっちりした髪型にしてしまうのが惜しいくらい綺麗なのよ! だからこそ、あえて編んでいる部分とそうでない部分を残すことで髪の美しさをより際立たせるの!」

「た、確かに……悔しいけど、ティリスの意見には同意するわ」


 ティリスの熱弁に負けたのか、それとも本当にそう思ったのか――多分どちらも正解のような気がする――ローゼも首を縦に振る。

 それをソファの上から見ていたイーリス(留守番)が、マナの頭から爪先を見て頷く。


「ええ、私もそれが一番いいと思うわ。ティリス、あなたいい趣味をしているわ」

「は、はいっ! 精霊王様が褒めらくださるなんて感激です!!」

「もちろんローゼ、そのドレスを選んだあなたもね」

「あ、ありがとうございますっ!!」


 精霊王直々の褒め言葉に、二人は驚きながら感謝を告げながら頭を下げる。

 カチカチになっているメイド達を横目に、マナは姿見の前で改めて自分の姿を改めて見る。


 外出着すら一着も持っていなかったマナにとって、このドレスは初めて着るものだ。

 やはり派手な色合いだが、この日のために選んでくれたと思うと、不思議と気にならなくなった。


「二人とも、ありがとう。とても素敵です」

「ありがとうございます、マナ様」

「そう言ってもらえて何よりです」


 最後に踵が低い靴を履いて部屋を出ると、ちょうどエレンと鉢合わせる。

 いつもの重そうなマントを脱いだ彼は、黒いシャツと白いライン入りの上着、黒いズボンという簡素な格好をしており、首周りには瞳と同じ色のネクタイが結ばれている。


 いつもの王宮魔術師姿とは違う、彼本来の美貌をさらに際立たせる格好に、マナは思わず見惚れてしまう。

 それはエレンも同じだったのか、互いが互いを見つめ合っていると、その間からイーリスがわざとらしく「ごほん」と咳払いした。


「二人とも、見惚れ合うのもその辺にして、早く祭りに行きなさい。急がないと日が暮れてしまうわ」

「そ、そうですね。行きましょうか、マナ」

「は、はいっ。よろしく願いします」


 人類で初めて精霊王に窘められるという偉業(?)を成した二人は、互いの手を取りながら城を後にする。

 背後で生暖かい目を向けてくるイーリス達の視線を振り切るように。



 初めて行く城下町は、天恵姫と精霊王の顕現の祝いでとても賑わっていた。

 あれからもう一月近く経つというのに、未だ活気に溢れている様子にマナは最初から驚きっぱなしだ。


「天恵姫と精霊王の顕現は、国だけではなく大陸中にとっても重要な祝い事なんですよ。そのおかげで、他国の行商人もこぞってこの祭りに参加して今の賑わいになっているんですよ」

「人も凄いですね……珍しい物もたくさんあります」


 天幕と木材で作られた屋台には、異国の工芸品や織物、新鮮な果物や野菜、さらには希少な紺碧鳥こんぺきどりの卵とその親鳥などが売られている。

 中にはこの国の名産品である魚介類もあり、それを買い求める人々の顔はとても楽しそうだ。


 きょろきょろと市場を見渡していると、ふとアクセサリーを取り扱っている露店を見て、マナはぎょっとした。

 理由は、露店の台に商品と一緒に乗せられている札だ。


『天恵姫御用達! ヴィリアン王国産の真珠のアクセサリー!』


 そんな謳い文句が書かれている札を、マナの隣で見ていたエレンは納得しながらも苦笑した。


「……どこから漏れたのが知りませんが、あなたが宝石の中で真珠が一番好きという話が城下にまで伝わっていましてね。ご覧の通り、真珠を使ったアクセサリーが今流行しているんですよ」

「い、いつの間に……!?」

「おかげで真珠の需要率が大幅に上がっているので、経済的にはなんら支障はありません。むしろ喜んでおいた方がいいですよ」

「そ、そうなのですか……?」


 確かに、貴族はその年の流行に合わせたドレスやアクセサリーを買っている。

 アイリーン達も切迫した財産状況の中で必死に流行モノを買っていたし、王宮でドレスの新しいデザイン画を見せてきたのを思うに、流行に遅れないことは貴族社会において重要視されていると自然と理解できた。

 今まで不人気だった真珠が、こうして流行モノの仲間入りをしたのだから、エレンの言う通り喜んでいいのかもしれない。


「……しばらくは、真珠がたくさん売れて大変そうですね」

「そうなったら、今度は真珠の流通に制限がかかってしまいますがね。そこは僕達には関係ないので、商会に任せましょう」


 さらっとひどいことを言ったエレンに苦笑しながらも、マナは市場だけでなく曲芸を披露する広場に足を運んだ。

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