第5話 友人に投げつけても良いカップの価格を求めよ
午後の心地よい日差しが降る庭園に、弾けるような女の笑い声が響いた。
「あっははははは! 『三十だから』で振られたっての、本当なんだ? 最ッ高。私も行けばよかった」
場所はオルサーゴヴァ家の
広くはないがよく手入れされた庭園には私と、友人であるクラリス・モンフォール。互いの侍女も今は下がらせて、二人きりだ。
年季の入った白いテーブルの上、ソーサーにそっとカップを置く。カップは白地に青のラインが映えるお気に入りだが、今はそのカップをクラリスへ投げつけたい衝動をこらえなければならなかった。
波の国から取り寄せた茶葉でなければ、我慢できなかったかもしれない。
「笑いごとじゃないから。おかげでどれだけの人が苦労しているか」
「あら。当の本人である貴女はそんなに苦労してなさそうね」
「そんなわけないでしょ。今も、仕事には出てるけど社交的には謹慎みたいな状況なの」
夜会の場での突発的な発言――であればよかったのだが、どうやらユリウス様は本気だったようだ。周囲の讒言を振り切って、正式に婚約を破棄した旨の書状が数日後に届いた。実家にいる父はたいそうお冠で、ドシェク公に何とか破棄を撤回してもらうように働きかけているらしい。
馬を何頭も乗り潰して私に届いた父からの書状には、『余計なことをするな』を十通りの表現で記したような指示が書かれていた。
「くっ、くく……そりゃそうなるわね。子爵家の行き遅れを、御前会議に席を持つ公爵家が嫁に貰ってくれるなら……その三男が問題児だとしても手放せない縁談でしょう」
まだ笑いが残っている声は業腹だが、内容は正しい。クラリスは私とは真逆で、興味と能力の全てを社交に注いでいる。塔の国と周辺諸国の全ての貴族の顔を知っている、と豪語するような女だ。なお、未婚。
「行き遅れはお互い様でしょう、クラリス」
「私は自分の意志で選択しているの。私が誰かのモノになってしまったら、戦争が起きかねないわ」
「
実際に、美女である。愛嬌と機知に富み、誰より優雅にダンスを踊る。
性格も興味も全く合わないところが、私のような人見知りと長く友人でいてくれている理由なのかもしれない。
「この前アレナが結婚しちゃったから、これで同年代だと私たちだけね」
「そうなんだ。……そのうち父がまた誰か、見つけてくるでしょうけど」
「オルサーゴヴァ子爵、婿探しに熱心だものね。とはいえアンタも悪いのよ? 赤銅塔は大変だって聞くけど、そっちに入れ込んじゃって」
「入れ込んでるつもりはないんだけど……」
苦笑して、紅茶を味わう。
貴族が国に奉仕する務めを持つとはいえ、塔の下層で働く婦女子は大抵の場合結婚したら辞めてしまうものだ。私は残ってしまっただけで……密かな楽しみはあるにしても……凄くやりたい仕事かと言えば、そういうわけでもない。
「赤銅塔といえば、シャレク家の次男が入ったそうね」
「よくご存じで」
「若いのが囀ってたわよ。顔がいいとか。意地悪な教育係にいじめられてるんだって?」
含んだ紅茶を変に飲み込みかけて、咽る。
愉快げに笑うクラリスを睨みつけてみるが、どこ吹く風だ。
「……心外だわ」
「アンタ、当たりがキツいからねー。で、実際どうなの?」
「何が」
「顔。それとデキる男か」
「顔は……まあ、いいんじゃない? 能力は……私が知ってることなんか、一週間で全部覚えちゃった」
「へえ。流石は円卓会議の一員、か」
王を助ける会議が、この国には二つある。
一つは御前会議。五大貴族と、彼らに認められた数家の代表による歴史ある会議だ。私の元婚約者、ドシェク公爵家も、五大貴族ではないにしろ有力貴族として席を持つ。
もう一つは円卓会議。こちらは王子などが中心になった若者による会議で、能力のある者を家柄によらず抜擢し、自由に語り合うらしい。
もちろん、我がオルサーゴヴァ家は由緒正しき弱小貴族。どちらも全く縁がない。
「……そうなの?」
「有名でしょ。シャレク侯爵家の兄弟はかなりのやり手だって。仲良くなっておいて損はないんじゃない」
「……仕事に来ているんだから、そういう話じゃないでしょう」
「要らないんなら私に紹介してよ」
「そういう話でもない」
きっぱり断った私に、クラリスの苦笑が向く。からかわれるかと思ったら、何やら『仕方ないんだからこいつは』と言いたげな表情だ。
「全く。……アンタが三十年育ててきた心の庭は、迷路みたいになっていそうね。突き破ってくれる
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