第37話 デートの誘い

 事件が無事解決したものの、エレン達は未だ後処理に追われていた。

 さすがに国を支え続けた名家の不祥事は、あらゆる方面から少なくない打撃を与えたらしく、政治関連には知識がないマナは手も口も出すことはできない。


 できることがあったとすれば、現フォーリアス辺境伯夫妻――マナの叔父夫妻と面会して、正式に彼らの養女になるための申請を行っただけだ。

 最初、叔父夫妻はマナを見て数秒ほど固まると、そのまま涙を流しながら抱きしめてくれた。


「生きていてくれてよかった」「会えて嬉しいわ」と全身で喜びを伝えられ、マナも自然と涙を零しそのまま子供のように泣きじゃくった。

 そこからは日が暮れるまでおしゃべりをして、叔父夫妻は王都の宿で一泊した後そのまま領地に戻ると告げて王宮を出て行った。


 天恵姫はしきたりのせいで王宮暮らしになるため、叔父夫妻と別れるのは辛かったが、時間がある時に会えるとエレンが教えてくれたから、いつかちゃんと母の生まれ育った土地に足を踏み入れることに期待を胸に抱くことができた。

 それ以降は淑女教育や魔法講義の時以外はティリスとローゼと一緒に手芸をしたり、勧められた本を読んだりして日々を過ごすことになった。


「そういえば、イーリス。あなたに聞きたいことがありました」

「あら、何?」


 今も天恵姫と精霊王の顕現で賑わう城下町の声が届く中、海が見えるバルコニーでお茶を飲んでいたマナは、切り分けられた紅水晶桃ローズクォーツピーチを食べている人型のイーリスに問いかける。


「どうして、私を天恵姫に選んだのですか? そもそも、伴侶も何を基準に選んでいるんですか?」


 天恵姫に選ばれるのは全て少女ということ以外分からず、伴侶も天恵姫誕生から五年以内に見つかると言われているが、その選考基準は未だ不明のまま。

 あれこれ考えても答えが辿り着かないのなら、いっそ本人に訊ねてみると、当の精霊王は「んー」と間延びした声を出しながら言った。


「そうね……天恵姫を選ぶために基準としているのは、その少女の魂の純度よ」

「魂の、純度……?」

「そう。私の目はね、相手の魂の色を見ることができるの」


 そう告げるイーリスの白銀の瞳が、キラキラと虹色に輝く。

 まるで聖なる領域に触れてはいけない空気が流れ、無意識に喉を鳴らす。


「人というのは、己の欲望が強ければ強いほど魂は穢れていくもの。美しいまま保った魂なんてほとんどない。天恵姫というのは、己の欲望ではなく他者のために慈愛を与え、悪に屈しない強さを兼ね備えた魂を持った少女のこと。精霊王たる私の契約者として相応しい素質を持った者よ」

「……なら、私は全然相応しいとは思えません。死を望みながらも怠惰に生きていただけの、醜い女ですから」

「いいえ、それは違うわ。むしろ死を望みながらも、生きるのをやめなかったこと自体すごいことよ。たとえあなた自身が己を卑下しても、私だけは認めてあげるわ」


 いつもの癖で自己評価の低い言葉を口にすると、イーリスは首を横に振る。

 たとえ誰かが自分を貶しても、真っ直ぐな言葉と瞳と共に否定する。

 それは、今まで自分が生きていること自体罪で、いなくても構わない存在として扱われてきたマナにとって泣きたいほど嬉しいことだ。


「伴侶については、天恵姫と同じで魂の純度を基準に選んでいるわ。でも天恵姫とは逆で、他者を傷つけることに躊躇せず、悪として知恵を動かし、命に懸けても愛し守り通す覚悟を持った者を」

「もしかして……五年も伴侶を探すのにかかるのは、それが理由ですか?」

「そうよ。伴侶の選定は結構難しいから最短でも二年、最長で五年もかかってしまうのよ」


 イーリスが言うには、伴侶に相応しい資質を持った者がいても、大半が性格に問題を抱えている場合が多い。

 天恵姫を愛し守る者が、天恵姫を傷つけるような真似は許されない。

 だからこそ、伴侶を選ぶにはより慎重にならざるを得ないのだと、精霊王は言った。


「ねぇマナ、一つ聞くけど……伴侶の相手がエレンでよかったの?」


 選考基準がどうあれ、彼も伴侶という運命によって人生を狂わされた一人。

 結果的に彼がマナを大切にする人だったが、もし何かが違っていたら、実家にいた頃よりも最悪な未来が待っていたかもしれない。

 そう思いながら問いかけた質問に、マナは小さく笑った。


「それは、野暮というものですよ。イーリス」

「……そうね、ごめんなさい」


 答えになっていない答えでも、イーリスにはその言葉だけで十分。

 天恵姫と精霊王は、互いの顔を見合わせながら小さく笑い合う。


「おや、何なら賑やかですね」


 いつの間に入ってきたのか、エレンがバルコニーに足を踏み入れると笑い合う二人を見て首を傾げていた。

 人形のように整った顔には疲労が見えたものの、変わらず美しいままの伴侶の姿にマナは思わず見惚れてしまう。


「あら、女の秘密を聞くのかしら?」

「いいえ、結構です。この手の話を聞いて痛い目を見ている人を見てきたので」


 イーリスの言葉にエレンが断ると、マナの方を近寄りそっと頬に触れる。

 いつものように優しい手つきとぬくもりに、自然と頬が赤くなりながらもすり寄る。


「長い間、そばにいられなくてすみません。寂しかったですか?」

「は、はい……その、エレン様もお仕事お疲れ様です」

「これくらい大したことではありません。僕は伴侶ということで他の部署のような仕事はある程度免除されているので、そこまで忙しくなかったんです」

「そうなのですか? じゃあ、どうして……」

「あなたとの約束があったので、少し頑張ったんです」

「約束?」

「ええ、あなたとデートする約束です」


 デートと言われて、マナはアイリーンが無断接触してきた日を思い出す。

 エドワードが気を利かせてエレンと会う機会を設けたが、その時は貴族達の対応でしばらく時間が取れないと言っていた。

 その代わり、祭りの最終日にデートをすると約束してくれていた。


「ちょうど明日、祭りの最終日。僕もあなたもその日は一日自由の身です」

「じゃあ……」

「はい。マナ、僕と一緒にデートしてくれますか?」


 頬に触れていた手が離れると同時に、その場で片膝をついて跪いたエレンは手を差し伸べてくる。

 まるで騎士のような立ち振る舞いに、マナは内心驚きながらも笑みを浮かべてその手を取る。


「はい、喜んで」

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