第36話 明かされた真相
医師から完治報告と外出許可を貰い、自室で朝食を済ませたマナはティリスとローゼによって着飾られた。
久しぶりに袖を通すドレスは、若葉を彷彿とさせる薄い緑色。耳や首、複雑には編み込まれた髪を飾るのは、真珠とエメラルドのアクセサリー。
綺麗に着飾り終え、ソファの上にいたイーリスを抱っこしながら部屋を出ると、扉の前で待機していたエレンのエスコートにされながら、ノースパレスのサロンへ向かう。
辿り着いたサロンの扉の前で待機していた侍従長が一声かけると、そのまま入室許可を貰い部屋に入る。
華美すぎない落ち着いた調度品が置かれ、太陽の日差しが入ってくる暖かな室内では、すでにクリストファーが目の前にあるソファに腰かけていた。
「よく来たな、二人とも」
「国王陛下、この度は多大なご迷惑をおかけしたこと、深く謝罪致します」
開口一番に頭を下げて謝罪するマナに、クリストファーは目を丸くしながらも苦笑を漏らす。
「いいや、今回の件は父上達が画策していた計画に気づかなかった私の責任だ。そなたが無事に戻ってくれてよかった」
「……ありがたきお言葉です、陛下」
「エレンも。迷惑をかけたな」
「まったくですよ。今後は、こんなことがないよう側近の裏事情を知る必要があるのでは?」
「はは、そうだな。そうしておこう」
どこか砕けた口調で会話するエレンとクリストファーを見て、やはり二人は血の繋がった兄弟なのだと再確認する。
そうしてクリストファーに促され、向かい側にあるソファに腰かけると、すぐさま本題を切り出された。
「……さて、今回の誘拐の件についてだが。その発端となった話を先にしようと思う」
「発端というと……お母様のことですか?」
「そうだ。クレア夫人がパルネス家に嫁入り前――正確にはそなたの誕生を知らせる予言を告げられた日から、父上達は天恵姫を手に入れるための計画を動かしていた」
クリストファーの話によると、前国王ハインリヒは幼少の頃から天恵姫の伴侶になることを夢見ていた。
しかし次期国王であった彼は、初代国王と精霊王の交わした誓約と王宮のしきたりによってその夢を叶えられなかった。
誓約の話を聞いて、マナは膝の上で丸まっているイーリスに訊く。
「イーリス、どうしてあなたはそんな誓約を交わしたのですか?」
「理由は色々あるけど、一番の理由は国王を含む国や軍のトップが伴侶に選ばれたら、天恵姫を利用してこの大陸に混乱と災厄を招かせる危険性があったからよ。初代国王はそれを一番恐れていたからこそ、誓約を結ぶことで少しでも不安要素を消そうとした。私自身もその申し出には異論はなかったし、むしろありがたいものだったわ」
イーリスの答えを聞いて、三人は素直に納得する。
もしこの誓約がなければ、天恵姫は国にとって都合のいい道具として扱われなくなる可能性があった。
実家にいた時以上にボロボロになるまで使われる想像をしてしまい、恐怖で肩をぶるりと震わせた。
「サルベール前伯爵は、王妃の予言を聞ける人間の一人であり、父上の側近の一人だった。彼は父上が考案した計画を聞き、すぐさま行動に移した。数いる王宮魔術師の中で、サルベール前伯爵はパルネス前男爵を目につけ、この計画の協力者になるよう唆したのだ」
当時、パルネス家はマナが生まれる前から没落の一途を辿っており、祖父であるパルネス前男爵はガルムと同じ部署で働く王宮魔術師の一人だった。
仕事も魔法の腕も平凡だったが、なんとか家を立て直そうと躍起になっていたところに、サルベール前伯爵からハインリヒの計画を聞かされたのだ。
「パルネス前男爵はこの計画にはかなり乗り気で参加したようでして。自宅の執務室の本棚の裏側に、サルベール前伯爵から計画を他者に口外しない契約書や多額の金を受け取ったことを証明する書類などが見つかりました」
「お父様はこのことを知らなかったのですか?」
「実際、知らなかったようです。裁判で契約書の話を出した時、彼はひどく動揺していました」
こうして無事協力者を手に入れたサルベール前伯爵は、契約していた【闇】の精霊の力を使い、フォーリアス辺境伯領を呪った。
フォーリアス辺境伯領は王都と同じくらい精霊に愛された土地で、同じ精霊の魔法による被害が他の領地と比べて顕著に表れる。結果、フォーリアス辺境伯領は甚大な災厄に見舞われた。
呪いによる大飢饉や流行り病によって領地が疲弊したところを、パルネス前男爵がサルベール前伯爵から受け取った金を使い、クレアを強引にガルムに娶らせた。
そうして見事天恵姫を手に入れ、後は本来の伴侶であるエレンを消し、ハインリヒがその座に座る……はずだった。
「しかし、そうなる前に父上は己の精霊によって殺され、サルベール前伯爵とパルネス前男爵、そしてクレア夫人は王都で流行った流行り病によって急死。計画は失敗に終わった」
「ですが、サルベール伯爵が偶然父親の自室に隠していた契約書を見つけたことで計画を知り、今回の事件を起こした。……父と同じように、パルネス男爵を利用して」
「そういうことだ。元を正せば、サルベール家もパルネス家もフォーリアス家も、全員は被害者だった。全ての元凶は父上であることは間違いない」
眉間を寄せ、沈痛な表情を浮かべるクリストファー。
きっと、彼自身も激しく後悔しているのだろう。父の愚かな企みに気づかなかったことも、クレアやフォーリアス辺境伯領で暮らす人々の人生を苦しめたことも。
聡明で誰よりも国民想いだからこそ、この件で誰よりも苦しんでいるのだ。
「本当にすまなかった。私が何度謝ったところで、そなたがこれまで追ってきた傷や過去が消えるわけではない。……それでも私は、謝ることしかできない」
「……いいえ、国王様。そう思ってくれただけでも、私は充分救われています」
それは謙遜でも、上辺だけの言葉ではなく、純粋にマナの本心だ。
確かにマナがこれまで負った心の傷はすぐには癒えないし、辛かった過去を忘れ去ることはできない。
それでも、その先に今の幸せが待っていたと分かれば、幾分か報われる気持ちになる。
「確かに、前国王陛下やサルベール伯爵、それから祖父がしたことは決して許されたことではありません。……ですが、今の私はエレン様とそばにいるだけで幸せなのです。これ以上は何も望みません」
「マナ嬢……」
「ですので陛下、どうかこれからもその気高い心を持ってこの国を、民を守ってください。もう二度と、私のような人を生み出さないように」
真っ直ぐに、それでいて真摯かつ健気に想いを告げるマナを見て、クリストファーは泣きそうな顔になりながらも笑う。
「そうか。ならばこのクリストファー・セルブス・ヴィリアンの名に懸けて、天恵姫の願いを必ず叶えよう。必ずや、そなたが望む未来を作ることを」
国王として、そして国を愛する一人の人間として告げられた言葉に、マナは嬉しさのあまり涙目になりながらも頷く。
その横でエレンが優しく微笑み、マナの手を取る。初めて会った時のように、壊れ物に触れるように優しく。
「では、僕も誓いましょう。マナ、これからもあなたを守り、愛し続けることを」
「……はい。不束者ですが、よろしくお願いします」
互いに誓いを交わし合いながら、三人はくすくすと笑い合う。
それを終始見守っていた精霊王は、嬉しさを表すように「にゃあ」と一声鳴くのだった。
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