第7話 腕のいい針子を一人借り切って繕ったドレスの値段を求めよ

 翌日は死ぬほど大変だった。


 幸いにして、赤銅塔での仕事がない日だ。

 朝帰りのクラリスに頼み込んで来てもらい、馴染みの針子の店へ赴き、宝石箱と手持ちのドレスを持ち込んで調整してもらう。本来は新しく仕立てるのが筋だが、昨日の今日では間に合うはずもない。十年前の型で作られたドレスにせめてもの流行りを取り入れて、多少なりとも見られるようにしてもらった。

 クラリスと針子が盛り上がる中、服飾などわからない私は着せ替え人形のように従順に頷くだけだ。


「マルケータ、スタイルは悪くないのだから活かしていかないとね」

「クラリス様の仰る通りです。ここはこうして……どうです?」

「あの……少し肌を見せすぎでは……」

「お黙りッ!」

「お似合いです!」

「は、はい」


 ドレスが終わったら次は宝飾だ。家宝の紫水晶を持ち出そうとしたところ、クラリスに嗜められた。


「重い。暗い。姑とオペラでも見に行くつもり?」

「でもこれ以上の宝石はないし……王族の方のお誘いだから……」

「馬鹿ね。わざわざ男爵名義で招待状を出してきたんだから、『王家の夜会』じゃなく『下級貴族の気楽な集まり』がしたいのよ、向こうは。その紫水晶は一番大事な時に取っておきなさい。そうね、ドレスが青だから……真珠がいいわ。大きいの、ある? ない? ふざけんなアンタ何年淑女レディやってんのよ!?」


 塔の国は十五でデビューなので十五年である。

 ドレスと宝飾が揃ったら屋敷に戻って入浴し、髪を繕い、化粧を施し、着替え、クラリスから一般的な礼法マナーとは異なる『気楽な集まりの楽しみ方』をくどくどと教授され、ホストとなるレオシュ殿下の周辺の人間関係を叩き込まれ、いい男がいたら紹介しなさいと送り出され――


「……はあ」


 夕陽が沈み、迎えの馬車に乗り込む頃には、疲労困憊だった。


「赤銅塔の仕事でもここまで疲れたこと、ないな……」


 私の嘆きは、王都の石畳を走る馬車の音にかき消されて、誰も聞いてはくれなかった。

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