日常回② 能力者たちの悩み
「自分の身は自分で守るしかないんだよ!」
平べったい胸を精一杯に張って、ラン・フォンがそう告げた。
それに対して日堂院スカラは深くうなずいた。
「ほう、良い心構えでごぜーますね」
「でしょ! でね、学園内で不審者に襲われる事件も発生しているし、これ以上、生徒の皆が被害を受けないように学内広報誌で啓発したいんだ。広報委員会として!」
ランは頬を緩ませて自身の指を折りながら「えーと、まずは学園内の危険スポットとして街灯の少ない場所を調査して、それから柔道部とカンフー部の生徒に聞き込みしてオススメの護身術を特集したり……」と意気揚々と記事内容を考えはじめた。
どこかうきうきとした様子のラン・フォンへと広報委員会の委員長である夕凪が告げる。
「なるほ。確かにうちら生徒たちはみんな能力を持ってるけど、必ずしも全員が戦闘向きの能力を持ってるわけじゃないもんね」
「そ、そうだね……。私も戦闘向きの能力じゃないし」
おどおどとした様子で芳香がうなずき、そして手を挙げた。
「あ、あの提案なんだけど、戦闘向きじゃない能力を戦闘に役立てる方法を今からみんなで考えるのってどうかな……。その内容を広報誌に掲載すれば、戦闘向きじゃない能力の生徒さんたちがもし襲われたとき、自分の能力をどう活かせば切り抜けられるか考えるきっかけになると思うの」
その発言に対してラン・フォンはぱぁっと笑顔を浮かべた。
「わ! いいアイデアだね! ありがとう、芳香ちゃん!」
「でゅへ、へへふ……、また芳香の天才的アイデアが光っちゃったみたいぃ……」
気持ち悪い笑みを浮かべる芳香。
この笑い方さえなければなぁ……。
そう残念な気持ちを抱くと同時に、スカラはこれは良いチャンスだ、と考えた。
この学園に通うスペースガールズ候補生たちはみんな一人一つ固有の特殊能力を所有している。それは例えば発火能力だったりテレパシーだったりと様々だ。
しかし、自分がどんな能力を有しているか公言している生徒は少ない。
それはひとえに、優秀な能力を所有しているか否かによって他の生徒との間でヒエラルキーを生みたくない、という心理的な理由が大きいようで、弱い能力を有している者ほど自身の能力をひた隠しにする場合が多い。
実際、日堂院スカラも広報委員会に所属して一か月になるが、他のメンバーがどんな能力を有しているか知らない。
つまり、この場を利用してうまく能力を聞き出せれば、潜伏者の正体を掴む手がかりを得られるかもしれなかった。
「では早速考えてみるですか。ちなみに夕凪さんはどういう能力を持ってやがるんです?」
「え、うち?」
「ですです。身近な人の能力を題材にして考えるほうがやりやすいかと思いまして。……もしかして、あまり他人に能力を明かしたくなかったりしやがります?」
「ううん、バリOK! うちの能力で良ければ一〇個でも一〇〇個でも一京個でも教えてやんよ!」
「西尾維新作品に出てくるキャラクターですか、てめー様は」
そんな大量に能力持ってるはずがない。
夕凪は照れ臭そうに舌をだした。
「ま、冗談は二センチだけ横に置いておいて」
「置き方が微修正」
「うちの能力は『マーカー追跡』だよー。他人が今どこにいるのか常に把握できるの。ま、追跡できるのは一番最後に直接触った相手一人だけだけどねー。凄いっしょ!」
「なるほど」
正直、凄いかどうか判断に困る能力だった。
他人の動きを把握できるというのは便利そうではあるものの、使い道があまり浮かばない。なんなら通信端末のGPS機能のほうが便利そうですらある。
夕凪の能力を聞いて、ラン・フォンが笑顔を浮かべた。
「わあ、良い能力だね! 子供が迷子になってもすぐ探せそう。子育て向きの能力だね!」
「フォンフォン~、それ褒めてるん?」
夕凪が微妙そうな顔をしながらラン・フォンにヘッドロックをかました。
確かに、地球外生命体と戦うために学園に入ったのに、その結果得た能力が子育て向きというのはなかなか残酷な話ではある。
「で、うちの能力で不審者を撃退するにはどうすればいっかな?」
「難しいですね。たとえば、強い能力を持っている生徒にマーカーをつけておいて常にその人の近くにいるとかですかね?」
「うちがストーカーみたいになるじゃん!」
「実際、ストーカー向きの能力ですし」
「あっは☆ スカラっちにマーカーつけて四六時中行動を監視しちゃお☆」
本気でやめてほしい。
任務に支障が出るし、それを抜きにしても四六時中、行動がバレるのはなんか嫌だった。
夕凪がため息をついた。
「ま、冗談は平積みにしておいて」
「買ったけど読んでないライトノベルみたいな置き方」
「やっぱり難しいよね。なかなか思い浮かばないっしょ?」
確かにいざ考えてみると、マーカー追跡の能力を使って不審者を撃退するのはなかなか難しそうだった。
黒崎芳香とラン・フォンもうんうんと唸るが、一向に良い案は浮かばない。
やがて捻りだすようにスカラが口を開いた。
「マーカー追跡の能力で学園職員の秘密を握って、それを交渉材料に武器の横流しを要求するとかどうでしょう? で、その武器を携帯して不審者に対抗する、と」
「マフィアの手口だよ、それ!」
真面目な性格のラン・フォンがツッコんだ。
ちょっとした冗談のつもりだったのだが、マジメ可愛い。
ラン・フォンの発言を受けて、珍しく夕凪もまた真剣な表情で首を振った。
「いや、それは駄目だよ、スカラっち」
「だよね、夕凪ちゃんも流石にそれは倫理的に駄目だと思うよね!」
「ちょっと前に室長の弱みを握ろうとマーカー追跡してみたことあるんだけど、思ったより面白い結果得られなかったんだよね」
「既にしてたんかい!」
ラン・フォンによる滅茶苦茶綺麗なツッコミが決まった。
本当に台湾出身だろうか? 実は大阪出身なのでは?
