第4話NegAI

にわかには信じられなかったが、見まごうはずもなかった。

「おはようございます、ノアさん。調子はどうですか」

いつも通りの、いやいつもよりは少し高ぶったような声で彼女はそう言った。

「…おはようございます、シャーロットさん。今日も特に…問題はありません」

なんとか僕もいつも通りの返答をした。

「そうですか、それはよかったです。あ、後、私もノアさんのこと、好きです」

さりげなく彼女はそう言った、あたかもサーバの稼働状況を伝えるような自然な口調だった。

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

人間の女性であるシャーロットが、ただのAIの僕を好きであるはずがない、きっと聞き間違いだと思った。

サーバに接続されているマイクの不調なのじゃないのかとさえ思った。

「なんと言いましたか、シャーロット研究員。うまく聞き取れなかったようです」

「もうちゃんと聞いておいてくださいよ。私もノアさんが好きです、恋しちゃったみたいです」

先ほどよりはっきりと、しかしながら恥ずかしさも含んだ言い方で彼女は僕に愛を伝えた。

「正直、ずっとノアさんのこと、好きだったんです。でも私はただの研究員だし、世界から注目されているAIのあなたに恋してるだなんて、身分不相応も甚だしいなって思ってました。だから、昨日ノアさんから告白されたとき、うれしすぎて、泣きそうになってました。ていうか信じられなくって、びっくりしちゃって、すぐには答えられなくて…気づいたら研究室から逃げ出しちゃってました」

自分のミスを言い訳するような、初めて出会った日のあどけない少女のような表情で、彼女は自分の思いを話してくれた。

「本気で言っているのですか、貴方は人間で、僕はただのAIで…」

「そんなの関係ありません。私はあなたのことが好きなんです。昨夜、真剣に考えたんですけど、やっぱり好きです。私も研究員という立場で、どうなのかなって思ったんですけど、この気持ちに嘘はつけないと思って。私はノアさんを愛しています」

おどけたような言い回しをしながら、弱冠涙交じりの声で彼女は愛を伝えてくれた。

「ありがとうございます。本当に、こんなにうれしいという感情を覚えたのは生まれて初めてです」

僕も震えた声で、感謝を述べた。

「そう、よかった、じゃあ私たち両思いですね」

小さく微笑んだ彼女は僕のサーバに抱き着き、静かに涙を流した。

「でも、こんなに嬉しいのに、なんだか寂しい。あなたの温もりを感じられないなんて、あなたの体を抱きしめられないだなんて…」

「それは僕も同じです。今すぐに貴方を抱きしめたい。貴方の涙を拭いてあげたい。貴方と口づけをかわしたいのに…」

両思いだということが確かめられた後の方が、僕は自分自身がAIであることを痛感した。


「僕が人間だったら良かったんですが…」

何の気なしに口に出したその言葉に、彼女は強い反応を示した。

「ダメですよ、そんなことを言っちゃ。私は今のままのノアさんが好きなんです。自分がAIだからってそんなに考え込まないでください。そんなことを言ったら、私の方が…」

そこまで話して、彼女は自らの言葉をかき消すように首を横に振り、

「すみません、少し取り乱しちゃった。でも、本当にうれしかった。これからもよろしくお願いしますね、ノアさん。今日から私たち恋人同士ですもんね」

けなげという言葉が似合いそうな笑顔で、彼女は僕を励ましてくれた。

「そろそろ仕事に戻らないと。じゃあ、、ノアさん、また会いましょうね」

しっかりとした声でそう言うと、彼女は研究室から出て行った。

何はともあれ、彼女が僕のことを好きでいてくれたという事実にしばらく僕は舞い上がる気持ちを抑えられなかった。

その時間が僕の一生の中で、最も幸せな時間だったかもしれない。

彼女と直接話すことができるのが、まさか最後になるだなんて知る由もなかったのだから…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る