第12話 断章
ドシェク公爵家当主であるヴィクトルが御前会議から屋敷に戻ったのは、夜半も過ぎてのことだった。
外套を従者へと投げつけるように渡し、私室に入るまですら抑えきれぬ怒りを吐き出す。
「田舎者の辺境伯ごときが、儂の邪魔をしおって……!」
「父上、どうなさったのですか」
ヴィクトルの怒りを察してか、三男であるユリウスが様子を見に来た。マルケータの婚約者であった男である。香草茶を持った家令を伴っている。
ソファに座ったヴィクトルの対面にユリウスも座り、香草茶を飲む。気分を落ち着かせるほのかに甘い香りも、ヴィクトルの憤懣を和らげることはできなかったようだった。
「今日の御前会議で、森の国への援軍を出すことを承認していただく予定だったのでしょう」
「そうだ。話は通してあった。だが忌々しい東の辺境伯が口を挟んできおった。『他国同士の、それも本気ではない様子見の小競り合いに援軍というのは大袈裟でしょう。我が国の騎士たちが大義もなく他国で斃れるのは忍びない』などと……」
カップを持つヴィクトルの手に力が入り、震える。
ドシェク公爵家は古くから多くの騎士を擁する武の家系だ。ヴィクトル自身も最前線で戦った騎士であり、だからこそ同じく精強な騎士団を擁する辺境伯からの横槍が気に食わなかった。
「そんな。俺の婚姻はどうなるのです」
「わかっている!」
がちゃん、と乱暴に置かれたカップが音を立てる。ユリウスが小さく身を竦めた。息子の様子に、ヴィクトルがゆっくりと吐息する。
「……まだ、却下されたわけではない。陛下は調査を進めろと仰せだ。森の国に我々の影響力を行使する機会だと証明せねばならん」
「影響力を……ですか」
「そうだ。外交などというものは、武威を見せつけてからでなければ始まらぬ。日和見などしていては侮られるだけだ。ユリウス、お前にあの娘との婚姻を許すのも……」
「……クラウディアの実家、アントシュ家が……森の国との貿易で儲けているからでしょう」
ヴィクトルが頷く仕草の重々しさに、しかし負けぬようにとユリウスが声を絞り出す。
「ですが、俺は……本当に彼女を愛して、いるのです」
「くだらん。忘れるな、ユリウス。我らこそが塔の国を守る盾にならねばならぬ」
「わかっています……父上」
「ならば、お前にも働いてもらうぞ。お前には……あの女がいたな」
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