第13話 王宮探索

 ハプニングがあったが無事に食事を終えたマナは、エレンと入れ替わるように入室したティリスとローゼによってドレスに着替えさせられた。

 ウオークインクローゼットの中から選ばれたのは、春と夏の中間である今の時期にぴったりな若草色のドレス。

 だけど肩が見えるデザインをしていると知ると、露出に慣れていないマナは別のドレスに変えてもらうとしたが、二人に押し切られる形でそのまま袖を通した。


 軽く化粧もされ、二つに結んだ髪に黄緑色の薔薇と真珠の髪飾りをつけられたマナは、猫の姿になったイーリスを肩に乗せた後、ローゼに扉を開けてもらいながら廊下で待っていたエレンに声をかける。

 規則のため彼の恰好は【黄金】の王宮魔術師の証である、金刺繍が施された重厚感たっぷりの黒いマント姿だが、もし彼が着飾ったらきっと他の令嬢も無視できないほど美しい姿になるだろうと、他人事のように思った。


「お待たせしました」

「では、行きましょうか」


 お披露目の時のようにエスコートされ、マナは緊張しながらエレンの隣を歩く。

 通りすがりのメイドや給仕が頭を下げるのを横目に、エレンはいつもの口調で説明する。


「あなたも知っているでしょうが、この城はノースパレス。客間の他に王族やあなた、それに一部の【黄金】と【銀】、専属の使用人達の居城となっています」

「【黄金】……ということは、エレン様も?」

「ええ。僕もノースパレスに自室があります。まぁ……結婚するまでは、ですが」

「え? …………あ」


 そうだ。貴族でも平民でも、婚約者同士とはいえ一緒の寝室で眠ることはありえない。

 それが許されるのは結婚後。つまり、エレンが言いたいことは『そういう意味』だと気付き、頬を紅潮させた。


「もちろん今回のような非常時の際にはあなたの部屋に出入りすることはありますが、それ以外の時はあまりあなたの部屋に行かないようにします。王宮とはいえ、天恵姫に興味のある方は多いですので」

「は……はい……」

「さて、案内を続けましょう」


 それからエレンはウェストパレスにはどんな部署があるのか教えてくれて、それに質問しながら答えていくというのを繰り返していくと、サウスパレスに辿り着く。

 サウスパレスは王宮の玄関口のため、ちょうど王宮魔術師や貴族がぞろぞろと王宮に登城する時間帯だった。


 その時、見慣れたガルムの姿が見えて、マナは反射的にびくりと体を震わせる。

 しかし本人はマナ達の存在に気づいていないどころか、やや俯きがちで歩いており、足取りもどこか重々しい。

 普段と違うその様子を不審に思っていると、近くにいた貴族達がひそひそと話す声が聞こえてきた。


「見ろ、パルネス男爵だ」

「なんて愚かな真似をしたんだろうな。天恵姫の虐待を放置なんて。それで褒賞などを奪われてなお、いつも通り登城するとは。厚顔無恥とはまさにこのことだ」

「それに後妻は平民で後ろ盾はないし、もう一人の娘の嫁ぎ先は噂のせいでなかなか決まらないようだ。パルネス家の没落も最早秒読みだな」


 楽しそうに笑いながら話す貴族達の後ろ姿を見送ったマナは、自然と隣にいたエレンの方を見た。

 彼は複雑そうな顔をしながらも、しっかりと答えてくれた。


「今朝も話しましたが……あなたの虐待の件を咎められたパルネス家は、無罪放免を条件に褒賞を放棄しました。ですがその件が悪意ある噂となって国中に流れてしまいました」

「どんな噂ですか……?」

「そうですね……『パルネス夫人は元平民で、天恵姫の虐待を率先して行った』とか『幼い天恵姫の心を傷つけた罰として、パルネス男爵は出世を望めなくなった』とか、それと『義妹のアイリーンは外面がいいだけで、性根は果てしなく腐っている』なんてものはありますね。まぁ全部事実なんですが」

「そ、それは……」


 貴族の噂というのは、ほとんどが誰かの悪意によって作られる。

 だが自分に関した噂は、どれも明瞭な内容ではないものの間違ってはいなかった。

 あまりにも的確すぎる内容に、流石のエレンも不審に思ったようだ。


「僕も気になって出所を調べたのですが……どうやら以前あの家に解雇させられた使用人達が、今回の一件でこの噂を流したようです」

「ど、どうしてそんなことを?」

「理由を尋ねたら、みなさん口を揃えて言いました。『これまで守れなかったマナお嬢様へのせめてもの贖罪と、これまでの復讐だ』と」

「贖罪と、復讐……」


 使用人達の理由に、マナは自然と納得した。

 確かに、両親もアイリーンも使用人扱いが荒かったし、気に入らないことがあるとマナの代わりに叩いたり、罵声を飛ばしていた。


 中には理不尽な命令に従わなかったという理由で給金の額を下げられ、仕送りができず病に伏していた父が亡くなったと泣いたメイドもいた。

 どうやらパルネス家は、マナが思っていた以上に色んな人間から恨みを買っていたのだと改めて思い知らされた。


「……朝からとんでもないものを見せてしまいましたね。すみません、僕の不手際です」

「いえ、そんな……これはただの偶然です。エレン様のせいではありません」


 ガルムを含むパルネス家の現状を知ってしまい、二人の間に沈黙が下りる。

 それを見かねたイーリスが、尻尾をくゆらせながら言った。


「……ねえ、さっきから気になっていたのだけど。どこからか精霊界と同じ匂いがするわ」

「精霊界の……?」

「さすが精霊王。この広い王宮の中でも分かるのですね」

「当然よ」


 エレンの感心した言葉にイーリスが胸を張っている横で、マナは首を傾げることしかできなかった。


(精霊界って、イーリス達が暮らす世界のことよね? その精霊界の匂いって、何……?)


 というより、精霊界の匂いとはどんなものなのだろうか。

 頭の中で匂いを想像していると、エレンはそっとマナの肩を抱く。

 その手つきがどこか自然で、思わず目をぱちくりさせる。


「では、次はそこに行きましょう。あそこならきっと楽しめるはずです」

「楽しめる?」


 一体どんな風に楽しめるというのだろうか。

 未だ困惑するマナをエスコートしながら、エレンはサウスパレスを後にした。

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