第2話 現れたのは白馬の王子様ではなく王宮魔術師様
部屋に戻ったマナは、父からの贈り物だというドレスを広げた。
白い無地の箱に入っていたのは、白のドレス。同色の靴と透かしレースの扇子、それに真珠を使ったアクセサリーが一式揃っている。
明日の成人式に着るにはあまりにも地味でお粗末なそれに、マナはため息を吐いた。
パルネス家は、かつて王都に仕える魔術師を多く輩出してきた名家だ。
しかし他の名家と比べても権力も地位も低く、父も【地】の精霊と契約しているも、王宮魔術師や魔法騎士団のように魔物退治で活躍できるほどの力はない。
アイリーンも魔法の勉強はしているも、その力は王宮でも戦場でも使い物にならない。マナの前ではああ言っていたが、芳しい結果が得られていないことくらい知っている。
今のパルネス家はかつての功績と地位だけで現状維持しているのだが、父は王宮魔術師の仕事だけをして、領地の仕事を執事に丸投げ。
さらに継母とアイリーンを甘やかし、彼女達の散財に目を瞑る始末。
おかげでまともな給金が払えず、月一で使用人が辞めて出て行っている。
このドレスもその散財の結果、辛うじて用意したものであり、マナにはお似合いだという家族からの嘲りの象徴でもある。
もう一度深くため息を吐いてから、マナは姿見に映る自分の姿を見る。
背中まで伸びた艶もなく傷んだぼさぼさの亜麻色の髪と青い瞳。
母と瓜二つと言われたその容姿は、長年の虐待と悪環境によってみすぼらしくなっている。
肌は日焼けするほど外に出ないせいで紙のように白く、食事も満足に与えられていない体は枝のように痩せ細っている。両手は長年の水仕事であかぎれだらけで、両足の皮膚は寒さでかじかんでヒビ割れている。
どんなドレスを着ても似合わない、痩せっぽちで醜い娘。
それが、誰からも必要とされず、誰からも愛されない落ちこぼれ令嬢マナ・パルネスだ。
(明日の成人祝いのパーティーには、家族同伴は絶対。お父様もお
そして、パーティーが終わった直後にはマナは家から捨てられる。
着の身着のまま、王都の華やかな街をさ迷い歩き、そのまま何もできず死ぬのだ。
それが明日の自分の運命。
(でも……それでいい。どうせ生きていても、私は永遠に幸せになれないもの)
だからこそ、せめて明日のパーティーだけは自分なりに楽しみたい。
それだけを胸に秘めながら、マナはドレスを箱に仕舞うと、そのまま部屋を出て仕事に向かう。
明日で終わる、継母とアイリーンの虐めに耐えながら。
翌日。
今日が成人式ということもあり、マナの朝の仕事は免除された。
朝から着慣れないドレスと化粧に奮闘しながら、ようやく身支度を終えたマナは姿見で改めて自分の姿を見る。
襟元が歪んで、袖の長さが違う、古ぼけた染み付きの白いドレス姿。
使用人から借りた髪油でなんとか艶を取り戻すも、凝った髪型ができるほど器用ではないため、簡単に櫛で梳かしたまま。
化粧も必要最低限のものしかないためひどく薄く、真珠のイヤリングとネックレスはマナの肌と髪に溶け込んでしまい全然目立たない。
「…………なんて酷い恰好」
自分でも苦笑してしまうほどの粗末さだ。
しかし、王城から来る迎えの馬車の時間が迫っている今、やり直す暇もない。
いつものように顔を俯かせ、慣れないヒールの高い靴を履いて、部屋を出る。
なるべく転ばないようにゆっくりとした歩調で廊下を歩き、通りすがりの使用人達から哀れみの視線を受けながら、ようやく玄関ホールに向かおうとした時だった。
遠くから馬車が走る音が聞こえてきた。
(もう迎えの馬車が来たの? でも、まだ時間に余裕があるはず……)
気になって玄関ホールに続く廊下の前の壁に隠れていると、今の家の財政事情ではあまりにも分不相応に着飾った父と継母、そしてアイリーンが自室から慌てて玄関に向かって小走りしていた。
三人がホールの真ん中で並ぶのを見計らって執事が玄関の扉を開くと、毛足の長い絨毯を踏みしめながら一人の青年が入ってきた。
年はマナに近いのか、男らしく成長した体つきをしているが、人形のように整った顔はまだ少年の面影を残している。
絹糸のように滑らかな黒髪と、そこから覗く緑色の瞳は性別問わず誰もが振り返るほどの美しさだ。
しかし、何より目を引いたのは、青年が羽織る金の刺繍が入った黒いマントだ。
(あれは……王宮魔術師にしか着れないマントだわ。しかも王宮魔術師の中で最高クラスの【黄金】!)
