2-2 人前ですよ⁉︎ ここ教室!

 誰も知らない住宅街での一戦の二日後。

 それはなんの前触れもなく、訪れた。

 その時、俺は朝の戦い――あの母親は家事すべてを俺に押しつけている――を終え、予定していた時間よりは遅れたが問題なく登校を終え、席についたところだった。

 おーす、と挨拶をしてくる淳宣や数人のクラスメイトに返事を返しつつ、一息をつく。

 中間がせまってくるなぁと暗い顔をしているいかつい外見の友人の言葉に、つられて憂鬱になってしまう。別に問題があるわけでもないが、試験前っていうのは理由もなく気分を暗くさせる。

 俺の頭は……まぁ、平均だ。


 先日、無事に優姉を叔父さんの元に送り届け、何事もなく今日を迎えることができた。

 その後、優姉は特に身体に異常もなく、翌日すぐにでも外に出ようとしたがおじさんに止められたらしい。

 そんな叔父さんは俺が今、母親と一緒に住んでいることを事前に知らされていたらしい。長居するのも申し訳ないと、皇の家を後にしようとする俺を止めることはしなかった。

「またいつでもおいで」

 その言葉に少しばかりの名残惜しさを感じられた事に、目が覚めてからずっとくすぶっていた寂しさが一つなくなった気がした。

 きっとまた帰ってこよう。

 以前とは違う、それは前を向いた言葉だった。


 その時だった。

 ばん!

 そんなでかい音をたてながら、教室のスライドドアが開かれた。

 あまりの音に全員の視線が一斉に集中する。

 そこにいたのは小さな姿。ポニーテールに結いあげられた豊かな黒髪が勢いよく揺れ、その下にある力強い瞳はかっと見開かれている。

 ぐるりと教室を見渡し、そして、迷いなく歩みを進める。

 そうしてやって来たのは俺の目の前。

 その背丈は今、椅子に腰かけている俺より少しばかり高いくらいのはずなのに、まるではるか高くから見下ろされていると錯覚させる迫力を醸し出している。

 皆が一体何だと固唾を飲んでいる。

 俺も、訳がわからず、その場の雰囲気に飲まれてしまっていた。

「ゆ……」

 ゆ?

「ゆうぅ‼︎」

 いきなりの抱擁。

 まるで射殺さんとする視線を放っていた注目の的――皇優奈すめらぎゆうなは突然俺の頭をあらん限りの力で抱きよせてきた。

「本当に、本当にゆうだったんだな!」

 ちょ――ちょ⁉︎ ここ教室!

 突然の行動に驚きと、そして押しつけられるその幼い容姿とは裏腹な豊かすぎる胸部に動揺してしまう。

 そして、周囲の驚きと困惑、しばらくしての一部からの妬みやら羨望やらなんやらが入り混じった視線に焦りがつのる。

 それから! 力がこもりすぎて、首! 首が絞まり気味ですよ、優姉!

 とにもかくにも生命の危機を感じたので、慌ててその腕をタップする。わりと必死だった。

「あ、ご、ごめん。つい、うれしくて」

 多分、顔の色が土気色になりつつあった俺を離し、優姉は申し訳なさそうに、けれど嬉しそうにはにかんだ笑みを見せる。

 その目は少し涙ぐんでいた。

「すぐに会いに来たかったんだが、昨日は父さんが休めと聞かなくてな。だから今日はと――我慢できずに来てしまった」

 即実行は夢の中でもこっちも変わらないな。

 なんとなく、俺も嬉しくなってしまう。優姉がちゃんと俺の知るとおり人であること、こうして会いに来てくれたことが。

「……はは、騒がせてしまった。それじゃあ、また後でな。昼食でも一緒に食べよう」

 照れ笑いを浮かべつつ、優姉は教室を出ていった。

 ちょっと名残惜しそうにこちらに視線を送りながら立ち去る姿は、なんとなく帰ってこれたんだな、と俺の心を安心させた。

 ガシィ、と肩をつかまれた。

「す、わぁぁぁ? 今のは、どぉいう事ですかぁ?」

 まるで地獄の底から這い出てきたような声と顔で淳宣がせまってくる。

 いや、怖いわ。

 周りの――主に男連中――視線もなにやら鋭い。一部の女子はヒソヒソと黄色い声で噂しあっているのが聞こえた。

 ……これは、なんとかするのは大変そうだ。

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