第16話 正しい数字を求めよ

 もう一度泣いてしまって嗚咽する私を、コンラート様は急かさず待ってくれていた。

 夕陽は既に沈みかけで、部屋の中は薄暗い。

 名残惜しさを感じながら離れ、ランプの灯りを付けて何があったかを話す。その頃には何とか、跳ねまわっていた鼓動も、ぐちゃぐちゃだった思考も落ち着いてくれた。


「……なるほど。ドシェク公爵家が森の国に介入するための……小規模な行動という嘘ですか」

「はい。人員も予算もこれほど少ないはずがありません」


 書類を読んでもらい、自分なりの見解を伝える。コンラート様も頷くなら、私が深読みしすぎているというわけではなさそうだ。


「わざわざマルケータ先輩に工作を頼むほどですから、間違いないとみていいでしょう。ただ……」

「ただ?」

「これは……赤銅塔に来て日が浅い俺の考えとして。もし先輩がこのまま書類を上層へ上げたとしても、最終的に判断するのは五大貴族のお偉方です。ドシェク公爵家に逆らって、先輩がリスクを負う必要はないように思います」


 なるほど。それは一理ある見解だった。

 私はあくまでただの計算役であって、書類の数字をもとに何かを判断するのは上層、上位貴族の役目だ。


「ユリウス様は、上層にも働きかけをしているようなことを仰っていましたが……」

「五大貴族の確実な了承が得られているなら、先輩に指示をする必要もありません。恐らく、不確実な陰謀なのでしょう。俺が円卓会議側の伝手でさりげなく警戒を促すだけでも、効果があるかもしれませんし……それなら先輩には迷惑はかからない」

「なるほど……」


 気安く接してくれるから意識しなくて済んでいるが、シャレク侯爵家の次男であるコンラート様は、この手の政治についても詳しいのだろう。説得力のある考えだった。

 私は父からも『余計なことをするな』と厳命されている立場だ。ドシェク侯爵家の不評を買い、直接的な被害が発生する可能性もある。

 だが……。


「……」

「先輩?」

「そ、そんな不安げな顔をしないでください。貴方が正しいです、コンラート様」

「いえ、不安な顔なんてしていません。していませんよ」


 悪いのは私なのだから。

 頭の中で言葉を組み立ててから、数字にできない思いをゆっくりと口にする。

 ――コンラート様でなければ、きっと言えなかった想いを。


「ですが……、私は、嫌なのです。数字は嘘をつきません。この赤銅塔において、数字は世界を表すものです」


 だから、


「私が数字に嘘をつくことは、できません。責任を貴方に預けることも、……したくありません。愚かな女の我儘と笑ってくださいませ、コンラート様」


 彼は……驚いた表情をしていた。呆気にとられたような、少し恥ずかしいというような。

 それから少し笑った。嘲笑ではなく、苦笑でもなく。どことなく可愛らしい印象の微笑みだ。男性に可愛らしいという表現は褒め言葉にならないかもしれないので、ぐっと喉で止めておく。


「流石です」

「……え?」

「それでこそ、マルケータ先輩です。今のは、俺が間違ってました。……そういう人だから、俺は――」


 そして、どこか嬉しそうな笑顔で、とんでもないことを言いだした。


「貴女が婚約破棄されたと聞いて、青玉塔ではなく赤銅塔に捻じ込んでもらったんです」


 ……翌日に赤銅塔に来たのは、偶然ではなかったのか。

 色々な事情で決まっていたはずの話を覆すのは、一言で語れるほど気軽なことではないだろうに。しかも……、私を目的に。


「……無茶は、なさらない方が」

「結果的に大正解でしたから。貴女は俺が憧れていたよりも何倍も魅力的でしたし」

「や……やめてください」


 照れさせて殺すつもりだろうか? 私の心臓はそろそろ限界である。


「失礼。ともあれ……俺は先輩を手伝います。心配ではありますが……何があっても守りますから」

「ありがとう……ございます」

「具体的には、どうしますか? 確か、期限は今週中に、ということでしたよね」

「ええ、早速ですがコンラート様にお願いしたいことがあります」


 曰く、その会議は――立場によらず、実力によって王位継承者が参加者を抜擢するという。

 曰く、その会議は――王を助けるため、国の明日を担うが集められるという。


 呼び名を、円卓会議。

 爵位も、実力も、そして年齢も相応しからぬ私は、しかしはっきりと告げた。


「円卓会議に、私を出席させてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る