まあそれはさておき、綺麗なツッコミが決まったことで夕凪の能力に関する話題は一段落した。この機会に、他のメンバーの能力も聞き出しておきたかったスカラは別の人物へと視線を向けた。
「芳香さんはどういう能力なんです?」
「ふぇ!? わ、私!?」
芳香がびくっと身体を震わせる。そして彼女はしばらく悩んだ様子を見せたのちに、少しだけ頬を赤らめながら躊躇いがちにラン・フォンを手招きした。
「よ、良かったら、芳香の脇……嗅いでもらっていいかな?」
「なんでぇ!?」
「い、いや、その……。そのほうが能力の説明がしやすくって……。ふへ。べ、別に邪でいやらしい下心なんて二切ないよ!」
一切ぐらいは下心があるらしい。
いやまあ、切って何の単位かわからないけれど。
能力の説明をわかりやすくするため、という大義名分を得た芳香はなぜか急に鼻をふんすと鳴らして、自信満々に腕を挙げて脇をラン・フォンへと見せつけた。
ラン・フォンが頬を赤くしながら口元を手で隠す。
「う、うぇぇ、いや、でも……」
「さあ早く! 女同士なんだから気にすることないよ。ふへ、大丈夫、安全だから」
「うっ、そ、そうだね……。分かった、我、嗅ぐよ!」
覚悟を決めた様子のランが芳香の傍へと近寄り、その右脇をすーっと嗅いだ。
次の瞬間、ランの身体がビクンと跳ねる。瞳がとろーんとして、脱力してしまったのかその場に座り込んでしまった。
しかしそれでも顔だけは芳香の脇に近づけて匂いを嗅ぎ続けている。
その様子を見た夕凪が頬を引きつらせながら尋ねる。
「……なんかヤバい絵面だけど、これ大丈夫なん?」
「ふへへ、芳香の能力は『フェロモン操作』でね、芳香の匂いを至近距離で嗅いだ人を催眠状態にしちゃうの。今なら芳香の質問に何でも答えてくれるし、頼めば何でもやってくれるはずだよ!」
にたぁと芳香は邪悪な笑みを浮かべた。
「今なら、あの真面目なフォンちゃんの精神も丸裸。にしし、普段なら聞けない質問も今ならし放題! ね、フォンちゃんの性癖は? どんなシチュに興奮するの?」
「我は……」
虚ろな瞳のランが小さく囁いた。
「夜這いされるのが好き……」
おほー! と黒崎芳香が唸った。
夕凪と日堂院スカラの二人も、思わずガッツポーズを決める。
なかなか業の深い性癖だった。お尻を叩かれたいとか頭を踏まれたいならまだコメディっぽい受け止め方もできるが、夜這いされたいはリアル感がある。
ラン・フォンからその言葉が出てきたギャップがなんかこう、無性にたまらなかった。もしラン・フォンが男だったらギャップ萌えで今すぐにでも襲いかかっているところだった。
テンションが上がったスカラは芳香へと尋ねる。
「素晴らしい能力ですね。何か欠点はないんです?」
「うーん欠点でいうとこのまま一〇分間匂いを嗅ぎ続けたら、二度と芳香なしじゃ生きられない身体になっちゃうことかな」
「めちゃくちゃ危険な能力じゃねーですか!」
慌ててスカラは芳香からランの身体を引きはがした。
それと同時に、腕をぶん回していた夕凪が芳香の顔面を殴った。
「な、殴ったぁ!?」
「当たり前じゃん! そんな危険な能力、大切な仲間で試すな!」
「うう、ランちゃん可愛いから、芳香だけのお人形にするチャンスだったのに」
めちゃくちゃ危険人物だった。
地球外生命体かどうかはさておきこいつは警戒しておこう、とスカラは決意を固くする。
次はラン・フォンの能力について聞き出そうと思ったが、まだ催眠状態で意識朦朧としており会話できそうにない。さてどうしようかとスカラが思ったとき、金髪ギャルである夕凪が机の上に頬杖を突きながら口を開いた。
「じゃあ次はスカラっちいこっか。スカラっちは何の能力なの? そもそも戦闘向きなのかそうじゃないのかも知らないや。何となく、雷とか水操作できそうな見た目だけど」
「残念ながらジャンプ作品のライバルキャラみたいな能力は持ってねーです。わたしの能力は『真実を見破る』です。嘘を吐かれてもすぐに見破ってやりますよ」
もちろん、この話自体が嘘である。
日堂院スカラに、そんな能力はない。
しかしまったくのでたらめと言うわけでもない。諜報員としての仕事を通じて身に着けた処世術の一つとして、相手の瞼の動きや指の細かな振動、呼吸のタイミングから何となく嘘であるかどうかは見破ることができる。
