最終話 祝福の鐘が鳴る
王都の中央にある噴水広場では、祭りの影響を受けて様々な催しが行われていた。
曲芸師が子猿を使って芸を見せたり、手品師が中に何も入っていないシルクハットから花を出したりと、魔法を使わない芸を見せて観客を喜ばせる。
他にも吟遊詩人が天恵姫を綴った詩を詠っていたが、あまりにも美化と誇張がし過ぎていた。
それを聴いた当の天恵姫は顔を真っ赤にして俯き、伴侶は口元を引きつらせながら苦笑する羽目になった。
しばらくして歩き疲れた二人は、広場から少し離れた位置にあるベンチに腰かける。
待っている間にエレンが食べ物と飲み物を買ってきてくれて、それをベンチの上に敷いた布の上に置いた。
買ってきたのは肉と野菜の串焼きにジュース、それと焼きたてのパンだ。
串焼きは塩だけの味付けだがしっかりと旨味があり、野菜も塩のおかげで甘味を引き出している。
パンは焼きたてだったからふわふわだけど、ジュースはあっさりとしていたがぬるかった。
氷が高いことは知っているが、せっかくの美味しいジュースがぬるいことにマナが残念がっていると、エレンはそっとコップから少し上の位置に手を被せた。
「コール・ディア・エレン――氷よ、心地好い冷えを与えたまえ」
呪文と共に、エレンの手の中から氷が生まれ、カランと音を立てながらコップの中に入っていく。
驚いて思わずエレンの方を見ると、彼は小さく微笑んで、同じように氷を生み出しコップの中に入れた。
彼の作った氷のおかげで冷たくなったジュースを飲み、ほっとひと息つく。
「……なんだか、夢みたいです。こんな風に時間を過ごせるなんて」
「夢じゃありません。あなたが望めば、いくらでも過ごせます」
エレンはそう言ったが、天恵姫になった以上、パルネス家でいた時よりも大変な目に遭うことはなんとなく察してはいた。
たまに書庫室に行く途中で、名も知らない貴族が自分に媚びてきたり、エレンを通さないで直接誘いの手紙が来たりと、天恵姫の恩恵にあやかろうとする者がいることはもう知っている。
でも、きっと自分が望めば、エレンは多少無理をしてでも願いを叶えてくれるだろう。
それが嬉しいと思う反面申し訳なく思いながらも、ふとあることを思い出す。
「……そういえばエレン様、一つだけ聞き忘れていたことがあります」
「? なんですか」
「エレン様は、私のどこが好きなのですか?」
「ゴフッ」
マナの突拍子もない質問に、エレンは飲んでいたジュースを噴き出した。
ゲホッゲホッと激しく咽る伴侶にハンカチを渡すと、彼は口元から垂れたジュースを拭き取る。
「は……? な、何故そのようなことを……!?」
「私はエレン様と過ごしていく内に……その、す、好きになっていきましたが……エレン様は昔から私を知っていたのでしょう? ならエレン様は、私のどこを好きになったのか知りたいのです」
ある意味では拷問に近い問いかけに、エレンは冷や汗を流す。
なんとか誤魔化そうと頭の中で色々な答えを出すも、徐々に顔を近づけるマナの青い瞳がじっと真摯に見つめてくるのを見て、浮かび上がった答えでは絶対納得しないと悟る。
「……分かりました、分かりましたから。ちゃんと答えますから、そんなにじっと見つめてこないでください」
「あ、すみません」
エレンの指摘に、マナは小さく謝りながら近づいていた顔を離す。
そして深く深呼吸してから、小さな声で答えた。
「その、ですね…………あなたと同じです……」
「え?」
「僕も、あなたと同じで過ごしていく内に好きになっていたんです」
そう言って、エレンは上着のポケットから小さな箱を取り出す。
紺色の
「最初は、ただ同情であなたを大切にしたいと思った。自分よりも酷な日々を過ごすあなたを救ってあげたいがために。……ですが、それはただの建前で、僕はあなたの笑顔を見て、もっと幸せにしたい、好きになっていきたいと思いました。でも実際、あなたと出会い、言葉を交わしていく内に無意識に惹かれ……気づけば自分でも驚くくらい夢中になっていきました」
ゆっくりと、箱の蓋が開けられる。
白いクッションの中に入っていた、エレンの瞳と同じ色の指輪。
男性が自分と同じ瞳の色の宝石がついた指輪を女性に贈る意味が、求婚であることくらい知っていた。
「マナ。僕は天恵姫の伴侶とは関係なく、あなたを愛し、守り続けます。ですからどうか、これを受け取ってください。正式に結婚できるのはまだ先ですが……僕と一緒に、これから先の未来を作ってくれませんか?」
その誠実で真っ直ぐな言葉に、想いに、自然と涙が溢れ出る。
ポロポロと流れる透明な粒は、今まで流した辛く悲しいものではなく、嬉しさのあまりに流れていると分かって、とても嬉しくなる。
震える手でそっと彼の手ごと触れると、小さく頷いた。
「私も……エレン様と一緒にいたいです。これからも、ずっと」
それが答えだと伝えた直後、マナはエレンによって抱きしめられる。
遠巻きに見ていた人々が万雷の拍手とお祝いの言葉を飛ばす中、二人は恥ずかしそうにしながらも笑い合う。
その時、大聖堂の鐘が高らかに鳴り響く。
それはまるで、天恵姫と伴侶の未来を祝福しているかのようで。
王宮のバルコニーでその音を聴いていた精霊王は、嬉しそうに一声鳴いた。
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