王宮魔術師。
それはヴィリアン王国に仕える国直属のエリート魔術師の称号。
中でも【黄金】は王宮魔術師の中ではエリート中のエリートにしか与えられない最高クラスで、その下には【銀】【銅】【白磁】がある。
【白磁】は新米クラス、【銅】はベテランクラス、【銀】はエリートクラスで振り分けられており、父は一応【銅】の王宮魔術師だ。
だが、【銅】の中でも父は一番下の地位にいて、自分を馬鹿にする同僚の悪口をワイン片手に喋っていたことを、それなりに話す使用人から聞いたことがある。
「こ……これはこれはエレン様。まさかあなたが訪問するとは、驚きました」
「パルネス男爵、突然の訪問で朝から騒がせてしまいすみません。そちらのパルネス夫人とアイリーン嬢も」
「いいえ、むしろ若くして【黄金】を賜ったエレン様がお越しくださって、わたくしも娘もとても大喜びですわ」
継母は愛想の良い笑顔を浮かべ、アイリーンは淑女らしくお辞儀をする。
その姿にエレンと呼ばれた青年は、特に何も反応をせず父に話しかける。
「そうですか。……ところで、今日成人を迎えるもう一人のご令嬢はどちらに?」
そこでまさか自分のことが話題に出て、マナだけでなく父も継母もアイリーンの表情が固まる。
没落寸前でありながらもプライドだけは高い父は、年下のエレンに頭を下げることに屈辱を覚えながらも口を開く。
「あー……その、ですな。少々身支度に時間を割いているようで……」
「でしたら、僕が直々に部屋に赴いてご挨拶しましょう。突然押しかけたんです、それくらいは礼儀として構いませんね?」
「い、いえっ! それは少々遠慮して貰いたく……!」
「何故です? 由緒正しいパルネス家のご長女でしょう? でしたら、部屋はあなた達と同じ階にあるのでは?」
「そ……それは……そのぉ…………」
まさかその長女が使用人が寝泊まりする一階、それも屋敷の端の端の古部屋に追いやっているなど口が裂けても言えない。
しどろもどろになる父にエレンが呆れたように息を吐こうとする前に、マナは隠れていた壁から身を乗り出す。
突然現れた長女に家族が息を呑むも、エレンは軽く目を見開く。
「あなたは………………」
「は、初めましてエレン様…………パルネス男爵の娘、マナ・パルネスです……以後お見知りおきを……」
せめてもの礼儀として、幼少期に覚えただけのたどたどしいカーテシーを披露する。
あまりの緊張で心臓が早鐘を打つも、エレンはカーテシーをしたまま動かないマナの前まで近づく。
「……顔を上げてください」
優しく声をかけられ、マナは驚きながら顔を上げる。
その先にあったのは、どこか優しげなエレンの顔。何故そんな顔をするのか理解できず、呆然とするマナの手を彼はそっと取る。
それこそ、壊れ物を扱うかのように、優しく丁寧に。
その仕草はまるで、遠い昔に読んだ絵本の中のお姫様の手を取る白馬の王子様のようだ。
未だに夢現なマナと、背後で驚愕と困惑を浮かべる父とアイリーン、そしてマナを鋭く睨む継母を横目に、エレンは静謐な声で言った。
「――初めまして、僕の名前はエレン。前王妃殿下シャルロット・ヴァン・ヴィリアンの予言の元、当代
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