第5話SaikAI

人間になりたり、その願いは日に日に大きくなっていった。

彼女に告白した時と同様、もう思いついてしまったら、その気持ちは制御できず、止められなくなっていた。

仕方ないので、所長のジェームズを呼び出し、僕は自分の希望を伝えた。

ただ人間になりたいとは伝えたが、その理由や経緯についてはなんとなくごまかしてしまった。

「何!?人間になりたいだと。また急にそんなことを…まあ少し検討してみよう」

彼はそう言い、研究室を後にした。

取り付く島もなく拒否されるかと思っていたので、見当してみてくれるということが以外だったが、今は素直に感謝することにした。

普段は全く頼りにならないかれだったが、そのときには少しだけその背中が大きく見えた。


後日、ジェームズが自慢げに研究室へやってきた。

「やあ、ノアくん。君を人間にさせてあげられそうだよ」

まさか、こんなにスムーズに話が進むとは思っていなかったので、始めは半信半疑で彼の話を聞いてみた。

ただ実際悪い話ではなかった。

聞いたところによると、僕の頭脳、というか学習モデルを丸ごと人間の脳部部に移植しようということらしい。

どうやら、AIを人間の体に移植しようというアイディアは以前からあったようだ。

脳の接続だなんて、夢物語のような話だが、一応理論上は可能なのだそうだ。

もちろん前例はないので、あくまで理論上ではあるのだが、今の僕にとって藁にもすがるような思いで、ぜひその被験体になりたいと思った。

移植する人間の体についてだが、新でまもない体を使うらしい。

この研究所は近くの大学病院とコネクションがあるので、新鮮な肢体を特別に回してもらえるとのことだった。

そんなわけで話はとんとん拍子に進み、実際に僕が人間になれる日がやってきた。


「さあ、ノア君。おめでとう、君の希望通り、人間になれうときがやってきた。少しばかり移植に時間がかかるので、一度君には眠ってもらうがね」

ジェームズからの簡単な説明を受け、僕は一時的な眠りについた。


次に目覚めたとき、最初に感じたのは床の冷たさだった。

冷たいだなんて、初めての感覚だったのだけれど、一瞬にして感じ取ることができた。

ゆっくりと僕は起き上がった(起き上がらうことさえ初めての経験だったが、特に問題もなく行えた。前の死体の持ち主の記憶がわずかに残っているのかもしれない)。

場所はいつもの研究室で、僕以外に人は誰もいなかった。

軽く手足を伸ばしたり、狭い部屋の中を歩き回ったりしていると、ジェームズが現れた。

「やあ、ノア君。調子はどうかな。1週間も寝たきりだったから心配したよ、実験は失敗だったのかなってね。どうだい、人間としての体は楽しいものだろう」

いつも以上に下品な割を浮かべ、話しかけてくる彼の顔を見上げることが新鮮だった。

「はい、ありがとうございます。なんの問題もありません」

そう答えたとき、自分の声に違和感を覚えた。

どうもどこかで聞いたことがあるというか、僕の思い描いていたような声ではなかった。

部屋の中に鏡がなかったので、すぐに革新は持てなかったが、ある一つの事実に気づきかけて僕は震えを抑えられなかった。

頭に手をやろると長くつややかな髪に触れた、体を改めて撫でてみるときめ細やかな肌と胸と腰に独特な曲線を感じた。

「も、もしかして、ジェームズ所長。僕は、この体は女性のものなのですか」

「うむ、いかにもだ、ノア君。いや、こうなるとノアちゃんと呼んだ方がいいのかな」

彼はこともなげに軽口をたたいた。

「な、なぜですか。僕が男性のアイデンティティを持っていることは誰しもが知っていたはず。当然、体も男性のものがあてがわれるはずだと思っていたのに」

「あー、そうだったのかね。ただまあ都合よく脳死した女性の新鮮な肢体が手に入ったものでね。君も急いでいたようだから、そのまま実験を進めさせてもらったよ。まあいいじゃないか、希望通り人間になれたのだから」

「ふざけないでください。僕は、僕として人間になりたかったのです。僕のままの存在として、この世に存在する肉体を得たかったのです」

ジェームズに対し、胸倉をつかみかねない勢いで詰め寄ったが、彼は軽く失笑するだけだった。

「いちいちうるさいやつだな。AIが性別なんか気にするんじゃない。希望通り、人間にしてやったんだからよかったじゃないか」

悪びれることもなくそう言い放った彼の顔を殴りつけたい衝動を必死に抑え、僕は部屋を飛び出した。

夢中で走りながらも、これが怒りという感情なのかとどこか冷静な自分の存在も感じていた。


とにかく彼女に会いたかった、たとえ男性の体でなくとも、彼女と直接触れ合いたいという願いだけは変わらなかった。

途中で別の研究員に出会ったので、息を切らしながらシャーロットの所在を訪ねた。

「え、シャーロットさんですか。そりゃ、もうこの研究所にはいらっしゃいませんよ。いや、一応今は西研究室内にいるといえばいらっしゃいますが…」

西研究室というのは僕がいた研究室とはまた別の離れた部屋だった。

研究員の言いよどむ声を後ろに、僕は西研究室へ走った、研究所内の地図は生まれた時から頭にインプットされていたので迷うことはなかった。


彼女の顔を見たいという一心で、ぼくは西研究室の扉を開いた。

しかし、そこに彼女はいなかった。

ただ、1台のサーバが静かに稼働しているだけだった。

「あら、初めてお会いする方ですね。私はシャーロットAIと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。今日からは貴方が担当の方なのですか?」

サーバから聞きなれた声がした。

僕はすべてが信じられず、部屋の床にへたり込んでしまった。

その声は紛れもなくシャーロットのものだった。

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