これからに続く-3 双子の場合。
「ごめん、お待たせ〜」
聞こえた声に今へ意識を戻しながら振り向く。パタパタと手を振りながら近づいてくる姿が視界に映った。
雲の色のトップスと淡い空色のフレアスカート。まるで自分の名前を表しているみたいな服装がよく似合っている。
「どしたの?」
「いや、服似合ってて可愛いなって思って」
思ったままを口にすると勢いよく腕に抱きつかれた。それから、へへ、と笑った顔を見せてくる。
失ったもの。取り戻したもの。いろいろあるが、それだけでもない。
「行こ」
そう言ってひっぱるそらに逆らわず連れられていく。自然とからめられた指と指が暖かい。
冬を越えて春を迎えるまでいろいろあった。
あの街を巻き込んだ大騒動。世間的には大規模なガス爆発ということになっている。さすがにあんな大怪獣襲来そのままにしておいたら、世界をあげての大騒ぎになりかねない。
なので最後の最後、またも先輩のお節介で皆の記憶からはあの出来事は薄れている。
忘れたわけじゃないが、なんか大変なことがあったなぁ、くらいにしか思いだせないのだとか。
それは仮想の杜人での記憶も同じで、そっちもなんか覚えがあるなぁくらいになっているらしい。
とはいえ皆が皆、はっきり思いだせないっていうわけでもなく、俺達に近しい人間の記憶はそのままだったりする。その一人でもある千葉兄妹の兄は、自慢する気まんまんだった目論見が外れ落ち込んでいたりはしたが……まぁ、すぐに元に戻っていた。
しかし、拡散したりした写真はさすがに消せないらしく、大丈夫だろうかとも思ったが問題ないようで。
とういうか、なんか一部の界隈で盛り上がっているらしい。
「あ、見て見て」
そらが最近できたみやげ屋の店先に並ぶキーホルダーを指さす。
そのチェーンの先には黒い人型がぶらさげられていた。
「新しいのあるね」
その人型には目もなければ口もない。ただそのシルエットはどこか特撮ヒーローっぽさがある。
「なんかね、今度ドラマもやるらしいよ」
「マジか」
そして、盛り上がりは思わぬところに波及して、こうして身近にやってきている。
あの騒動の記憶を人々は具体的には思いだせない。だが、その心には残っていたのかもしれない。
守ってくれた誰かがいたということが。
それがローカルヒーローって形でやって来たのにはなんとなく時代を感じる——なんて年に似合わない感想を思い浮かべてしまう。
「へっへ〜」
まぁ、隣の元相棒は満更でもなさそうだしかまわないか。
手をつないだまま街を歩く。
「今日、兄ちゃんは?」
「優奈といっしょだよ〜。ふっふ〜、まだういういしくてさ〜、なーんか見てるこっちがにやけちゃうというか」
それは弟としても喜ばしい。
いつの間にか親しい仲になっていた二人。お付き合いしてる、とカミングアウトされた時は驚いたが、似合いの二人だとも思う。
弟も良いな、ってつぶやいてた久遠寺は……とりあえず流しておいた。
「志穂さんは?」
「姉ちゃんは相変わらず。マイペースに生きてるよ。あ、なんか賞の選考通ったらしい」
何やら書いてた小説送ってみたら通っちゃったらしい。珍しくあわあわしてたのを思い出す。
「すごい! わ〜、未来の先生か〜」
それがどうなるかは先の話だ。
「あ、ちょっと寄っていい?」
繁華街のアーケードを歩いていると、ふと気づいたそらが足を止める。指さす先には全国チェーンのサブカルグッズ店。
『宇宙の平和はこの銀河警視ギャンバーンが守る!』
ガラス越しのデイスプレイに置かれたモニターから気づけば聞き慣れたセリフが流れてくる。
「今度、劇場版あるんだよ〜」
へぇ、気になる。
「ふっふ〜、ゆうも沼にはまってきてるね〜」
その言い方はどうなんだ? 一緒に店内をのぞいていると、さっきみやげ屋で見たキーホルダーがあるのを見つけた。ギャンバーンの銀色シルエットの隣に一緒に並べられている。
……なんか、全国に流れるヒーローの隣ってのも複雑だな。
「ギャンバーンの隣とか……もしかしてこのままニチアサ進出?」
とりあえずそらはやっぱり満更でもないようなので良しとしておこう。
「あ」「あら」
店を出たところでばったり出くわす。
「おやおや〜、これはデートの途中だったかな〜」
「雪路、知っててやるのは意地が悪いわよ」
千葉、それにおきだ。
今は春休み。そんなに広くもない街でばったりなんて珍しいわけでもない。
にやけ顔の千葉の隣で、少々呆れ顔でさとしているおき。その短かった髪は以前よりものびて、肩口くらいまでになっている。かけた眼鏡の上でふわりと綺麗な黒髪が揺れていた。
