第5話 難しい話はついていくのがやっとです
フェルリエード城。
ヴィリアン王国王都フェルリエードの名を冠した王城は、結界の役割を果たす巨大な水晶が城壁の間に差し込まれている。
一点の汚れのない白い壁に、繊細な細工をした銀の装飾が施されたロイヤルブルーの屋根が特徴的で、たまに屋敷の窓から遠目で見て、あそこに行く機会などないのだろうと思っていた。
しかし今、マナはエレンにエスコートされ、その王城に足を踏み入れている。
屋敷で見た調度品より高価なものばかり飾られており、柱や壁には傷どころか汚れひとつない。
黒いメイド服と白いエプロンをつけたメイドや燕尾服を着た給仕が、エレンを見て頭を下げるのを横目にとある部屋まで案内される。
その部屋は、謁見の間。国王にお目通りするためだけの、しかし最も警備が厚い部屋。
ベージュを基調とした壁とピカピカの大理石の床がある広々とした部屋は、実家の食堂の居間の倍の広さを有しており、天井もマナの身長の倍の高さがある。
中央には真紅の絨毯が敷かれていて、そのまま中央奥の玉座にまで続いている。玉座の傍には宰相らしき初老の男性がおり、何も言わずじっとその場に立っていた。
部屋の中には魔法騎士や【黄金】と【銀】の王宮魔術師が数人、さらに文官や貴族のお偉方が両端に立っている。
入室したエレンとマナを見て、誰もがじっと品定めするように視線を向ける。
その視線を受けて、今の自分は父が用意したお粗末なドレス姿であることを思い出し、羞恥で全身を震わせながら縮こまる。
「……大丈夫。ここにいる方々は、事前にあなたの境遇についてある程度聞いている者達ばかりです。国王陛下もそのことはすでに了承済みですし、何より見た目で人を判断しない正しい目の持ち主だ。緊張はしてもいいですが、そこまで縮こまらないでください」
「はい……ありがとうございます、エレン様」
エレンに宥められ、猫背になりかけていた背を直すと、彼は安心したような顔をして微笑む。
その顔を見て、お偉方――特に王宮魔術師集団はひそひそと話していた。
「おい……見たか? あのエレン様が微笑んだぞ!」
「ああ、見た見た。いつもは口調も態度もブリザードの鬼畜野郎なのに! パーティーで声かけてくる令嬢達にも見せたことないぞあの顔!」
「さすが天恵姫……『生きた氷像』と呼ばれたエレン様の表情筋を緩ませるとは……」
「ガイル、エドワード、ジャクソン、聞こえていますよ。上司を侮辱した罰として、あなた方には長期の魔物討伐任務を与えますね」
「げぇっ! 聞こえてた!?」
「ってかその任務、例の最北端の地方に出たヤツだろ!? 俺今新婚ほやほやなんですよ! そんなに家を空けたら奥さんに愛想尽かされちゃいますって!!」
「長期だけは、長期だけは勘弁してください! 私それのせいで前の妻が家を出たんですからぁ!?」
エレンの口から出された罰を聞いて、三人の【銀】の王宮魔術師達は顔を青くする。
三人とも年齢も髪の色も違うが、エレンとそれなりに付き合いが長いらしく、軽口とまではいかないがそれなりに砕けた口調で話している。
彼らの会話を聞いていた周囲は、あまりの面白さにくすくすと笑う。
マナも厳かな場とは正反対の空気が流れたのを感じ、エレンに必死に頭を下げる三人を見て小さく笑った。
固かった空気が綻んだのを見計らったかのように、宰相が静かな声で告げる。
「国王陛下のおなりです」
その一言で、全員が一斉に頭を下げる。
マナもエレンに釣られるように慌てて頭を下げると、サクサクと絨毯を踏む音と玉座が軋む音が聞こえてきた。
「―――よい。面を上げよ」
透明感のある優しい声に、誰もが同じタイミングで顔を上げる。
豪奢な玉座に座ったのは、現国王クリストファー・セルブス・ヴィリアン。
絹糸のようなさらさらした金髪と宝石と見紛うばかりの碧眼、そして精悍ながらも線の細い顔立ちは、まさに絵本で見た白馬の王子様そのものだ。
