ストーリー② 日堂院スカラの任務
「失礼します」
ある日の昼下がり、日堂院スカラは学園内の職員庁舎最上階にある室長室に訪れていた。
「そこに座りたまえ、日堂院スカラ」
五〇代半ばの仏頂面の男性――この学園の事実上の運営者である室長に促されて、スカラは革張りのソファに腰かけた。
少しだけ高級そうな執務机や椅子、本棚が並ぶ部屋。
「君がこの学園にきてから一ヵ月が経った。調査を報告したまえ」
スカラはさっと周囲を見渡して、室長と自分以外の人間がいないことを確かめた後に口を開いた。
「構わねーですよ。では、この一ヵ月のわたしの働きを話してやりますよ」
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一か月前。
『学園に潜入した地球外生命体を、君に見つけ出してほしいんだ』
民宿のベッドの上で電話越しにそう告げられたスカラはこう返した。
「……それは構わねーですが」
鞄の中から溢れている血まみれの衣服を見ながら彼女は告げる。
「今度の任務では、戦闘は少なめでお願いしてーですね」
そして彼女がやってきたのは、南国にある世界宇宙防衛機関直属のスペースガールズ育成機関――通称、学園と呼ばれる広大な訓練施設だった。
この世界には、地球外生命体――通称BIOSと呼ばれる化け物が存在する。
そいつらは白いオオトカゲのような容姿のレベルⅠと呼ばれる状態で誕生し、人を捕食することで進化して、最終的にはレベルⅢと呼ばれる人と同等以上の知性と肉体を有した人型生命体へと成る。
宇宙空間を自由に遊泳する彼らのせいで、人類は宇宙開発を断念せざるを得なくなり、また生存圏自体も脅かされることになった。
しかし、その頃、一つの希望が誕生する。
それこそが、スペースガールズと呼ばれる少女たちだった。
彼女たちは地球外生命体の細胞を肉体に注入することで、強靭な肉体と各々固有の能力を獲得し、地球外生命体と互角以上に戦うことができる。今や彼女たちは人類が安全に暮らすためになくはならない存在となっていた。
「彼女たちが、スペースガールズ候補生ですか」
学園内のグラウンドで訓練に励んでいる若い少女たちを見ながら、日堂院スカラは事前に指定されていた庁舎へと向かう。
そこに待ち構えていたのが、室長だった。
上半身裸で、うっとりとした表情をしながらダンベルを持ち上げていた彼は、スカラが入室したことに気づくと眉を上げた。
「すまない、日課の筋トレ中でね。君が日堂院スカラか?」
「ええ、そうでごぜーます」
スカラが入室したというのに室長は気にせずに筋トレを続ける。
五〇代男性の上半身など見たくなかったスカラは内心うげ~と思いつつ、さっさと本題を切り出した。
「で? この学園に地球外生命体が紛れ込んでいるっていうのはどういうことです?」
その言葉を合図に室長は、数か月前からこの学園内で発生している事件について語り始めた。
「最初に事件が発生したのは二か月前だ。それから今日までの間に、合計九名のスペースガールズ候補生たちが何者かによって襲撃されている。犯行はいずれも夜間に行われ、犯人の姿を目撃した者は誰もいない」
室長はなおも筋トレを行いながら話を続ける。
「今のところ死者は出ていないが、襲われた者はみな大量の血液を奪われ、過度な失血により今なお重篤状態に陥っている者もいる。このまま犯行が繰り返されればいつ死人が出てもおかしくない」
「ほう、血液を」
「犯行現場からはいずれもLMY物質が検出された。これは地球外生命体が放つ特殊物質だ。この物質が残っていた以上、犯行は地球外生命体によって行われたと断言できる」
情報を脳内でまとめながら、日堂院スカラは素朴な疑問を投げかけた。
「地球外生命体による犯行だと分かっているなら、わたしではなくスペースガールズに討伐をお願いしたほうがいいんじゃねーですか? いくらスーパーエリート諜報員の日堂院スカラちゃんとはいえ、化け物の相手は手に余りますが」
「我々もできればそうしたかったがね。我々だけで対処するには少々厄介なのだ」
室長ははぁはぁ、と荒く呼吸しながらも筋トレしつつスカラへの説明を続ける。
「君は、レベルⅢという言葉は知っているかね?」
「レベルⅢ。人間と同等以上の知能と能力を有する、人型の地球外生命体ですね」
「そうだ。この学園にはスペースガールズ候補生とともに、それと同数以上の教官や技術職員も暮らしている。しかし現状、襲われているのはスペースガールズ候補生のみ。これらのことから、この学園に潜入した地球外生命体は襲撃相手を判別するだけの高度な知能を有するレベルⅢの可能性が高いと我々は考えた」
ふーん、と言いながらスカラは窓の外に広がる学園の景色を眺めた。
そんな彼女へと室長は話を続ける。
「これまでの犯行は全て被害者が一人になったタイミングで行われている。このことからレベルⅢは生徒や職員の行動を熟知している可能性が高く――つまり、潜伏者はこの学園内で生徒や職員のふりをしながら堂々と行動し、次の獲物を探していると思われる」
