日常回③ 楽しき委員会活動
「あ、あらゆる事態を事前に想定しておこう~!」
芳香が豊満な胸を精一杯に張りながら、弱弱しい声でそう告げた。
普段なら即座に盛り上がるところだが、その日は盛り上がりに欠けていた。
ラン・フォンとわたしの口数が少なかったからだ。
不思議に思ったのか、夕凪が首をひねる。
「どったの、二人とも?」
「あらゆる事態を事前に想定するって……本当に大事だなと心打たれていたところでごぜーます」
昨夜のことを思い出してスカラはげんなりとした表情を浮かべた。
部屋に忍び込んだときの言い訳ぐらい、ちゃんと用意しておくべきだった。
あまりに口数が少ないと不審に思われるかもしれない、と考えて、スカラは芳香へと話を振った。
「それで? 今日は具体的に何をするんでごぜーますか?」
「うん、今日はね、これを使っていろんなシチュエーションを考えていこうかなって」
そして芳香が机の下から取り出したのは、上部に穴の開いた箱――いわゆる、くじ引きボックスだった。その箱を机の上に置きながら、芳香は人差し指を立てた。
「い、今からみんなには、事前に想定しておきたい事態を紙に書いてもらいます。んと、例えば『異世界転生しちゃったら何をしたい?』とかかな」
その例題を受けて、夕凪が勢いよく立ち上がった。
「魔王をぶっ殺しにいくしかないっしょ!」
意気揚々と告げる彼女とは対照的に、日堂院スカラは静かに告げる。
「わたしはスローライフを送りてーでごぜーます」
「我もスローライフを送りたいかな」
思わず顔を見合わせるスカラとラン・フォン。
「き、気が合うでごぜーますね」
「そ、そだね……!」
「ねぇ、なんかあった二人とも?」
夕凪がそう質問するが無視する。
代わりに、芳香が説明を続けた。
「と、とりあえずみんなには、普段なら想定もしないようなシチュエーションを紙に書いてもらおうと思います! で、その紙をこの箱の中に入れて一枚ずつ引いていって、そこに書かれているシチュエーションにどう対処するか考えようって企画だよ!」
自信満々に黒崎芳香が胸を張る。
いよいよ広報委員会の活動とは関係なくなっていた。
普段ならラン・フォンが指摘するところだが、今日はそこまで思考が回っていないのか指摘することもなく頬をわずかに染めて俯いている。
芳香の指示に従ってメンバー全員が各々お題を紙に記入し、それをテーブルの上に置かれた箱のなかへと入れていく。
そして芳香が箱ごとシャッフルした後に、最初の一枚を取り出した。
「『ラスボスに勝利したらどんな決め台詞を言う?』だって」
「あ、それ、我が書いたお題だね!」
ランが手を挙げた。
「我たちはスペースガールズだから、この学園を卒業したら地球外生命体と戦うことになると思うんだ。せっかく強い敵を倒したなら少しぐらいカッコつけたいでしょ? だから今のうちに決め台詞を考えておこうかなって」
その説明が終わったところで、夕凪が最初に回答した。
「うちの決め台詞はこれかな!」
夕凪が立ち上がると同時に、なぜか部屋の電気が落ちてミラーボールが回転しだす。どこからともなく取り出したサングラスをつけた夕凪が決め顔でリズムを刻みはじめた。
「『Youの計画、うちがブレイク♪ アンタが
イェイ、プンプンプン~♪
と、どこからともなく音が鳴る。
ミラーボールのライトが消えたところで、ラン・フォンが叫んだ。
「それ決め台詞かなぁ!? 誰もリリック刻めとは言ってないよ!」
「細かい疑問はノンノン♪ プンプンやめてよ、ラン・フォン♪」
「うるさいよ!」
シンプルな罵倒だった。
「確かに夕凪さん、ラップとか好きそうな見た目してますもんね。結構詳しかったりするんですか?」
「そだよ! ラップに関しての造詣はバリ深いからねー。ヒプノシスマイクとかパリピ孔明とかハマってて。いやまあ、それ以外のラップは聞いたことないけど」
「浅瀬チャポチャポじゃねーですか」
ラップへの造詣が深いとは一体?