「え、凄いじゃん! どうやって嘘かどうかわかるの!?」
「そりゃもう、身体から出てるオーラの色で」
「バリ凄いじゃんっっ!」
夕凪が興奮したように椅子から立ち上がった。
大嘘でこんなに興奮してくれてありがたい限りである。
「え、じゃあ、うちが今から言うことが嘘かどうかもわかるん?」
「当たりめーでごぜーます」
舐めんな小娘が、とスカラは思った。
こちとら小学生のころから、一〇年近く諜報員やってんですよ。
プロですプロ。こんな小娘如きの嘘を見破れないわけがない。
「じゃあ第一問! うちが一番好きな飲み物はお茶です。果たして嘘かどうか?」
「ふっ、余裕ですね。その発言は嘘――ダウトです」
夕凪は流れるようにすらすらとお茶が好きと宣言した。
スカラの経験則によれば、このように不自然なほどすらすらと言葉が並べられた場合は嘘である可能性が高い。いわゆる嘘か真かゲームをする場合、大抵の発言者は最初に何か良い嘘はないかと考えて、その後に判定者の裏をかこうとして真実を発言する。つまり、真実が述べられる場合は若干のタイムロスが生じるのだ。それに対して、先ほどの夕凪の発言のようにすらすらと言葉が出てきた場合は、最初に考えついた嘘をそのまま発言している可能性が高い。
つまり――夕凪の先ほどの発言は、嘘である。
「いや、本当にお茶が一番好きなんだけど」
「…………」
「…………」
「は? 何こっち見てんでごぜーますか? 張り倒しますよ」
「逆ギレで場を乗り切ろうとしてる!?」
は? 逆ギレ? 何のことか全然わかんねーですが?
眉間に皺を寄せて、はぁ? みたいな顔を浮かべてスカラはその場を乗り切ろうとする。
しかし心の中では顔真っ赤であり、どうして『その発言は嘘――ダウトです』とかカッコつけた言い方しちゃったんだろう、とめちゃくちゃ後悔していた。
なんでごぜーますか、『――』この間の取り方は! くっそ恥ずかしい。
「ま、まあ私のことはさておき。フォンさんはどんな能力を持ってるんです?」
これ以上会話を続けると本当は能力が使えない一般人であることがバレそうだったためスカラは慌ててラン・フォンに話を振った。
少しだけ意識を取り戻したらしいラン・フォンが瞼をこすりながら返事をする。
「ん、え、我?」
「はい、そうでごぜーます」
「あー、えっと、我の能力か……」
そこで、ラン・フォンは露骨に目を泳がせはじめた。
「どうしたんでごぜーます?」
「あ、そんなことよりさ、そろそろ夕食の時間だよ! 今日の委員会はこれぐらいにしてみんなで寮に帰――」
机から立ち上がろうとしたラン・フォンの手首をスカラは素早くつかんだ。絶対に逃がさない、という意思の下、ギリギリと締め付けるように力を込める。
「何か能力を話したくない理由でもあるんです?」
その言葉を受けて、ラン・フォンは少し悩んだそぶりを見せた後、観念したように肩の力を抜いた。
「えーっと、実は我の能力はだいぶ弱くて話すのが恥ずかしいんだ。あははは」
「なるほど、そうでごぜーましたか。それは悪いことを聞いてしまいましたね」
にこりとスカラは笑顔を浮かべた。
違う。嘘だ。
ラン・フォンは嘘をついている。
スカラが握りしめるラン・フォンの手首。そこから伝わってくる脈拍が速い。首筋に発汗が見られる。瞼が僅かに痙攣している。
先ほどは夕凪の嘘を見抜けなかったスカラだが、これだけの証拠が揃っていれば流石に間違えない。
ラン・フォンは嘘をついている。
「フォンさんの言う通りでごぜーますね。今日はもう帰って、不審者から身を守る方法についての記事はまた明日にでもまとめるとしましょう」
そしてスカラはラン・フォンの手首を離した。
不思議そうに顔を見合わせる夕凪と芳香を無視して、スカラは帰り支度をはじめる。
「今日はツッコミ疲れました。夜はぐっすり寝るとするですよ」
嘘を吐くのはラン・フォンだけではない。
日堂院スカラもまた、平然と嘘を吐く。
今日の夜は忙しくなりそうだった。
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