「なるほど」
日堂院スカラはこくりと頷いた。
「どうしてわたしみたいな諜報員に依頼してきたのかようやくわかりました」
そして彼女は、自身の人差し指をくるくると回しはじめた。
「例えば大規模な身体検査を一斉に実施して地球外生命体を炙り出すのは検査前に逃げられる可能性が高い。だからわたしみてーな諜報員に依頼して、地球外生命体のしっぽを密かに掴んでもらって、確実に地球外生命体を捕まえたいってわけでごぜーますね」
「理解が早くて助かるよ」
そう言うと室長はダンベルを床に置いて、今度はその場でスクワットをはじめた。
はぁはぁと吐息を漏らしながら、上半身肌の五〇代男性が汗を流す。
「おっさんが筋トレしてる姿を目の前で見せられるとか、何の拷問でごぜーますか!? 今まで耐えてましたが、流石に気分悪くなってきました!」
「筋肉は全てを解決する。何歳になっても肉体美への追及を忘れるべきではない」
「クソみてーな格言はいらねーんでごぜーますよ!」
その後もスカラは抗議を続けたが、一向に筋トレをやめる気配がないためこれ以上の問答は不毛だと判断し、彼女はさっさと話を終わらせるために室長へと話の続きを促した。
「……詳細はわかりました。で、潜伏者の目途は立ってるんですか?」
「潜伏者がいる可能性が高いと考えているのは生徒会、風紀委員会、広報委員会、それから教員の一部だ」
室長曰く、この学園には三〇〇〇人のスペースガールズ候補生と、同じく三〇〇〇人の職員や技術スタッフが所属していて、そのほとんどは学園内に併設されている寮で日々の生活を送っているという。
しかし、彼ら彼女らはこの学園内の全ての施設を自由に行き来することはできない。
世界宇宙防衛機関配下の施設であるため、極秘の研究施設や武器貯蔵庫などもあり、セキュリティやテロ対策の観点からほとんどの人員は入室許可されたエリアが事前に定められていて、それ以外のエリアには入ろうとしても防護扉を開けることができず物理的に入ることができない。
「無理やり入ったらどうなるんです?」
「警報が鳴り、備え付けられたレーザー銃やドローンの群れ、それからすぐに走ってくる軍人によって原形も残らないほど蜂の巣にされる」
「なるほど、おっそろしーでごぜーますね」
「ああ、そうだ。しかし、先ほど告げた――生徒会、風紀委員会、広報委員会、一部の教職員には全エリアへの入室権限が与えられている。これまでの犯行が様々なエリアで行われていることを考えると、怪しいのは全エリアへの入室権限を有するこれらの者たちだ」
そこまで話し終えると、ようやく室長はスクワットをやめて椅子へと座り込んだ。
「……説明は以上だ。君の任務はこの学園に忍び込んだ潜伏者を見つけ出すこと。潜伏者さえ特定できればその確保はこちらで行う。君が戦う必要はない。君が今まで行ってきた任務に比べれば危険性は低いと思うがどうかね? 任務を受けるか?」
「そーですね。受けてやってもいいかなと思ってます。ただ、承諾する前に一つだけ重要な話題があります」
そう告げると、日堂院スカラは自身の顔の前に人差し指を立てた。
「報酬について。納得できる額なら引き受けてやるです」
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それから一ヵ月。
納得できる報酬を提示され任務を受けることになったスカラは、室長からの推薦もあり学内を自由に動いても怪しまれない広報委員会に所属して、この一ヵ月間調査を行ってきた。
「残念ながら、潜伏者の目星はまだついてねーです。ただこの一ヵ月間で、潜伏者を追い詰めるための準備はあらかた済みました」
そしてスカラは、一か月かけて広報委員会に馴染んだことや、それと並行して生徒会メンバー等に接触を図ったこと、そしてそこに所属する生徒たちの行動ルーチンや交友関係を洗い出したことを説明した。
「盗聴器は残念ながら仕掛けられなかったですが、監視用のドローンやスコープとかの必要機材も揃えました。あと、いざというときのために銃火器も学園内に隠しました」
「銃火器を勝手に学園内に持ち込むのは遠慮願いたいところだが」
室長は眉をひそめただけでそれ以上は追求せず、代わりに最近の学園情報を共有した。
「この一ヵ月間で四人もの生徒が追加で襲われた。いずれも命に別状はないが重傷だ。いつ死人が出てもおかしくない。しかし我々ではその影さえ踏めていない。貴様には期待しているぞ」
「ご安心を。不審な行動をすればどう取り繕ってもその後の会話や行動に影響が出るものです。楽しい会話のなかに潜む違和感から、必ずしっぽを捕まえてやるですよ」
そして日堂院スカラは最後にこう告げた。
「人狼ゲームは得意なんでごぜーますよ」
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