第28話 犯人捜しと捜索

「――では、フォーリアス辺境伯領に呪いがかけられたのは確かなのですね?」

「は、はい……っ」


 エレン専用の執務室で、超特急で戻ってきたガイルは溶けたようにソファに座っていた。

 かなり大急ぎで戻ったせいなのか、汗が染み込んだマントを脱いで、服もだらしなく着崩しているが、それを誰も咎める者はいなかった。


 いくら馬鹿魔力のガイルとはいえ、他に呪いがないか調べるために丸二日領地全体を見て回り、そのまま一日で王城に戻ってきた彼の疲労は計り知れない。

 メイドから黄玉檸檬トパーズレモンで作った特製ジュースを用意させると、ガイルはそれを一気に飲み干した。


 水晶苺クリスタルベリーの次に魔力・体力回復に適した黄玉檸檬トパーズレモンと、ジャクソンの領地で採れた蜂蜜、そして聖水を入れて作ったそれは、ガイルの喉を潤す。

 檸檬の酸味と蜂蜜の甘味が口の中を支配し、じわじわと体の中へ溶け込んでいく。


「はぁっ……それで、えーっと……フォーリアス辺境伯はこのことは知らなかったみたいッス。呪いも最初に見付けた噴水以外にはありませんでした」

「呪いは【闇】属性の本分。今の王城でそれをする者はいるが……」


 そこまで言って、ジャクソンは言葉を濁す。

 確かに【闇】属性は呪いや影などを操る魔法を使う。しかし呪いは術者の死後も、血縁者の魔力に反応して発動することもある。

 ガイルが見つけたのは、その類の呪いであった。


 それを王城で使える者を絞ろうにも、ここには国王によってその実力を認められた魔術師が多く登城している。

 そんなもの、広大な砂漠の中から塩の粒のような砂金を見つけるようなものだ。


(【闇】は僕を含めて、この王城には少なくとも二〇人いる。その中で犯人を見つけるなんて……)


 確実に無駄な時間がかかる作業だと思い、エレンが歯噛みしていると、ガイルは頭を掻きながら言った。


「それなんですけど、この呪いをフォーリアス辺境伯領でかけたってことは、その術者は予言の内容を知っている人なんですよね? なら、その中から探せばいいんじゃないッスか?」


 ガイルの指摘に、エレンもジャクソンも目を丸くした。

 そもそもマナの実母をパルネス家に嫁がせたのは、予言を知る有力貴族による悪事である可能性は十分に高い。

 ならば、その中から【闇】属性の精霊と契約した魔術師を探せばいい。


「…………確かに、そうですね。ガイル、あなたの安直な思考もたまには役に立ちますね」

「ん? それ褒めてる? それとも貶されてる?」

「一応、褒めているぞ。もうしばらく休んでいろ。お前はかなり良い働きをしたからな」

「うっす……」


 いくら精霊界の食物を口にしても、すぐに回復とはいかず、ガイルはソファの上でうつ伏せになるとそのまま寝息を立てる。

 息は苦しくないのかと不安に思いながらも、エレンとジャクソンは予言を聞ける貴族もとい魔術師を探す。

 念には念を入れ、すでに他界した者もリストアップする。


「マナの予言が授けられた年代から考えるに……この辺りですね」

「その中で【闇】属性の魔術師というと……この数名ですね」


 書類の中から、ジャクソンは該当する魔術師の名を羊皮紙に書く。

 一人目は、ユージーン・ヴァルネッサ前公爵。

 二人目は、ヘンリー・リドネス前侯爵。

 そして、三人目はロナルド・サルベール前伯爵。


(サルベール前伯爵……?)


 最後に挙げられた名を見て、エレンはサルベール前伯爵を思い出す。

 会った回数は二回ほどで顔つきや立ち姿はうろ覚えだが、自分に対しあからさまに媚びへつらってきたことと、微笑む時の目が蛇のように恐ろしかったことはよく覚えている。

 彼もジャクソンと同じで代々王家に仕える貴族の一人で、同じように前王妃の予言を聞ける立場にあった。


(すでに病死している彼以外に、他にも該当する者は二人いる。だというのに……)


 何故か、サルベール前伯爵に意識を向けられる。

 だがその思案も、エレンの元に血相を変えて入ってきたティリスとローゼによって打ち消された。


「大変です、エレン様!」

「! どうしたんです?」

「マナ様がっ……マナ様がどこにもいらっしゃいません!」

「なんだと!?」


 二人は天恵姫の贈り物の整理のために少しの間マナから離れており、彼女がいると言った庭園に向かうもそこには誰もいなかった。

 ローゼは顔を青くして言葉を失うも、ティリスがその場に魔力の残滓を感じ、すぐさまエレンに報告するために一緒にこの部屋まで走ってきたらしい。


「それで、その魔力の残滓の属性は?」

「……【地】です。【地】は地面を操るだけではなく、特定の土地への転移を可能とする魔法があります」

「ということは、転移を使ってマナ様を拐かしたということか……っ」


 ティリスの報告を聞いて、ふとエレンはサルベール前伯爵に息子がいたことを思い出す。

 息子は父親と瓜二つのような顔をしており、会うたびに嫌味を飛ばしてくる男だ。

 今は予言を聞ける立場ではないが、将来的には父親と同じ地位にまで昇る可能性があると周囲が噂していた。


(確か彼の息子……ライオル・サルベール伯爵の属性は【地】。父親のロナルド・サルベール前伯爵の属性は【闇】。そしてこのタイミングでのマナの誘拐――)


 もし、これが偶然でなければ?

 予言漏洩も、フォーリアス辺境伯領での大災害も、クレアのパルネス家の嫁入りも、全てサルベール前伯爵によって企てられていたら?

 そして、その企てにパルネス前男爵も絡んでいて、その息子達が今回の騒動を引き起こしたとしたら――――。


「――――っ!!」

「おい、待たないかエレン!!」


 頭の中で浮かんだ推測の信憑性を高めさせたエレンは、壁にかけられていた革鞍を持って一目散に執務室へ出る。

 ジャクソンが制止をかけるも、その声を振り切りウェストパレスの外に出る。

 誰もいない修練場で右手を翳すと、紫と水色の八光の紋章を浮かばせる。


「コール・ディア・エレン――顕れよ、我が精霊・ローウェン!」


 魔力を込められた呪文を唱えると、地面から魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な生物が現れる。

 分厚くも頑丈な黒い鱗で覆われたドラゴン。開かれた目は氷のように透き通った水色。

【闇】と【氷】のダブルエレメンツ持ちのドラゴンの精霊――ローウェンは、主であるエレンを見下ろす。人語は発せないが、目が『なんの用だ?』と言ってきた。


「緊急です。天恵姫が攫われました。彼女の捜索のため、力を貸してください」


 簡潔にまとめたエレンの言葉に、ローウェンは了解とばかりに背を向ける。

 エレンは慣れた手つきでローウェンの背中に革鞍をつけて乗りこむと、翼を羽ばたかせながら上昇し、そのまま飛翔する。

 夏に差し掛かるというのに冷たい風が肌を打つのを感じながら、エレンは手綱を握り締めながら相棒の飛ぶ先を見つめた。

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