「ゆ〜う〜、今はわたしとの時間ですよ〜」
つい見ていたのがばれて、じと目で睨まれてしまった。ちなみにそらは変わらず長い髪を後ろで編んでまとめている。少しウェーブがかかったように見えるのは自分でヘアアイロンでもかけたのだろうか。そのおかげで柔らかい雰囲気が増して、今日のそらは大人っぽくも見える。
以前はそういったことにはあまり興味なさげだったが……その変化が俺のよるものなら、けっこう嬉しい。
「ふふ、ゆーくんは綺麗なストレートの方が好きだものね」
と、おきがそんなことを言ってきた。肩口の毛先を指で遊びながら目を細めて俺を見ている。その仕草も相まってか、なんというか色っぽく感じてしまう。
「む〜! そんなことないよ〜! ゆうはフワフワも好きだってこの前ほめてくれたし〜!」
俺の腕にまた抱きつきながら、おきに負けじと眉を寄せつつ言い返すそら。
なんだなんだと少々周囲の視線をもらってしまう。
「ひゅ-、先ぱーい、色男〜」
千葉は呑気にはやし立ててくる。え、修羅場? 二股? とか痛い視線をもらっている俺のことを少しは気にしてほしい。
「だって、仕方ないじゃないですか。原因、先輩だし」
おっしゃる通り。この状況も俺への視線も全部受け入れる覚悟はあるつもりだ。
「なら問題ないですね。やーい、色男ー」
だからって煽るのはやめなさい。
むむむ、と睨み合う双子の間に挟まれる俺。
双子のどちらも好きになってしまった俺。そして、俺を好きになってくれた双子。
いろいろ落ち着き、二人からお試し期間の申し出があったのは墓参りの後だった。
簡単に言えば、入れ替わりでデートしつつ決めた期間の後に答えを出す。
期間は学年が上がるまで。つまりは春休みが終わる日まで。もう目前だ。
ちなみにその日まで俺の答えは一切口にも態度にも出さないという約束。顔に出やすいというお墨付きの俺にそれができているかはわからないが、今のところは問題ないと思う。
「それで今のとこ、先輩の答えはどうなんですか? あたしにだけ内緒で教えてくださいよ」
「ゆき!」「雪路!」
ちょいちょい聞きだそうとしてくる千葉だが、その度二人に詰め寄られていた。
二人曰くライバルという間柄となった双子だが、
「今日、何時くらいに帰る?」
「私は雪路とお昼を食べたら戻るから二時くらいかしら」
「わかった〜。何か買い物あったっけ?」
「今のところは足りないものもないし。大丈夫よ」
だからといって別に仲が悪いわけでもない。むしろ良い。というか今、一緒に住んでるし。
騒動の後、さすがにボロボロになった屋敷にそのままいるのもできないしどうするかとなったわけだが、そらの一緒に住もうよの一言で解決となった。元々、部屋は余っていたらしく、琴音さんともども厄介になっているわけだ。
おきが住んでいた築三○年の部屋もあったが、さすがに琴音さんと二人では手狭だしそれを言うのは野暮だ。そんなわけで長らく一人住んでいたあの部屋もすでに引き払っている。
ついでに聞いた話では屋敷のある敷地だが市に移譲するみたいなことになっているとか。あそにある社を街の文化遺産として保存しようみたいなことになっているらしい。かつての祭事を執り行っていた場所であるということをまとめた資料の提出もあって、そんな話になったのだとか。ちなみに提出したのは杜人のとある大学教授さんだ。
土地の所有者でもある隠塚現当主に異論はないらしく、そこには妹の意思が強く関係していた——っていうのは俺達だけが知る事実。
もちろん寂しいけれど……私達にはあそこは広すぎるから。
十年この街を守ってくれた彼女はそう告げた。
ともかく十年越しにようやくまた姉妹に戻れた二人。それが嬉しいのか家でも学校でも一緒の時が多い。それは時間が少し経った今でも変わらず、すでに仲良し姉妹というのは皆の共通認識だ。
ちなみに双子の姉妹であることはすでに二人の口から皆に伝わっている。それに対する反応は——あぁ、やっぱり——みたいな感じで。思うところは皆同じだったらしい。
元は同じ身体だった——なんてことは言う必要のないことだ。
おき達と別れてまたそらと二人街を歩く。
春休みということもあってか俺達と同じように外に出ている姿が多い。昼が近づいてきたこともあって、少し増えてきた気もした。
なのでそらとも話して少し早いが昼食をとることにする。
向かうのはもちろん行きつけの店。
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