第3話 王宮魔術師は意外と腹黒い

 前王妃シャルロット・ヴァン・ヴィリアン。

 前王ハインリヒ・ドルス・ヴィリアンの妃であり、現王クリストファー・セルブス・ヴィリアンの母君。

 ヴィリアン王国の王宮では、国王の伴侶となる妃は必ず【光】属性の者しか使えない予言魔法の使い手というしきたりがあり、それに則って選ばれた前王妃の予言は百発百中。一度も外れたことはない。


 王妃の予言と国王の手腕によって平和と調和を保っているヴィリアン王国にとって、王妃の予言は貴族平民問わず絶対に従わなければならない。

 たとえそれが、マナには一割も理解できない予言モノだったとしても。


「え…………え? あの、仰っている意味が……」

「天恵姫、だと……!? 馬鹿な、その出来損ないが!?」


 困惑するマナの目の前で、父が激しく狼狽える。

 堂々と出来損ない宣言をした父に、エレンが目尻をピクリと動かすも、生憎その反応に気付く者はいなかった。

 冷や汗を流す父の横で元平民の継母は首を傾げているも、アイリーンは家庭教師から習った内容を思い出すように言った。


「えっと……天恵姫って、確か生まれながら精霊王に愛されている特別な存在、だったっけ……?」

「ええ、そうです。精霊王は全てのエレメンツを司る精霊達の母。そして天恵姫は、その精霊王の契約者として選ばれた少女のことを指します」


 アイリーンのあやふやな答えを補足するように、エレンがはっきりとした口調で教える。

 精霊には属性があり、【火】【水】【地】【風】【氷】【雷】【光】【闇】の八つである。

 魔術師は契約した精霊の属性の魔法のみ行使でき、中にはダブルエレメンツという属性が二つ持っている精霊もいるらしいが、マナはお目にかかったことはない。


「天恵姫は生まれてすぐ、精霊王によって仮契約を結ばれます。そのため、通常の精霊召喚の儀では、すでに精霊王と繋がりを持った天恵姫がどれだけ呼びかけても、他の精霊は応じることができなくなります」


 その言葉にマナはひゅっと息を呑んだ。

 一〇歳の時、精霊と契約するべく召喚の儀に参加した自分は、あの時何度も呼びかけても精霊が一体も現れなかった。

 涙を流しながら呼びかける自分の姿を、父は分かりやすいほど落胆し、継母は面白おかしく見つめ、そしてアイリーンはくすくすと嗤っていたことを思い出し、古傷がずきりと痛んだ。


「それに加え、精霊王の力は強大すぎる。いくら仮契約されていたとしても、天恵姫の心身が未成熟のままでは本契約できないまま死に至ってしまいます。そのため天恵姫は本契約できるまでその心身を育てなければなりません。その期間は一八年……つまり、今日です」

「そ、それは知っています! ですが、何故その天恵姫がマナなのですか!?」

「それは知りません。僕も精霊王の選考基準が分からないので」


 落ちこぼれの長女が天恵姫だと認めたくない父の言葉を、エレンは素っ気なく返事する。

 そのまま状況が読み込めていないマナを、頭のてっぺんから爪先までじっと見つめたエレンは、目だけを父の方に向けた。

 その緑色の瞳が、瞋恚に燃えていることに流石のマナも気付き、身を震わせた。


「それを踏まえてお聞きしますが……何故、彼女はここまで痩せこけているのですか? ドレスや化粧で隠していますが、傷がかなりありますね。それにこのあかぎれ……貴族の娘が普通に暮らしていたらこんな風にはなりません。もしかして……あなた方は、国が守るべき至宝に虐待をしていたのですか?」

「そ、それは……その……」


 たった一目でマナの状態を見抜いたエレンの言葉に、父は口をもごらせ、継母は眉間にしわを寄せながら顔を逸らし、アイリーンは知らんぷりしながら髪先を弄る。

 一目でしらばっくれていると分かる反応に、エレンは追及しなかったが、ただ呆れたように深いため息を吐いた。


「……まぁ、今の診断結果は僕の目だけで判断したものです。信憑性は低いでしょう。……ですが、王宮で然るべき診察をした後は、その結果についての追及があると思いますので覚悟していてください。もちろん、それ相応の処罰もあることを忘れずに」

「しょ、処罰ですって!?」

「当たり前でしょう。本来尊ぶはずの彼女を、精霊王の本契約が無事成功できるか怪しい状態にまで追い込んでいるんです。こちらでも手を尽くしますが、もし本契約が失敗した場合の責任をあなた方に取って貰います。その場合、誰かの首が飛ぶことになるかもしれませんが」


 はっきりとした処刑宣告に、継母だけでなくアイリーンも顔を青くする。

 父の顔色は青を通り越して白くなっていて、当事者であるはずのマナはその光景を他人事のように見ていた。

 その時、ちょうど階段の踊り場に置かれていた柱時計が鳴り響き、最初に反応したエレンが今の時間を確認した。時間は九時ちょうどだ。


「ああ、もうこんな時間ですか。では、僕達はそろそろ失礼致します。これから天恵姫のお披露目のための準備をしなくては。……さぁ、行きますよ」

「あ……は、はい……」


 そっと腰に手を添えて、ヒールの高い靴に慣れないマナのために、ゆっくりした歩調でエスコートするエレン。

 今までこんな風に扱われたことのないマナにとって、この状況はまるで夢のようだ。

 カツン、カツンと大きめの靴音を鳴らしながら玄関を出て扉を閉めた直後、背後でくぐもった怒声や大声が聞こえてきた。


 どうやらマナとエレンが屋敷を出たことで、固まっていた三人の意識が元に戻ったようだ。

 扉越しで何を言っているか不明瞭だが、あの家族のことだ。きっと今後の身振りについて話しているのだろう。

 ゆっくりと数段しかない階段を降りて、綺麗に掃除された石畳を歩き、正門前で停めている馬車の前でようやくエレンは足を止めた。


「はぁ……全く、これだから過去の栄誉と地位にしがみついているだけの人間は困りますね。浅慮な思考をしているくせに、プライドだけは無駄に高い。ああいう人達は、さっさと頭から魔物に食べられてしまえばいいんです」

「あ……あのぅ……」

「失礼。つい本音が」


 美しい容姿から出たと思えない言葉に、マナがぎょっとしているとエレンは笑顔で答える。

 どうやらこの王宮魔術師は、意外と腹黒い性格をしているのかもしれない。


「……さて、あなたも突然のことで驚いたことでしょう。すみません、あんな風に話すつもりはなかったんです」

「い、いいんです。でも……その天恵姫のこともそうですが……私が、あなたの花嫁っていうのはどういう意味ですか? それに、前王妃様の予言って……?」

「…………ああ、そういえばまだ説明していませんでしたね。ですが……」


 マナの質問を訊いて、エレンが納得顔をするも、彼は視線を自分達と馬車の間に立つ御者に向ける。

 視線を受けた御者は、恭しい態度で馬車の扉を開けたのを見て、エレンはマナに手を差し伸べた。


「その前に馬車に乗りましょう。ここから王宮まで時間がかかるので、移動しながら質問にお答えします」

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