それはさておき、夕凪の決め台詞(?)が決まったところで、ラン・フォンが黒崎芳香へと視線を向けた。
「芳香ちゃんは決め台詞考えついた?」
「にへ、任せて。すっごいカッコいい台詞思いついた」
にちゃぁと笑いながら、芳香が親指を立てた。
「芳香が考えた決め台詞はこれだよ」
そして、にちゃぁとした笑顔のまま彼女が告げる。
「『案ずるな……お前の性癖はもう終わっている』」
「終わってんのはてめーの頭でごぜーますよ」
お前の脳内は年中お花畑か。
思わず辛辣な言葉でツッコミをしてしまったスカラは、こほんと咳ばらいをしてから改めて芳香に問いかけた。
「だいたい、そんな台詞どのタイミングで言うつもりでごぜーますか」
「こ、これはね、ラスボスを倒して身柄を拘束した後、一ヵ月間に渡る監禁生活のなかでラスボスの前立腺を――」
そのとき、夕凪がおそろしく速い手刀で芳香の首筋を叩いた。
糸が切れたように芳香が気絶して身体が制御を失う。
床へ倒れようとしているその身体をしっかりと受け止めたのちに、夕凪が慈愛たっぷりの表情で芳香を見つめた。
「……もういい、安らかに眠れ。誰にも理解されぬ獣よ」
滅茶苦茶カッコいい決め台詞を言いながら、夕凪は獣――というより陰獣といったほうが正しいかもしれない黒崎芳香の身体を床に横たわらせた。
「って! ひ、ひどいよ! すっごく痛かった!」
残念ながら、芳香はすぐに気絶から目覚めてしまった。
「……すぐ目が覚めないように、そのうち科学部で睡眠薬でも創るか」
と、夕凪が小声でつぶやいているのを聞き流しつつ、日堂院スカラはラン・フォンへと視線を向けた。
「で? ダーリン……あ、いや、えーっと、フォンさんは決め台詞決まったので?」
「ちょ、スカラちゃん! そ、その呼び方は秘密って……」
「ねぇ! なんかあったよねぇ、二人とも!?」
夕凪が叫んだ。
スカラとラン・フォンはその指摘を無視した。
「うん、我も決め台詞は考えてあるよ!」
そして、ラン・フォンは話をそらすように、ポーズを決めながら自身が考えた決め台詞を告げた。
「『君の敗因はただ一つ。我の仲間たちを舐めたことだ』」
キリっとした決め顔で、ラン・フォンが周囲に視線を巡らす。
スカラたちは何も言えなかった。
徐々に気まずい空気になっていく中、夕凪が代表して感想を述べる。
「ん、あー、えーっと、まあいいんじゃない?」
「何その微妙な反応!」
「いやー、正直ボケてくるかなと思ってたらそうじゃなかったし、決め台詞もどっかで聞いたことある内容だったからリアクション取りづらくて。一〇〇点満点中二五点って感じ?」
「切れ味が魔剣級の辛辣コメントだ!」
心に傷を負ったランが床に横になった。
しくしく泣いている。可哀想だけど可愛い。
「で、スカラっちの決め台詞は?」
「この流れで発言することに大変勇気がいるのですが……。まあわたしだけ言わないのも不公平ですし、告げましょう。わたしの決め台詞はこうです」
そして彼女は立ち上がり、相手を見下すような視線と共に告げた。
「『建物の中にいればトラックに轢かれないとでも? 慢心してるてめーが悪いんでごぜーますよ』」
「どういう状況!? コンビニかどっかで戦ってるの!?」
「コンビニに突っ込むのはトラックじゃなくてセダンでごぜーます」
「わざわざ訂正しなくていいから!」
夕凪が慌てたように手を振る。
「そんなグレーな話題に踏み込むなし!」
「踏み込む? トラックだけにでごぜーますか?」
「ちょっと一回、会話にブレーキかけよっか」
トーク内容を路肩に一時停止させたところで、芳香が立ち上がった。
「とりあえず決め台詞の話は一巡したし、じゃ、じゃあ、次のお題いくよー」
そして彼女は箱のなかに手を突っ込んで、そこから一枚の紙を取り出した。
「あ、芳香が考えたお題だ。ずばり『朝起きてTSしてたらどうする?』だよ」
「芳香さんらしいお題ですね」
「にぇひひ、照れるなぁ……」
「褒めてねぇですが」
先ほど芳香が読み上げたお題を受けて、夕凪が金髪を髪先をくるくると指で回しながら考え込むように発言した。
「TSしたら、か。つまりうちらの場合は男になったらどうするか考えればいいんだよね?」
「そうなりますですね」
ちらりと日堂院スカラはラン・フォンへ視線を向けた。
