第15話 人形めいた顔と素の顔

「ガイル……あなた、他人様の婚約者に何をしているのですか……?」

「いだだだだだだっ! すいませんすいません! つい癖で妹と接する時と同じようにしてしまいましたぁ!!」

「そうですか。では、もうしばらく罰を受けてください」

「そんなぁー!?」


 メキメキと嫌な音を出すも、エレンはガイルの頭から手を離す様子はない。

 心なしかガイルの足が地面から離れ始めているのを見て、マナは慌ててエレンのマントの裾を引っ張る。


「エ、エレン様! 私は大丈夫ですから、その人を放してください!」

「ですが……」

「あれは少し驚いてしまっただけなんです。本当です。どうかそれ以上はおやめください……!」


 必死に懇願するマナに、エレンはため息を吐きながらガイルの頭を右手から離す。

 突然離され、自由になったガイルは悲鳴を上げながらそのまま尻餅をついた。


「いでっ!」

「今回は許します。ですが、次はありません」

「……はい、すいません」

「もういいです。ところで、僕に何かご用ですか?」

「あ、そうでした!」


 エレンの言葉で用件を思い出したガイルは、マントについた土を払わないまま立ち上がる。


「先ほど、王都・各領地にお住まいの貴族の方々から天恵姫様宛の贈り物が届きました。ただ……」

「ただ?」

「正直、これ女の子相手に贈るのはどうだろうなーって感じなモノもあります……」


 贈り物の内容を思い出したのか苦々しい笑みを浮かべるガイルに、エレンはもう一度ため息を吐いた。

 肝心のマナは自分に贈り物という、ここ十何年も縁がなかったせいで上手く状況が呑み込めていなかった。


「……分かりました。マナ、すみませんがもう少しお付き合いしてもよろしいですか?」

「は、はい。それは構いませんけど……」

「では、行きましょう」


 エレンの指示で温室を後にしたマナは、ガイルと一緒に城内を歩く。

 誰もが頭を下げる間のなくばたばたと動く姿を見て、マナは前を歩くエレンに訊ねる。


「あの……先ほどの贈り物とは、なんでしょうか?」

「文字通りですよ。当代の天恵姫とお近づきになりたいと思った貴族の方々の贈り物という名の賄賂です」

「わ、賄賂……」

「身の蓋もない言い方ですねー。あ、でも純粋にお祝いの品もあるので安心してください。ただ警備の都合上、中身を改めてもらいましたけど」


 確かに、王宮に入れる贈り物がどれも善意であるはずがない。

 中には王族の誰かを害するような品々を贈られる可能性があるため、王宮に届いた贈り物は全て王宮内の一室で広げて検分するのが暗黙の了解になっている。


「あ、この部屋です! 今開けます」


 ガイルが小走りで一室の扉を開ける。

 エレンに続いて入室すると、マナは目の前にある贈り物を見て、「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、肩にいたイーリスは「まぁ……」となんとも言えない表情をした。


 両壁に真っ白なテーブルクロスが敷かれた長机の間にあったのは、藁の敷物の上に置かれた大量の毛皮。

 チョコレートより明るめの茶色い毛並みをしていることは分かるが、原形に近い状態で剥がれているせいで、とてもグロテスクな見た目をしている。

 これにはガイルも苦笑いし、エレンは頭痛を堪えるように額に手を当てた。


「これは……ライトブラウンイタチの毛皮ですね。というか、これ何頭分あるんですか!?」

「えー……ざっと数えたところ、二〇〇頭分ですね。今年は結構の数が繁殖したので、猟師総出で狩った結果こうなったとのことです。あ、一応生態系を壊さない程度に捕ったらしいのでご安心を!」

「そんな心配はしていません! そもそも毛皮のまま贈りつけるなんて……せめてコートにしてから贈ればいいものの……っ。この大雑把な贈り方を見るに、贈り主はドロウズ伯爵ですか?」

「そうです! あそこの領地は家畜を含む動物が暮らすのに適していますから。あ、もちろんドロウズ伯爵領名産の肉類もありますよ! そっちは傷む前に厨房にお渡ししました」

「はぁ……事情は分かりました。とりあえず、この毛皮は全部仕立て屋に押し付けて、彼女に似合う上等なコートに仕立てるよう言いなさい」

「分かりました!」


 ガイルが廊下にいた衛兵を呼ぶと、どこからかいくつもの木箱を持ってきて、衛兵達が顔を顰めながらも次々と毛皮を入れていく。

 大量の毛皮が入った木箱が運ばれていく横で、衝撃的な光景を見て未だ心臓がうるさく鳴らしているマナに、エレンは肩をそっと支えながら言った。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……少し驚きましたが……こんな贈り物があるのですね」

「あれは例外です。他のはまだまともなのでゆっくり見てください」


 さすがのエレンも毛皮二〇〇頭分をそのまま贈られた時の衝撃が残っているのか、疲れながらも若干苛立った顔をしながら他の贈り物を見る。

 マナと話す時はまるで人形のように作り物めいた表情をしていたが、こういう人間らしい表情を見せると彼も年相応な反応をするのだと知り、少しだけ安堵した。


 それからエレンと一緒に贈り物を見ることになった。

 贈り物はアクセサリーから食べ物まで幅広く、きめ細かい泡が立つ林檎酒や甘い匂い放つ艶やかな林檎の山、見たことのない異国の香辛料、ルビーやサファイアなどの大粒の宝石をあしらった黄金のアクセサリー、さらには王都で流行しているドレスや靴など様々だ。

 正直食べ物の方はありがたいが、アクセサリーやドレスは自室にある分だけで充分だ。しかしせっかく贈ってくれたこともあり、なるべく使うよう誓った。


 フリルが可愛らしい真っ白な日傘を見ていると、いつの間にか廊下に出ていたエレンはガイルに何かを言い渡していた。

 本人はたまに頷いており、やがてにっと笑いながら敬礼する。


「了解しました。では、今すぐ向かいます」

「ええ、お願いします。あなたの実力なら頼めます。くれぐれもフォーリアス辺境伯に失礼のないように」

「はい!」


 フォーリアス辺境伯の名が出てきた途端、マナは耳をぴくりと震わす。


(フォーリアス辺境伯って、お母様の実家よね……? どうしてそこにガイルさんを……あ、もしかして私のことを伝えに?)


 いくら貴族とはいえ、フォーリアス辺境伯領は王都から馬車で一週間ほどかかる。

 マナが天恵姫である御布令おふれが、かの領地まで届いていない可能性があってもおかしくはない。

 ガイルが小走りで走り去るのを見ていると、エレンはこちらを見て手を差し伸べる。


「では、そろそろ昼食にしましょう。食堂まで一緒に行きましょう」

「はい」


 エスコートをするエレンの顔は、さっきの年相応の顔から元の人形めいた顔に戻っている。

 天恵姫の伴侶として、色んなことに不慣れなマナを気遣っていると分かっていても、今までこの顔で自分に接していたという事実に少し寂しい気持ちになった。

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