2-3 ていうか腕、刃物になってない?
そんな一件があったのが朝のこと。
昔からの付き合いで、俺が皇の家に預けられていた事などを隠さず話し、ざわつく教室になんとか平穏を取り戻すことはできた。
特に俺が先日まで入院していたという事実が多少の同情も誘ったようで、良い方向に働いてくれた。
けして嘘は言っていない。
そんなこんなで俺と優姉が姉弟同然であり、皆が思うようなことはないことをどうにかこうにか受け入れてもらうことはできた。
淳宣を筆頭に疑いの視線を向ける奴らもいたはいたが、騒ぎたてることもなく、俺の学校生活の平和は無事守られた――はずだ。
淳宣としては気兼ねなく抱きついてくる義理の姉がいる、というところが羨ましいらしく、
「この――この頭にあの感触が!」
あまりの必死さにさすがにちょっと引いた。
ロリ巨乳の義理の姉とか! しかも会長とか! 属性モリ過ぎやでぁ‼︎
そんな嘆きをはばかる事なく叫ぶ姿は――一部からの冷たい視線にさらされているとは本人は気づく素振りもなかった。
そうして昼休み。
宣言通り、昼休みになるや即座に教室にやって来た優姉は俺の手をひき、教室から連れ出していった。
その時の背後からの突きささりまくる視線に、多少怖さもあってふりかえることはしなかった。
そのまま食堂にでも行くのかと思えば、一年生の教室へとむかい、クラスメイトと弁当を広げていたそらを半ば強引に連れ出す。
なになになに⁉︎ 戸惑いまくって半泣きになっていたそらをまったく気にする様子もなく、優姉はその手をズルズルと引きずってきた。
そして、今にいたる。
場所は校舎の屋上。本来は生徒が出入りできないようになっているが、
「会長特権だ」
得意気に鍵を取り出す優姉に連れられやって来た。
出入りができない場所なだけあり、周りには誰もいない。周りのフェンス越しに向かいの校舎やグラウンドなどを歩く生徒の姿が見える。
こういう普段来れない所というのは特別な感じがして内心ワクワクしてしまう。子供っぽいけど捨てられない童心ってやつだ。
そして、肩にかけていたバッグから折り畳んだコンパクトな敷物を取り出しコンクリートの床に敷く優姉。
「ほら、すわれすわれ」
誘う声に従い、俺も靴を脱いで腰をおろす。
ここまで一体どうされるのかと不安全開な顔だったそらも後に続く。
そして、三人で昼食となった。
いただきます、と手をあわせる優姉に俺達もならう。
そらは弁当、俺と優姉は購買で買ったランチパックだ。
「それは自分で作ったのか?」
「うん。いつもなっちゃ――お兄ちゃんと作ってる――ます」
さっきのことを引きずっているのか、上級生に緊張してるのか、そらの話す口調はたどたどしい。
「もしかして二年の久遠寺とは兄妹か? 彼には以前、生徒会の仕事を手伝ってもらったことがあってな。あの時はとても助かったよ」
優姉も久遠寺・兄のことを知っているのか。そういえば家に泊めてもらって以来、顔をあわせてないが、学校ではどんな感じなのやら。
見た目はともかく極端に少ない言葉数ととぼしい表情で、果たしてうまくやれているのか。
けど今の優姉の言葉からして、それなり人からの信頼はあるのかもしれない。
まったくの見ず知らずの俺に部屋を貸してくれた恩人でもあるし、今度ちゃんと礼はしないといけないな。
その時、ついでに様子を見ておこう。
「それでだ」
しばらく会話が続いた後、俺達に急に改まった声をだす優姉。
居住まいを正して正座までして何事だ。
「本当にありがとう」
そう言いながら、優姉は深々と頭を下げた。
いきなりのことに俺とそらは顔を見合わせる。
「二人がいなければ私はあの怪物のような姿のまま、きっと誰かを手にかけていた。そして、きっとそれを排する者達の手で亡きものにされていたはずだ」
顔を上げた優姉は真っ直ぐな、そして少しばかりの悔しさをにじませた声で俺達につげた。
