2-1 楽しみだなぁ、どんな顔をしてくれるよ?

 苛立つ頭痛に目が覚める。

 昨夜あおった安酒のせいか、気分の悪い胸焼けが全身をおおう気だるさと一緒に襲いかかってくる。

 気づけば、どことも知れないベンチの上だった。

 何時なのか、少なくとも真っ暗な周囲からは日の昇っている時間ではないことは確かだ。

 人気もなく、静かな公園のベンチ――恐らくは海浜公園近くだろう――でいつから眠っていたのか。

 後輩の奴らを集めて、飲んで騒いで、途中ピーピーうるせえイキッった高校生連中が絡んできやがったもんだから、気分が悪い。

 もちろんぶちのめしてやったが、そのせいで買ったばかりの時計が汚れて、余計に腹が立った。

 腹が立ったから汚れた時計で思い切り、そいつらの顔面をしこたま殴ってやった。

 うめき声を上げて、助けてなんて言うもんだから、余計に苛立って、思った以上に痛めつけちまった。

 ケンカ売ってきたんなら半端でやめんじゃねえよ、クソが。

 また親父にどやされる。

 しばらく後輩か女の家にでも厄介になるか?

 それはそれで逃げているようで腹が立つ。

 思い出したら、またムカムカしてきやがる。

 あの絡んできた奴もそうだが、いちいち口うるさいクソ親父も、言われるがままのクソババアも、いつもいつも俺に頼ってばっかの腰巾着達も。

 なにもかも気に入らねえ。

 特に気に入らねえのはあのクソガキだ。

 俺にいつもたてついてきやがる世間知らずのクソ野郎。

 俺は鳥羽慎二とばしんじだぞ?

 市議会議員の親父の名前を利用すればだいたいの奴らは俺にすりよってきやがる。言うこときかなけりゃ腕ずくでもいい。

 だってのに、あのクソガキは一向に俺に媚びへつらうどころか逆らって、つけ上がってきやがる。

 ……あの野郎には目をつけてた女を横取りされた恨みがある。

 だから、そう簡単に楽にはしてやるつもりはない。

 思わず、笑いがこぼれる。

 どうやったら、あのすかしたクソガキを苦しめられるか。

 簡単だ。あいつの周りにいる人間を一人一人痛めつければいい。

 あのクソガキはそういうタイプだ。自分のことより他人が苦しむのを拒む奴。

 ……俺が一番嫌いな偽善者だ。

 まずは、いつもつるんでるあの背だけはでかいガキか。それともあの小さい姉気取りのガキンチョか。

 ……姉気取りのほうはいろいろ楽しめそうだから後にとっとくか。

 知らず口の端が歪む。



 楽しみだなぁ、どんな顔をしてくれるよ?

 なぁ、諏訪?



「あ、こんなところに酔っぱらいハッケーン」

 なめた口調の声がガンガンと頭に響く。

 顔をあげると、数人の男どもが俺を取り囲んでいた。

「ねえねえ、そこのお兄さん、実は俺達、これから遊びに行くんだけどさぁ、お金ないんだよねぇ。だから、貸してくんない?」

 にやけた顔が苛つかせる。

 ガンガンと頭痛がひどくなっていく。

「ちょっと聞いてるの? おーい?」

 うるせえな。

「うるせえな」

 知らず口にも出ていた内心の声に、は? と目の前のにやけ面が口の端を引きつらせる。

「よくきこえなかったんだけどさ、もう一回言ってくれる?」

 さっさとやっちまおうぜ! と周りのバカ共も騒ぎ立ててくる。

 止めろ! 頭に響くだろうが!

 さっきからなんなんだ、ずっとかち割られるような痛みが続いている。まるで脳髄の奥から釘を何本もたたきつけられるような不快で耐え難い痛み。

「聞いてんの? だから、お金出してくれたら良いんだって」

「……うるせえつってんだろ。黙れよ」

 口にすると同時に胸ぐらをつかまれる衝撃。

「優しくしてやってるってのにつけ上がってんじゃねえ。状況わかってんの?」

 苛立ちを隠そうともせず、しかし周りの連れを指して、俺の胸ぐらをつかむニヤけ野郎は文字通りふざけたニヤけ面で凄んでいるつもりだ。

 ……もうやっちまうか?

 あんまりにも頭が痛えから無視するつもりだったが、気が変わった。そこまで言うなら、お望み通りにしてやるよ。

「……お前、保坂ほさかか?」

 よく見るとニヤけ顔に見覚えがあると気づいた。

 そうだ。いつもいる腰巾着の一人だ。

「は? なに、どっかで会ったことあった?」

 なにふざけたこと言ってやがる、こいつ。

「いつもせかせかと俺の周りをチョロチョロしてた奴がずいぶん偉くなったなぁ」

「あ? わけわかんねえこと言ってんじゃねえよ!」

 そう言いながら胸ぐらを引き寄せられる。

 アホが。

「え?」

 周りにいたバカ共が驚いた声をあげていた。

 胸ぐらを引き寄せられた俺がニヤけ面――保坂の顔面を殴り飛ばしたことに驚いて、皆固まっていた。

「気に入らねえならな! さっさとボコッちまえば良いんだよ! あ!」

 よろめく保坂をそのまま蹴り倒し、何度も硬い革靴の底をたたきつけてやる。

「て、てめえ⁉︎」

 周りのバカ共がようやく我に返ったのかこちらに向かってきた。

 アホ共が。

 向かってくる奴らを殴り、蹴り、倒れた身体を蹴り上げ、つかんだ顔面をたたきつけ、何度も何度も拳をめり込ませる度に返り血が身体を汚す。

「クソが! 汚れただろうが!」

 それもまた苛立ちを加速させて、倒れたバカを思い切り蹴り上げる。

 そいつはうめき声をあげていたが、何度か同じようにしているとそのうち呻くこともなくなった。

 気づけば向かってきた奴らは全員倒れていた。

 何発かもらった顔や身体に痛みが走る。

 本当にクソ共が。

 頭痛はなおも響きつづけている。

「お、お前ぇ……」

 すると最初にぶちのめしたはずの保坂が立ちあがっていた。何度も靴の底をたたきつけられた顔は腫れ上がり、元々無様な見てくれが余計に際立っていた。

 その手には折りたたみ式ナイフが握られている。

「なんだよ、そんなチンケなもん持って勝ったつもりか?」

 明らかな敵意と憎しみを向けるその目に嘲りの言葉を返す。

「チンタラしてないでとっと来いよ!」

 俺の言葉に保坂は絶叫しながら突っ込んでくる。

 バカが。ただの突進、よけてくれって言ってるようなもんだ。

 だが、響く頭痛がいきなり傷みを増し、視界がぼやける。

 そして、腹に焼けるような傷み。

 突っ込むように俺の身体にぶつかった保坂のナイフが深く深く腹に食い込んでいた。

 思い切り突き飛ばし、その顔をぶん殴る。

 だが、頭痛と腹の痛みにうまく力が入らず、保坂の奴は突き飛ばされはしても、まだ起きあがってくる。

 思わず膝をつく。

 にじむ赤い血が目にはいり、自分の意識が朦朧としていることに気づく。

「はは……調子にのるからだよ! すぐに言うこと聞いてりゃ良かったのに」

 保坂のいらつく声がぼんやりと聞こえてくる。

 意識がぼんやりとしているのに、刺された腹の痛みは鋭く、頭はガンガンと響いて止まない。

 苛立つ。

 そばでピーピーと騒ぐ喚き声が耳障りで仕方がない。

 鳴り止まない頭痛とともに苛立ちは際限なく、増大していく。

 そうして、あっさりとその喚き声は鳴き止んだ。

 何故なら、今、この俺の手で文字通り潰してやったからだ。

 血がベッタリとついていたが、それはすぐに消えてなくなり、保坂の奴はこの世から消え去った。文字通りに。

 そして、少しだけだが響きつづける鈍痛が和らいだ気がした。

 気づけば、腕は奇妙に膨れあがり、まるで鉄球のような硬い鋼になっていた。

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