第14話 温室は宝の山
エレンに案内されたのは、ノースパレスとイーストパレスの間にある区画だ。
各パレスの間にある区画は、庭園や魔法騎士の訓練場があり、王宮で行儀見習いをする令嬢達が毎日その庭園でお茶会を開くことがある。
ちなみに行儀見習いとは、貴族令嬢が花嫁修業の一環や縁談前の箔付け、さらにメイドとして働く下準備のために設けられた制度だと、エレンは教えてくれた。
「さあ、着きましたよ。我が王宮自慢の温室です」
「わぁ……!」
案内された温室は、敷地の半分をガラス製の鳥籠に覆われたような形をしていた。
中に入ると宝石のように輝く果物がいくつも実っており、ほのかに甘い香りが漂っている。
その時、マナの頭上をふわふわと飛ぶ蝶がいて、思わず顔を上げるとその姿に目を丸くする。
ガラスの鳥籠の中にいる蝶は、まるで金細工で作ったような外見をしており、羽も水晶みたいに透き通っている。
現実離れした芸術品のような蝶が何十羽と飛んでいて、絵本のような光景に驚いて固まってしまう。
直後、蝶達はピタリと動きを止めたかと思うと、そのままマナに目掛けて集まってきた。
「わぷっ……! エ、エレン様ぁ……!」
「なっ……離れなさい! こらっ!」
突然蝶達に群がられて目を回すマナに、エレンは手で追い払うも蝶達は後ろに引くだけですぐに戻ってくる。
しかも徐々に数を増えていくのを見て、イーリスはため息を吐きながら一言。
「――散りなさい」
猫の姿から出たとは思えないほどの威厳のある声に、蝶達は蜘蛛の子を散らすようにマナから離れる。
蝶に群がられ、せっかく整えられた髪がぼさぼさになった彼女を見て、エレンは手櫛で軽く直す。
「すみません。まさかいきなり集まってくるなんて思いませんでした。やはり、天恵姫と精霊王の影響かもしれませんね」
「あの……この蝶達は一体なんですか?」
「あの蝶は
「精霊ですか? ということは、あの子達にも契約した魔術師がいるのですね」
「いいえ。
「え? そうなのですか?」
マナの中では精霊とは、常に魔術師のそばにいる存在。
その常識が覆されたことに驚いていると、イーリスが近くを飛んでいる
「この子達は、他の精霊と違って力は弱いけれど、精霊界の食物を育てる役目を背負っているの。人間界で食物を育てるために私が寄越したのよ」
「精霊界の食物って……もしかして、ここにある果物が?」
「はい。精霊達は基本的に精霊界で生る果物が好物です。もちろん人間界で過ごしていく内に肉や魚などを好む個体もいますが」
そういえば、アイリーンが契約した精霊も、王宮御用達の高級クッキーをバリバリ食べていたところを見たことがある。
あれも人間界にいる内に生まれた好みなのだろう。
「精霊界の食物の中には、あなたが口にした
「あ、本当ですね。改めて見ると綺麗な苺です」
エレンが近くの花壇に近付くと、そこにはキラキラと輝く
太陽の光を浴びてさらに輝くそれを見て、イーリスはマナの肩から飛び降り、花壇の前に着地する。
「綺麗なのは当然よ。
「そうなのですか?」
「ええ。本来なら人間界で育てる予定はなかったらしいですが、
猫の姿になっているイーリスが、肉球のある前肢で器用に
そのまま羽休みしている
「そんな事情が……じゃあ、他のも頼み込んで手に入れたのですね」
「そうですよ。まだ熟していませんが、
エレンに案内されると、確かに宝石のような果物がたくさん実っていた。
そこでは庭師達が丁寧な手つきで収穫しており、籠の中に入っていてもその輝きは強く放っていてとても眩しい。
「ここの果物は収穫したらどうするのですか?」
「王族や王宮魔術師が契約している精霊に与えられます。もちろん貴族の方々にも融通しています。有料で」
「お、お金を取っているんですか!?」
「当然です。精霊界の食物にも限度はありますから。毎月一定の量を提供する代わりに、こちらが指定した金額を管理課で支払って貰うシステムになっています」
たまにガルムが執務室で「まったく、ただの果物のくせに何故こんなにも高いんだ……」とぶつぶつ文句を言っていたが、その時口にしていた『果物』とはきっとこの温室で育てている精霊界の食物のことだったのだろう。
しかし、この果物は精霊にとって大切な食べ物だ。ならば多少高くても、これらがちゃんと育つためにお金を支払うのは仕方ないのかもしれない。
「あの、ここにある果物は私達も食べられるのですか?」
「食べられますよ。ですが、
魔力中毒とは、魔法で生み出した水などを過剰摂取すると起こる現象で、個人差はあるが重い腹痛や頭痛などを発症する。
この果物も元は精霊が口にするのが前提なので、人間が食べると高確率で魔力中毒が起きてしまう。そのため、特殊な技術で余分な魔力を吸い出してから提供されているらしい。
「……さて、そろそろ温室から出ましょうか。そろそろお昼時ですし」
「そうですね。エレン様、案内してくださってありがとうございます」
「いえ。楽しめたならなによりです」
二人が温室に出ようとすると、イーリスはジャンプしてマナの肩に乗る。
そのまま温室を出た直後、王宮から誰かが走ってきたのが見えた。
「あー! いたいた! エ――レ――ン――さ――ま――!!」
「…………………ガイル」
エレンの名を呼びながらこちらに向かって走っているのは、【銀】の王宮魔術師の証である銀刺繍が施されたマントを着た青年。
癖のある金茶色の髪は走っている振動でぴょんぴょんと跳ね、同色の瞳は爛々と輝いている。まるで犬のような人だ。
そんな彼がマナとエレンの前に辿り着く直前で……転んだ。それも派手に。つるんって。
「ふぎゃっ!?」
顔面から直接倒れ、そのまま地面の上でうつ伏せになる。
痛みで全身を震わせる彼を見て、マナは慌てて近寄りその場にしゃがみ込む。
しゃがんだせいでドレスが土で汚れてしまったが、今まで庭の掃除や草むしりで土で汚れることがあったため、さほど気にしていなかった。
「だ、大丈夫ですか? 立てますか?」
「あいてて……はい、大丈夫で――って、天恵姫様! 駄目ですよ地面に膝つけちゃ! ほら、天恵姫様も立って立って!」
「え、あの、きゃっ!」
だけどガイルと呼ばれた青年は、マナの顔を見て慌てて上半身を起き上がらせると、そのまま両脇に手を突っ込んで無理矢理持ち上げ立たせる。
まるで転んだ小さい子供を抱き起す仕草に、マナは驚いて小さな悲鳴を上げる。
それを見たエレンのこめかみがぴきりと嫌な音を立てるが、当の本人はマナのドレスについた土をぱんぱんと払っていた。
「ふぅ……よし、ドレスは一応綺麗になりましたね」
「あ、あの……」
「ああ、申し遅れました。俺の名前はガイル・ウィズリー。一応【銀】の王宮魔術師で、エレン様の部下です! 以後お見知りおきを!」
未だ困惑するマナを前に、右手に胸を当ててお辞儀をするガイル。
それを見てマナもカーテシーを披露しようとした直後、右横から伸びてきた腕が、そのままガイルの頭をわし掴んだ。
その腕の持ち主は――エレンだ。
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