御年二七を迎えた国王は、前王の容姿をそのまま受け継いでおり、九年前に王宮のしきたりに則り母親と同じ予言魔法使いの王妃を迎えた。
五歳の王子と二歳の王女を持つ二児の父親になった今も、王国の命運を背負った者として君臨している。
「ようこそ我が城へ、当代天恵姫よ。無事そなたを迎え入れられて心から安堵している」
「も、勿体なきお言葉でございます」
「……だが、今こうしてそなたを目にして、もっと早く城に迎えた方がよかったと後悔している。むしろ、よく生き延びてくれたな」
クリストファーの目に映るのは、身に合わないドレスを着たマナ。
彼もエレンと同じように彼女の全身を見て、パルネス家で辛い日々を送っていたのが想像できてしまった。
監視から毎日聞かされていた報告ですでに知っていたが、状態はそれ以上に深刻なものだ。
「エレン、王宮魔術師としてのお前の意見を聞きたい。……彼女は、精霊王との本契約ができるのか?」
「お言葉に甘えて言いますが……正直、このままでは厳しいですね。僕の見立てではありますが、彼女の魔力量は20があるか分かりません」
エレンの推測に誰もがざわめき、困惑した表情を浮かべる。
その中で話が理解できず首を傾げるマナに、エレンは落ち着いた口調で話す。
「マナ。この大陸で暮らす者は誰もが魔力を宿しています。それはご存知ですよね?」
「は、はい」
「ですが、その魔力の量は個人によって千差万別です。これまでの研究を元に、我々はその魔力を数値化させる道具を作りました。それによって、自分の魔力量が分かるようになりました」
その道具で魔力測定器と呼ばれる水晶玉があり、それさえあれば魔力量と契約した精霊の属性が分かるらしい。
「魔力測定器が完成したことで、相手の魔力を測ることができます。今の段階で分かっていることは、天恵姫として必要な魔力量は20より上なのです」
「つまり……私の魔力は、魔術師として認められない数値ってことですか?」
「より正確に言うなら、精霊王の仮契約すら保てるかどうか怪しい数値です」
魔力量の目安についてより詳しく説明すると、0~9は一般人、10~39は見習い及び下級魔術師、40~69は中級魔術師、70~99は上級魔術師、そして100以上は最高魔術師だ。
歴代の天恵姫のほとんどが魔力量100以上で、今のマナの魔力はその倍を下回っている。むしろ今の彼女の数値は、第一王子とほぼ同じだ。
「も、申し訳ありません……っ。こんなに低いなんて、私全然知らなくて……!」
「……いえ、この数値はあなたのこれまでの境遇では仕方がありません。しかも魔力測定器すら触れていないのなら、自分の魔力量すらを知らなくて当然です」
青ざめて謝罪するマナに、エレンは首を横に振って否定する。
魔力は心身と直結しているため、質のいい睡眠と食事を摂取することで徐々に増える傾向がある。
しかし、長年まともな食事と睡眠を摂れなかったマナにとって、この数値は当然の結果だ。
「ですので、多少強引ではありますが、あなたの魔力量を一時的に増やします」
「ふ、増やす……?」
「ええ。とりあえず、精霊王の本契約できるくらいの量があれば今はそれで十分なはずです」
「……そうか。ならばエレン、今すぐ
「かしこまりました、すぐにご用意いたします」
「その間、天恵姫は成人式後のお披露目のための準備をする」
「準備……?」
クリストファーの言葉に首を傾げるも、彼は無言のままマナに向けてにっこりと笑う。
その笑顔にマナがきょとんとする横で、エレンがむっとしながら睨みつける。
「では諸君、また後ほど」
それだけ告げると、クリストファーは玉座から立ち上がるとマントを翻しながら去っていく。
堂々とした立ち振る舞いに圧倒されながらも、誰もが深々と頭を下げて国王を見送るのだった。
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