第7話 美味しいものは美味しい
お風呂から上がり、ふわふわなバスタオルで丁寧に拭かれた後、マナは全裸のままベッドの上に寝転ばされると、マッサージされながらボディーオイルを全身に塗られた。
使われたボディーオイルは数種類のハーブで作られた精油が入っており、緊張で固まった心身を自然と綻ばせ、気持ちを落ち着かせてくれた。
マッサージの後、下着やコルセットを身につけられ、そのまま髪を整えられた。
伸びた前髪に鋏を入れて、ちょきちょきと切られていくと、視界が開けたような気分になった。
毛先も軽く整えられた後は、香油をつけられ、そのままブラシで梳かれる。そのおかげで、痛んでごわついた髪は見違えるほどの艶を取り戻した。
お風呂に入ったおかげで白かった顔にほんのり薔薇色に染まっていて、血色がよくなった隙を見逃さずそのまま化粧を施される。
顔にたっぷり化粧水や乳液クリームを塗られ、顔全体にはファンデーション、唇には淡いピンクの口紅を塗られる。
そして、今日のために用意された成人祝い用のドレスは、息を呑むほどの美しさだった。
色は一点の汚れのない純白。ヴェールを重ねて膨らみを持たせており、表面が薄らと淡く輝くやや透け感のある生地だ。
下に履いたパニエはふわふわで、少しだけ裾を持ち上げて見ると花びらのように揺れた。
胸元には白薔薇や金のレースがふんだんに使われ、縁取りに金の刺繍のレースがあしらわれていて、まるで自分が自分じゃないように見えた。
同色の靴は鞣した革のおかげで履き心地が良く、ヒールも低めになっていて、サイズもぴったりだ。
「これが……私……?」
「もちろんです。とてもお美しいですよ」
「最後にこちらをお付けしましょうね」
思わず零したマナの呟きを、ティリスは微笑みながら答える。
その横でローゼがアクセサリーを乗せたクッション付きのトレーを持ってきた。
用意されたアクセサリーは、真珠が六連に連なった金のレースチョーカー。そして同じく真珠がちりばめた金の薔薇の髪飾りだ。
「……その装飾品に使われている宝石って真珠なのね」
「え? あ、そっか……」
だけど、そのアクセサリーを見てティリスとローゼは顔色を変える。
恐らく、実家が用意したアクセサリーも真珠だったことを気にしているのだろう。
新しい物を用意しそうな二人を見て、マナは制止をかけた。
「大丈夫ですよ、お二人とも。それはそのまま使います」
「ですが……」
「もう時間がないですし……それに、真珠は宝石の中で一番好きなんです。これは本当です」
事実、ルビーやサファイアなど輝きが強い宝石を好んだ継母やアイリーンと違い、マナは淡い輝きを持つ真珠が好んだ。
貴族社会では真珠は良い意味では清楚、悪い意味では地味と言われがちだが、むしろ派手な石の中に埋もれながらも決して存在感を忘れない真珠は、他の宝石と比べてより美しく見えた。
マナの言葉が本心だと察した二人は、互いの顔を見つめ合うと小さく頷く。
「じゃあ、これはこのまま使おっか」
「そうだね。それによくよく考えたら、マナ様にとても似合いますもの」
途中で砕けた口調で話しながらも、いそいそとアクセサリーをつけられ、ようやく身支度が終わる。
先ほどの地味で暗い姿とは打って変わって、華やかでありながら清楚な姿になったマナを見て、ティリスとローゼはほうっとうっとりした息を漏らした。
「なんて素敵なの……! 私、専属メイドになれてよかったよ、ティリス!」
「本当ね、ローゼ! 天恵姫の専属メイドって、結構競争率が高かったから、選ばれるように頑張った甲斐があったわ!」
互いに手を取り合いながら喜びを分かち合う二人に、マナの目には微笑ましく映り思わず小さく笑ってしまう。
その顔を見て二人は動きを止めると、慌てて姿勢を直した。
「「も、申し訳ありません!」」
「いえ、いいんです。お二人が嬉しそうでなによりです」
もう一度小さく笑うと、ティリスとローゼは顔を赤くしながら縮こまる。
だけど、それもすぐに笑顔になり、三人はくすくすと笑い合う。
その時、ちょうど扉がノックされた。
「すみません、そろそろよろしいでしょうか」
「エレン様! はい、身支度は終わりました。どうぞ入ってください」
ノックの相手はエレンで、ローゼの許可を得て入室する。
部屋に入った途端、目の前に立つ着飾ったマナを見て、緑色の目を大きく見開いた。
「あ、あの……エレン様? どうかしましたか……?」
「えっ……ああ、いいえ。あまりにも美しくて、思わず言葉を失ってしまいました。とても綺麗ですよ、マナ」
「あ……ありがとう、ございます……っ」
エレンに目元を赤く染めながら微笑まれ、マナは反射的に俯いてしまう。
髪に隠れた顔が赤く染まっているのを見て、ティリスとローゼはアイコンタクを送り合うと、そのまま自然と二人の間に入った。
「ところでエレン様、そちらはお飲み物ですか?」
「……ああ、そうでした。マナ、こちらを」
ティリスに指摘され、エレンは持っていた杯を渡す。
銀細工が施されたガラス製の杯の中には虹色に輝く水晶のような苺が入っていて、水も角度によってキラキラと輝いていた。
「これは……?」
「
「そうなんですね……! えっと、これはどうやって飲めば……?」
「大丈夫ですよ。
どうやって飲めばいいのかわからず戸惑っていると、ローゼが横から助言をくれた。
その言葉を信じて一口飲むと、マナの喉の中を冷たくも甘い水が流れていく。
砂糖のように甘くも優しいくちどけで、ほのかな酸味もあり、今まで口にしたことのない味に夢中になって、気づけばそのまま一気に飲み干してしまった。
「全部飲みましたね。……美味しかったですか?」
「は、はい……とても……」
「それはよかった」
一気に飲んで羞恥で顔を赤くするも、三人とも微笑ましそうにマナを見つめる。
その視線がひどく生暖かく、さらに顔を赤くする。
おずおずと空の杯をローゼに渡すと、そっと手を差し伸べられた。
「では、そろそろお披露目に参りましょう。お手をどうぞ」
「……はい」
馬車の中で触れた手を取ると、エレンはマナの腕を自分の腕に絡ませる。
あまりにも自然と絡まれたので、マナは驚きながらもぎゅっと抱き着く。
「「いってらっしゃいませ、マナ様、エレン様」」
カーテシーを披露しながら見送るティリスとローゼの声を聞きながら、二人は部屋を静かに出て行った。
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