1-9 目が覚めたら眼前に無表情

 質問。

 目を覚ましたら無表情の男の顔が間近にあったら?

 正解。

 無言で見守る。

 いや、本当に。


「目が覚めたな」

「……はい」

 マジでビビるよ。やめてくれ。

「あ……目がさめた?」

 他に聞こえる声に視線をずらすとそこにはそらの姿があった。

 同時に間近にあった無表情が顔をあげ、立ち上がる。

「目が覚めたばかりだ。水分補給が必要だろう」

 そう言って、そらと入れ替わりで部屋を出ていく。

 その背をなんとも言えない心持ちで見送りつつ、寝かされていた身体をおこす。

 とりあえず、ここはどこであれは誰だ?

「ここはマンションのわたしの部屋で、さっきのはわたしのお兄ちゃん」

 俺の心を読んだかのように答えるそら。

 え? まさか本当に読んでる?

 不意に意識を失う前のことを思い出す。

「顔にでてた。ここはどこだ-? って」

 なるほど。笑うそらの言葉に納得する。

 どうやらあの後、気絶した俺をやって来た兄と一緒に運んでくれたらしい。病院はやめてくれという俺の言葉を聞きいれてくれたことに感謝だ。

 それにボロボロだった病院のパジャマは知らぬ間に着替えさせられていた。兄の服をかしてもらえたようで、しかもここはその兄のベッドらしかった。

 そして、すこし迷う素振り見せてから、

「それで……あれってなに?」

 あれとはあのモールで見たあれだろう。

 今、思いだしてもあやふやな形状しか思い出せない。

「悪い……俺にもわからない」

 ……そっか、と下を向きつぶやくそら。しかし、すぐに顔をあげ、

「それはともかく――その、ありがとう!」

 勢いよく頭を下げられた。後ろで束ねている髪が勢いよくゆさっと揺れる。

 急にどうした?

「いや、だって、命の恩人だから……お礼はちゃんと言いたいから」

 なんかモジモジしている。

「結局やられっぱなしだったけどな」

「そんなことないよ!」

 俺の言葉をばっと身をのりだして否定してくる。

「あの時、ゆうがいなかったら、わたしダメだった。もうあきらめてたもん。だから、来てくれて、助けてくれてありがとう」

 またそう言って頭をさげるそら。俺は何も言えなかった。

 正直、あの時の俺はけして完全な正義感から助けようとしたわけじゃない。

 最後の自己満足として、自分のためにしたことだった。そんな頭をさげられるようなものじゃない。

「あのさ、もし行くとこないならしばらくならここにいても大丈夫だよ」

 そらの意外な言葉に驚く。

「ごめん。あの姿になってゆうの中にいた時、すこし見えちゃったんだ」

 でもすこし! すこしだけだから! 慌てるそらの姿に思わず、笑いがでる。

 なんだかな、調子が狂うというか、悩んでるのがバカみたいに思えるというか。

「というか初対面の男を泊めようってのはどうなんだ? 兄ちゃんのとこに来たばっかなんだろ?」

 俺の言葉にそらも一瞬、はっとする。

 悪いとは思いつつも、俺もわずかにそらのことを見てしまっていた。といってもそらと同じく最近の記憶のようで、いろいろあって杜人に移ってきたくらいしか知れてはいない。

 そらが口にしたのに俺が言わないのは違う気がしたし。

「……それは大丈夫。なっちゃん――お兄ちゃんも大丈夫って言ってるから。なにせわたしの命の恩人って力説しておいたからね」

 もちろんくわしくは言えなかったけど……とばつが悪そうにするそら。

 なんか、力が抜ける。

 そういえばずっと気をはりっぱなしだったような気もする。

「悪い。もう少し休んでいいか? 後のことはそれから決めたい」

 わかった、とそらは素直に俺の言葉を聞きいれてくれた。

 せっかくもらった時間だ。もう少し休ませてもらおう。考えるのはその後でもバチはあたらないだろ。

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