「覚えてるのか?」
意外だった。その前に助けた女子生徒もあの後、身体に異常はなく、今は休んでいるという。だが、自分がどうして病院に運ばれたのかは覚えていなかったらしい。
と聞かされたのが昨日の夜。帰宅した母親からだ。
「ああ。はっきりと覚えている。自分があの怪物の姿になったことも、お前達に助けられたことも」
息を吐き、優姉は目をつむる。
「情けない話だが、私はもう元に戻れるとは思っていなかった。……戻ろうとも思えなかった。それがあの姿になったせいなのかはわからないが、自分が恥ずかしい。……何より、ゆうを悲しませる行動だったというのにな」
自嘲の言葉がわずかにうつむいた口からもれてでる。
それから、顔をあげ、少しばかりまた目をつむった後、
「だから、本当にありがとう。私を連れ戻してくれた事、私に声を届けてくれた事、――私を……また優姉と呼んでくれた事。全部、礼を言っても言いきれない」
真っ直ぐな視線にちょっと、照れてしまう。
けど、
「そんなの、当たり前だろ。優姉は俺の姉ちゃんなんだからさ」
照れくさくて、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「そうだな――そうだったな」
優姉は嬉しそうににかっと笑っていた。
良かった。やっぱり、そっちの方が良く似合う。
「もしかしなくても、ゆう照れてる?」
「照れてねえよ」
隣のそらのからかうような言葉にそっぽを向きつつ、残った昼飯をかきこむ。
照れてるよ〜と楽しそうなそらの声に、俺はなにも言わない。その通り、少しばかり顔が熱いのは気のせいじゃない。
照れるに決まってる。あんなセリフそうそう言うことないだろ。
「そら、君にも感謝している。本当にありがとう」
今度はそらが慌てる番だった。
「照れんなよ」
これ見よがしに言ってやる。
「ゆう〜!」
さっきの仕返しだ。遠慮なく受けとれよ。
意地の悪い笑いをむけてやりながら、あわてるそらを立場を反対にしてからかってやる。
「二人は仲が良い様子だが、いつからの知り合いなんだ?」
俺達の様子を見て、優姉が素朴な疑問といった感じで聞いてくる。
「四日前にあったばっかだよ」
俺の言葉にうんうんとそらもうなずく。
「……そうは見えないな。まるでずっと前からの気心の知れた間柄のように見える」
驚く優姉の様子に、まぁそうだろうな、と納得してしまう。
「ゆうとわたしは相棒だからね」
ふっふーん、と得意気なそら。その言葉に優姉はピンと来ていない様子だ。
そりゃそんなこと言われてもわからんだろ。
というわけで、ここまでの俺達のことをかいつまんで伝える。
鬼脅のことは伝えるか迷ったが、自分がその姿に変わっているのを覚えているのもある。隠したりするよりもちゃんと伝えておいた方が良いはずだ。
……それに隠したりして後から知られる方が怖いからな。
俺達の話を聞き終え、優姉は考え込むように口を閉じる。
「見てほしいものがある」
そう言って、優姉は自分の片腕を俺達の前にかかげる。
なにをしようとしているのかわからず、俺もそらもじっとその腕を見ていた。
瞬間、その腕が刀になっていた。
刃身だけの鋭い刃が目の前にあった。
驚く俺と思わず声をあげるそら。
そして、本当に驚くのはその刀身がかかげている優姉の腕からのびていること。
いや、のびているというより腕自体が刃に変わっている。どうなっているのか、腕の肘から先が繋ぎ目などなく、鋭い鋼へと変わっていた。
「気づいたのは昨日の夜だ。気づいたらできるようになっていた。……昨夜は驚いて、お気に入りの服をおしゃかにしてしまったぞ」
ぼやく優姉に俺は言葉がでない。
……これ、は。
それは俺達と同じ。
鎮める『鬼』と呼ばれるものの力だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます