第26話 昼の穏やかなひと時

「はぁ……」


 結局、質問は半分しか答えを聞けなかったという中途半端な結果に終わり、あの口づけのせいで中々寝付けなかったマナは、ため息を吐きながらカトラリーを動かしてはやめるを繰り返していた。

 今日の昼食のメインは朝一で獲れたばかりの白身魚を檸檬レモンと香草で焼いたもので、暑さが厳しくなり、食欲を落としがちのこの時期にぴったりのメニューだ。


 しかしあまり食を進ませていないせいで、せっかくの出来立てが冷めてしまった。

 そばにいたローゼが温め直すために皿ごと持って行ってしまい、仕方なくまだ手に付けていない馬鈴薯ジャガイモの冷スープを飲むことにした。

 しっかり裏漉しされた馬鈴薯ジャガイモと、裏漉し前に一緒に炒められた玉葱の味と合わさって、優しい甘みが口の中に広がりながらも喉越しがいいため、するりと喉を通っていった。


「心ここにあらず、ですね。マナ様」

「エドワードさん」


 天恵姫と伴侶が利用できる小食堂の壁際には、ティリスだけでなくエドワードもいる。

 ティリスはマナの専属メイドのためいるのは当然だが、エドワードの場合は護衛のためだ。

 昨日のアイリーンの侵入はそれなりに騒ぎになったらしく、警備が一層厳しくなった。無論、【銅】である実父ガルムが登城した際には他の王宮魔術師達の厳しい監視下に置かれている。


 本当ならエレンも同席しているはずだが、昨日の件のせいで今も執務室に篭りっぱなしだと言われた。

 少し残念に思いながらも、昨夜のことを思い出すとどうしても顔が赤くなるため、同席しなくて安堵したのも事実だ。


「まぁ、仕方ないですよね。昨日の今日ですし」

「それもありますけど……その……」

「……やはり、気になりますか? 例の〝前王殺し〟の件が」


 エドワードの問いに、マナはこくりと頷く。

 あの口づけのせいであやふやになってしまったが、恐らく彼はこのことをどこかで察していたのだろう。

 黙りこくるマナに、エドワードは頭を乱雑に掻きながら言った。


「俺も正直詳しくは知らないですが……前王陛下の喪が明けた矢先、突然その噂が流れたらしいです。内容が内容のため、当時の王宮魔術師や文官達が噂の出所を調べましたが、どれも不明瞭かつあくまで噂話程度ということで、誰かのイタズラとして対処されました。……ですが、王宮というのは相手を蹴落とすための悪意ある話が渦巻いています。天恵姫の伴侶として登城される機会が多かったエレン様は、そういった輩から心許ない言葉を投げかけられていました。もちろんあの人が一〇歳になるまでは、ですが」

「一〇歳……もしかして、精霊召喚の儀ですか?」

「ええ。精霊王と大精霊の次に強いドラゴン、しかもダブルエレメンツ持ちと契約できたエレン様に、それまで好き勝手言っていた連中は一斉に黙りました。当然ですよね、魔法に関しては国王陛下以外誰も敵わないんですから」


 精霊に対して信奉が強いヴィリアン王国は、長年精霊の強さは魔術師の強さと同義とされていた。

 しかし、ローゼやティリスのように契約しているのは鳥の姿をした下位精霊だが、長年魔物退治で鍛えられたおかげで中位精霊に勝つ実力を持っている場合が多く。


 逆にアイリーンのように中位精霊と契約したからといって、魔術師本人が鍛えていなければ、精霊も本来の力を発揮できなくなり、他の魔術師から下に見られる場合がある。

 故に、近年この定義が覆されかけてはいるものの、エレンがドラゴンの精霊と契約できた事実は無視できるものではない。


「そこからは、エレン様は並大抵ではない努力でローウェンとの絆を深め、今の地位にいる。もしこれが他の人だったら、契約できたことで満足しているところです。でも、あの人はそうしなかった。……どうしてか、分かりますか?」

「…………」


 その問いに、マナは答えないまま黙り込んだ。

 エドワードの言いたいことは分かる。たとえ予言によって決められたとはいえ、エレンは自分の伴侶として相応しい男になるために血の滲む努力をした。

 昨夜告げたあの約束も、口づけも全部本心から来るものだと理解していた。


 それでも、やはりまだ怖い。

 裏切られるかもしれない可能性が少しでもある以上、マナはエレンを完全に信頼することも想いを告げることもできない。

 何も言わないマナに、エドワードは苦笑を浮かべながらも跪いて頭を垂れる。


「マナ様、俺の話をすぐに信じろとは言いません。ですが、エレン様のお言葉だけはちゃんと信じてください」

「エドワードさん……」

「確かにエレン様は年の割には中身が頑固ジジィみたいに老成してるし、口を開けば毒ばかり吐くし、任務に失敗すれば年齢も性別も関係なく吹雪を吹かせまくる超絶無愛想野郎ですが……」


 さっきまで良いことを言っていたのに、エレンを貶す言葉が出てきて、マナは思わず口元を引きつらせる。

 だがエドワードは、頭を上げると茶目っ気ある顔で笑った。


「それでも、俺達が忠誠を誓うには相応しい御方だ。だからマナ様……どうか、エレン様を信じて、好きになってください。あなた達二人が幸せになる、それが俺達の望みです」


 エドワードからの本心から出た偽りなき言葉に、マナは思わず息を呑んだ。

 ここまで慕われている伴侶が凄いと思う反面、羨ましいとも思った。


 自分は作り物のような顔をしたエレンしか知らないが、彼らの前で出す素のエレンはきっとエドワードの言ったように『超無愛想野郎』なのかもしれない。

 それでも、たとえ無愛想でも本当のエレンが見られるエドワード達が羨ましく思ってしまうのは自然なことだった。


「…………分かりました。私も、そうなれるよう精一杯努力します」


 少しだけ優柔不断な答えになってしまったが、それでもエドワードは安堵したように表情を緩めた。

 その光景をティリスは微笑ましそうに見ていたが、料理を温め直すために席を外し、ちょうど戻ってきたローゼはきょとんと首を傾げるだけだった。

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