1-10 うまい飯。ついでに隣にいたのは母親だった
夢も見ず、眠っていたらしい。
目が覚めるとすっかり窓の外は暗く、時計の針は夜の八時を過ぎていた。
やっぱり相当に疲れがたまっていたみたいだ。
いろいろあったが、あのモールでなった黒い姿。あの浮遊体のように明らかに尋常じゃない。
そして、尋常じゃない姿になってどうにも体力を根こそぎ奪われたらしい。
変身後の副作用ってやつか?
子供の頃に見てたヒーローものとかでそんなのあったな。
それはともかく、そんな尋常じゃない姿になった俺は一体なんなんだという話になる。思い返せば、今日一日尋常なことなんて一つもなかった。
一体俺の平凡な日常はどこへ行ってしまったのか?
……そもそもがそんなものなかったのだとしたら。
「あ、おきた?」
そらがドア越しのぞき込んでくる。
「ご飯あるけど食べれそう?」
マジか。
そらに連れられ、リビングに向かう。
そこには四人分の食事がならんでいた。
白米、味噌汁、ほうれん草の和え物、鮭の焼き物もある。
思わず腹が鳴った。
……そういえば何も食ってなかった。
「うま。いや、うま」
空腹もあってか、出された食事はそれはそれはうまかった。
そら曰く、そらとその兄――夏樹の2人で作ったらしい。
鍛えてるように見える長身。短く切られた髪の下の顔はえらく整っている。
語彙がないと言われるだろうが、ぐぅの音もでないイケメン。それが一番言い表すのに適切だと思わせる長身イケメンだった。
俺とならんだら、さぞ俺は引き立て役になれるはずだ。けしてひがみなんかじゃない。
その隣にすわる妹のそらもぱちりとした瞳が印象的なきれいな顔立ちをしている。モールの時は余裕がなかったせいか気づかなかったが、あらためて見ると上背もあるすらりとした姿は街中で目をひくはずだ。束ねた髪をゆらしながら歩く姿がなんとなく想像できる。
美形の兄妹か。俺と優姉だと……なんか違うな。優姉も美形だと思うが、見た目、美人というよりかわいいに近いし。
さて、そのイケメン兄は目覚めた直後にまた俺がすぐ眠ったせいか、今が改めての対面だった。
「悪いな。見ず知らずの俺を助けてくれたこと、感謝してる」
「かまわない」
「すげえな、こんなうまいメシ作れるの。俺はできて軽食くらいだ」
「そうか」
会話が実に端的で短い。
この兄、見た目は良いが表情がわかりづらくて――というかほぼ無表情――言葉少なだ。
正直、間が持たない。
というわけで自然、そらと俺の隣にいるもう1人との会話が主になる。
「あらためて……久遠寺そらです。よろしくね」
自己紹介されたので俺もそのまま返す。
もちろん、諏訪勇悟、でだ。それ以外に俺の名前はない。
モールでの1件でそら同様に相手の記憶をかいま見た俺だが、あらためてそらのことをたずねる。
そこはそれ、今日初対面のはずの人間がいきなりいろいろ知っていたらおかしいし、食事時の話題提供ってことでもある。
けして久遠寺・兄の無言に耐えられないわけではない。
当たり障りのないところで、そらがどうやらこちらの高校に転校してきたこと。学年は一年で俺の一こ下、ついでに同じ学校の後輩になるらしかった。俺が本当にその学校の学生であるならだが。
ついでに久遠寺・兄も同じ学校の二年、俺と同年だったこともわかった。だが、俺の記憶には久遠寺夏樹の顔に覚えはない。こんな目立つ顔立ちの奴、あまり関心のない俺でも話くらいは聞いていておかしくないはず。
そういう話題に敏感な
だというのに俺はこいつのことをまったく知らない。
……確かめるか?
「なぁ、俺の名前、聞いたことあったりするか?」
兄への問いかけにそらがすこし驚いたように視線だけで見てくる。
久遠寺・兄はわずかに沈黙し、
「いや聞いた覚えはない」
簡潔に答えた。
「……そう、か」
落胆はなかった。そうじゃないかという予想はしていた。
「ほ、ほら、ウチの学校ってクラスも多いみたいだし。なっちゃん、あんまり他の人のこと気にしたりしないもんね」
そらがフォローするように言葉を重ねる。慌てすぎだよ、バカ。
なんかジト目でにらまれた。
不穏なことを考えていた目をしてた、というそら。
お前はエスパーか。あ、いや近いものなのかもか?
「仲が良いね、二人は」
と俺、そら、久遠寺・兄と一緒に俺の隣で夕飯を共にしていたもう一人が口を開いた。
女性だ。多分三十は過ぎている。先程、リビングに連れだってやって来た俺とそらより先に、その女性は食事の並べられたテーブルにつき、俺達を出迎えた。
彼女はこの久遠寺家の人間ではない。そらも知らぬ間に久遠寺・兄が招きいれたらしい。
では誰か?
「探したよ。病院から知らせを聞いてかけつけたら、そこはもぬけの殻。起きてそのまま飛び出したと聞いた時は血の気が引いたんだぞ」
言葉とは裏腹に楽しそうな笑みを浮かべる女性の言葉に思わずといった様子でそらが俺を見る。
「仕方ないとは思う。十年ぶりに目を覚ましたら、誰だって動揺する。だから気にする必要はないさ。それにさびしがることもね」
女性はこちらの反応を楽しんでいるようにも見えた。
そして、次に発せられた言葉に俺は言葉がでなかった。
「ひさしぶりだね、勇悟。母さんはまたお前に会えて嬉しい」
「それで二人はどういう馴れ初めかな?」
「そ、そういうのではないです!」
「そういうのとは?」
「なっちゃん!」
久遠寺兄妹の様子をおもしろそうにながめている女性。
「いや兄妹仲も良くていいね」
「それは兄としては当然です」
「君はおもしろいな」
「光栄です」
「……なっちゃん、たぶんそれはほめてない」
普通に談笑する隣で俺の内心は複雑だ。
「しかし、悪いね。私までご相伴にあずかってしまって」
「いえ、朝桐さん。あなたのご子息には妹が大変世話になった。妹の受けた恩を返すのは兄の務めです」
「わたしも一緒に作ったじゃん!」
「もちろんだ。お前と一緒に厨房に立つ。この日をどれだけ心待ちにしていたか」
「その言葉に優しい笑顔をプラスすると妹好感度アップだろうね」
なるほど、とうなずく久遠寺・兄。早速実行に移す兄の表情は果たして変わっているのか、妹はすこし引き気味だぞ。
そんな食事の時間が終わり、
「さて、ではすまないが少し部屋をかしてもらえるかな? 息子と話をしたくてね」
予想通りというか、女性――
その名字は俺が目覚めた病院で看護師が俺を呼んだ時に使ったものと同じだ。
「かまいません。彼が休んでいた部屋を使ってもらって結構です」
申し出を問題ないものと久遠寺・兄は了承する。
さて、それじゃあ、たしかめようじゃないか。
今の状況がどういうことなのか。俺が一体なんなのかを。
「ああ、それと」
部屋へと向かおうとする俺の後ろで思い出したように朝桐悠子はもうひとつと口にした。
「君の妹も一緒にかしてほしい。彼女も起こっていることを知る権利はあるからね」
え、わたし? と驚くそらと同じく、俺も驚く。
そんな俺達を置いて、悠子はすたすたと先に行ってしまう。
一瞬、そらと顔を見合わせ、とにかくその後を追うことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます