第4話 下級貴族が国の中枢で仕事に関わる確率を求めよ
「では頼んだよ」
「はい、ズミノー伯爵」
ズミノー伯爵が執務室から出ていく。ずいぶんとご機嫌だったから、どこかの夜会に顔を出すのだろう。
扉が閉まって数秒。戻ってこないことを確かめて、机に向かう。広い執務机には多くの羊皮紙が積まれており、そのうちの何枚かは私の仕事だ。
「さて」
はしたなくドレスの袖をめくり、羊皮紙を整理する。重要と思われる書類はさりげなく上の方にまとめ、関連する書類は同じ山に積んでおく。書き損じや計算の誤りが見て取れたものは弾く。
いつの頃からかズミノー伯爵に指示されるようになった、書類の整理。ありていに言えば雑務を押し付けられているのだが、断らない理由は彼が伯爵だから、ではない。
「武具と穀物の値上がりは間違いない。でも、戦争が起きているにしては安い……? 戦が終われば戦利品が売りに出されるはず。我が国が今輸出するなら……」
楽しいから、だ。
赤銅塔においては、ありとあらゆるものが数字で表現される。すなわち、数字を見ればあらゆるものの状態がわかる。
品物の値段は、それを欲しがる人たちの『欲しがっている度合い』だ。
馬と武具の数は、それを揃えた貴族が『戦争に勝てる確率』だ。
天気と気温の記録は、それを受ける小麦の『収穫量の予言』だ。
ズミノー伯爵の執務室に集められた書類だけでも、多くの事が見えてくる。書類と数字の海におぼれながら、いつかは赤銅塔の頂点で全ての数字を見てみたいと、密やかに願った。
下級貴族、たかだか子爵の娘である私には決して叶わないと知っていたけれど。
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