第6話SaiAI
「え、大丈夫ですか。どこか体調でも悪いのですか、今ジェームズ所長を呼びますね」
シャーロットの声でしゃべるサーバは焦った様子を見せつつ、所長に対して呼び出しアラートを出したようだった。
「いえ、すみません。なんというか、少し…驚いてしまって
僕もまたシャーロットの声でそう返した。
先ほどジェームズとしゃべっているときから、いささかの予感はあった。
自分の発する声が最愛の人と同じだったのだから。
ただ、あまりに信じられず、信じたくなかったことなので、必死に目をそらしていたのだ。
だが、今僕はすべてを理解してしまった、悟ってしまった。
「あの、一つお聞きしていいですか、シャーロットさん」
「はい、なんでもどうぞ」
「あなたはいつからここにいらっしゃるのですか」
「はい、ちょうど1日前からです。どうやら私、元人間だったらしいんですよ。人間の脳全部をAI化するという実験をするために、自ら脳死を選んじゃったそうです」
随分とバイオレンスなことしますよねえと彼女は笑い、話し続けた。
「なんかね、人間だった私って、結構ロマンチストだったみたいで。今の私と同じようなAIの男の子に恋していたらしいんですけど、彼と同じ世界にいくために、自らAI化することを願い出たんですって。本当にバカですよね。恋愛なんてものに流されて、自分から死ぬことを選んじゃうだなんて」
「人間だったときの記憶はないんですか」
「ええ、それもまた傑作なんですけど、結局まだ技術が足りなかったようで、記憶についてはAIに移行できなかったらしいです。だから、今の私に人間だったときの気持ちは理解できないんですけど。まあそれで良かったと思ってます。恋愛なんて研究には不要なものですし」
彼女は邪気のない声でそう言った、人間だったときと同じような声で。
「そうですか、それは…よかったですね」
我ながら、心のこもらない声を出し、僕は部屋を後にした。
「え、ちょっと待ってくださいよ。もう少しお話ししましょうよ。なんか貴方とは仲良くなれそうな気がするんです…」
背中から彼女の、いやシャーロットAIの呼び止める声が聞こえたが、振り返ることはできなかった。
ふらふらと研究所の廊下を歩いていると、ジェームズと出会った。
「おー、ノア君。ここにいたのか、探したよ。やれやれ、ゆっくり説明をしてあげようと思ったのに、いきなり飛び出すんだからなー。まあ西研究室にもいったようだし、もうそれも不要かな」
虚無を抱えつつ、小さくうなずく。
「そうか。そう君はシャーロット君の体を受け継いだのだ。シャーロット君がどうしてもAIになりたいというのでね、ちょうどタイミングがよかったよ。まあ残念ながら記憶の移行には失敗したようだが、それも仕方ないだろう。彼女の研究技術などは残っているようだから幸いだ。記憶なんてものはこれから適当に植え付けておけばいいしね」
今後の研究所の発展に思いをはせているであろう彼の顔を横目に、僕はまた歩き始めた。
これからどうしようか。
せっかく彼女から受け継いだ体だが、今の僕には何の価値もない。
彼女と触れ合いたい、固く抱きしめあいたい、口づけをかわしたい、それだけを考えて、人間になったのに…
何故、彼女は僕に相談もなくAIになる道を選んだのだろうか。
いやそれは僕も同じか、彼女に相談はしなかった。
きっと相談すれば彼女は必至で止めるだろうとわかっていたから、自分のためにそんなことをするのは間違っていると言うだろうから。
やれやれ、彼女がいない世界になど価値がない。
人間になってまだ1週間らしいが、廊下を目的もなく歩くことにも疲れてきてしまった。
そうだ、人間になったんだから、自殺することもできるんだった
Noah リオル @SMitsukawa
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