ランが額に汗を浮かべながら告げる。
「お、男になったらかー。ぜ、全然想像つかないやー」
ランの目が左右に動きまくる。
あまりにもわかりやすい。よく今までバレなかったな……。
そのとき、すっ、と背筋を伸ばした芳香が美しい所作で手を伸ばした。
嫌な予感を覚えながら、スカラが指名する。
「えー、はい、芳香さん」
「はい。TSしたら私がやりたいことはたった一つだけです」
そして、彼女は真摯な瞳とともに告げた。
「自分の股間に生えたち〇こを口で咥えたいです」
「できないんだよぉ! それはぁ!」
なぜかわからないがラン・フォンが迫真の表情で叫んだ。
それに対して黒崎芳香は目を見開いて愕然とした様子で尋ねる。
「で、できない……? 嘘、な、なんで……?」
「中学生になった男子は必ずその夢に挑戦するけど、ほとんどの人は叶えられないんだよぉ! みんなみんな! 夢破れて散っていくんだよ!」
ち〇こ咥えられるかどうかの話をスポーツ選手目指してるみたいに言うな。
頬杖をついた夕凪が不思議そうな顔でラン・フォンのことを見つめる。
「というかフォンフォン、やけに男子に詳しいね?」
「うっ! そ、それは……」
「それは?」
困ったように顔を引きつらせるラン・フォンを見て、スカラがため息をつきながら助け舟を出した。
「夕凪さん、そこまでにしてあげてください。以前聞いた話ですが、フォンさんの実家には弟さんがいるそうです。つまり、見てしまったんですよ……弟さんが努力する姿を」
「ああー! なるほど! ごめんね、フォンフォン。辛い記憶を呼び覚ましてしまって」
「あ、いや、大丈夫」
もちろん全て嘘であるが、なんとか乗り切れたようだ。
それにしても、よくわからないが自分のち〇こを咥えようとして失敗するというのはそんなにもあるあるネタなのだろうか?
スカラが考え込んでいる間に、夕凪が挙手した。
「はいはーい! 次、うちが言いまーす。うちがTSしたらぁ」
そして彼女が告げる。
「女子同士がじゃれあうみたいな感じで、筋肉ムキムキの男友達とじゃれあって身体を触りまくりたい!」
「そんな関係性の男友達はいない!」
「ええええ! そうなの!? ていうかフォンフォン、男について詳しすぎない!?」
驚愕する夕凪に聞こえないように、スカラはランへと顔を寄せた。
「ちょっと失言しすぎですよ。バレちゃっていいんですか?」
「ご、ごめん。黙っていようと思ったけど、どうしても訂正しないといけない気がして……」
「まったくもう」
スカラはラン・フォンから顔を遠ざけると、これ以上、彼が墓穴を掘らないように会話の流れに沿いつつも当たり障りのない内容を考えて発言した。
「次はわたしの番ですね。わたしは、TSしたら屈強な男になって戦場を駆けまわりたいです」
「ワイルドだねぇ~。フォンフォンは?」
「我は……うーん」
ちらりとラン・フォンは、自身が履いているスカートを見下ろした。
「自由に、いろんな服を着てみたいかな」
その発言を受けて、夕凪が「あ~確かに、カッコいい服とか着てみたいな~」と感想を漏らす。一方、日堂院スカラは昨夜、ラン・フォンの部屋で盗み読んだ研究所の報告書内容を思い返していた。
「自由に着たらいいじゃないですか」
「え?」
「今どき、どんな服を着ても許されますよ。きっとランさんにはボーイッシュな服も似合います。今度、一緒に学外へ服でも買いに行きましょう」
その発言を受けて、ラン・フォンはパァっと表情を明るくした。
「う、うん……!」
夕凪と芳香の二人が「ずるい~、わたしも一緒に行きたい!」と発言する。
それに対して、日堂院スカラは断固とした姿勢をとった。
「駄目です、今回はわたしが予約しちゃいましたから。……でも、そうですね、そのうち全員で買い物に行きましょう」
「おっしゃあ! 約束だよ! うちが完璧なコーデをみんなに見繕ってあげるからね!」
「にへへ……楽しみ」
夕凪と芳香の二人が納得したところで、今日の委員会活動終了を告げるチャイムが鳴った。
どうやら今日はこれにて終わりらしい。
残念ながら今日もまた潜伏者について差し迫る情報を得ることはできなかった。
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