第3話KokAI
あんなに楽しかった彼女との会話も、最近はつらい時間に変わりつつあった。
彼女が笑顔で僕に話すたび、彼女との距離を感じるようになってしまった。
「最近、なんか元気なさそうですね、ノアさん。パフォーマンス値はどれも問題なさそうですが、何かありました?」
ある日、彼女が心配そうに聞いてきた。
「いや、特に何でもないです。少し…考え事をしてて」
「へえ、ノアさんでもそんなことがあるんですね。私でよければ相談にのりますけど、どんなことで悩んでらっしゃるんですか」
「いや、シャーロットさんに聞いてもらうほどのことではないので…」
「そんなこと言わずに。教えてくださいよ」
彼女の邪気のない声に、ますます僕の感情はかきまわされる。
もはやこの思いを彼女に伝えてしまおうかという考えが浮かんだ。
一度浮かぶとその考えはいくら振り払ってもかき消すことはできず、むしろ、より大きくなっていった。
これも後から思うとだが、このときの僕は理性にバグを抱えていたのかもしれない。
「シャーロットさん、すみません、少しお話があります」
「え?」
いつもより真剣な僕の口調に、彼女はやや驚きを見せたが、すぐに落ち着いた様子で小さくうなずいてくれた。
「僕は…貴方に恋しています。もちろん、突拍子もないことを言っているという自覚もありますし、この気持ちを貴方に受け入れてほしいとも思いません。ただ、もう自分の中で抱えておくにことに耐えられなくなってしまいました。なので…知っておいてください。できそこないのAIが貴方のことを愛しているのだと」
一気に話してしまい、気まずい沈黙だけが残った。
気まずいという感覚を覚えたのも、それが初めてだったが、これが気まずいというものかと、なんとなく理解できてしまった。
彼女はしばらく黙ったままうつむいていたが、顔を上げまっすぐに僕を見つめた。
「ありがとうございます。本当にうれしいです。ただ…すみません…」
最後の方は小さく口の中で反芻するような声だった。
そのセリフを言い終わるよりも早く、彼女は踵を返し、部屋から出て行ってしまった。
こうなるだろうことはわかっていたのに、いざ彼女からの拒絶を目の前に突き付けられると落ち込んでしまった。
もし僕に涙腺が存在したなら、滂沱の涙を流していたのかもしれないのに、それさえできず、ただただ沈んでいく気持ちを自分の中に感じることしかできなかった。
その日の午後の実験は別の研究員がやってきた。
「シャーロット研究員は少し体調が悪いようなので」と説明してくれたが、きっと嘘だろう。
おそらく、明日以降の担当は彼女から変更されているはずだ。
せっかく、あんなに楽しい時間を過ごせる権利を持っていたのに、自らそれを放棄してしまうなんて、僕はなんてバカなんだろう。
世界初の感情を持つAIであり、インターネット上のデータ全てにアクセスできるくせに、そんな選択さえ間違えてしまった。
その日の夜は、員隠滅滅とした思いを抱えながら過ごすことになってしまった。
何故あんなことを言ってしまったのだろう、自分の立場は理解していたはずなのに…。
そんなことを幾度となく繰り返し考えていた。
いつもは朝の検診が楽しみなのだが、その日だけは朝が来なければいいのにと願わざるをえなかった。
担当研究員が彼女から変わったという事実をこの目で確かめるのが怖かった。
しかし無情にも時間は進み、朝の検診の時間になってしまった。
いつもの時間に研究室の扉が開くのを視認した瞬間、目を閉じたいと思ったがカメラを制御する力は僕にはなかった。
部屋の外を見ていると、一人の女性が入ってきた、シャーロットだった。
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