1-8 俺、変身する

 映像が浮かび、流れていく


『はじめまして。私はみそら。久遠寺くおんじみそらといいます。今日から、あなたのお母さんになりたいと思っています。だから、今日からあなたは久遠寺そらですよ』


 それが最初の記憶。

 義理の母との出会い。名前をもらった。久遠寺という苗字。そらは元からの名前。

 義理の兄もいっしょ。

 血のつながりはない。

 けど、本当の家族。大切な家族。


 知らない記憶。俺のものではない誰かの記憶。



 変化は一瞬だった。

 気づけば意識は現実に戻っている。

 ふらつく足をなんとか踏ん張り、二度目の衝撃もなんとかしのぎはしたが追い詰められている状況は変わらない。

 やっぱりどうしようもなかったのか。あきらめが口にでてしまい、せめて悪あがきくらいはしないと死ぬにも後味が悪いと三度目の衝撃に身構えた。



 まるで、俺の中におさまるような感覚。

 欠けていた心臓がはまり、足りなかった力が満ちていくような。

 俺という人間が真に存在するために必要だったものを得たような感覚だった。


 痛みはない。ふらつきもない。

 感覚は冴えている。

 五体は満ち足り、全身に力がみなぎっている。

 俺の身体は黒く、



「なんじゃこりゃあ⁉」



 思わず叫んだ。

 いやそりゃ叫ぶだろう。気づいたら、自分の身体が真っ黒な鉱物の塊みたいなものになってたら。


『うるさぁ⁉』


 そして、俺の叫びに驚くように声が聞こえた。

 聞こえた、いや、響いた? なにか自分の内側というか、頭に響くというか、どこから聞こえたんだ。

 あたりを見回しても、誰の姿もない。

 ていうかあの子は⁉

 さっきまでいた女の子の姿を探すもどこにも見当たらない。

 まさか、やられた?

 いや、でも、そんな感じはなかった。

 まだ、あの怪物はなにもしてきていなかったはずだ。

「どこいった⁉ いたら返事しろ‼」

『だから! あんまり叫んだりしないでよ!』

 まただ。声だけ聞こえる。けど、姿が見えない。

「だからどこにいるんだって聞いてるんだよ、バカ!」


『バカっていう方がバカなんですぅ‼』


 ……嫌ってほどに頭に響いた。

 直接、頭に響く声。

 いや、これはまさかな。

『わたしは大丈夫? っぽい? とにかく元気です!』

 自分でもよくわかっていないのか勢いで無事を告げる声は、どうやらどうにも俺自身から聞こえてくるみたいだった。

「あー……一応、確認なんだが、どこにいる?」

『どこって言われると……あなたの中?』

 そっかぁ……俺の中かぁ。

 人間あまりに理解を超えすぎると逆にすんなり受け入れられるみたいだ。

『ていうか上! 上!』

 その声に咄嗟に床を蹴る。

 動きのなかった浮遊体がしびれを切らしたかのようにその一部をしならせ、地面を揺らす。

 身体が軽い。

 全力で飛び退いたと思ったら、一気に浮遊体の浮かぶ広間の端にまで来てしまった。

 そして、なにより俺の内から響いた声よりも先に感覚として迫る触手を感じ取れていた。

「なんなんだ? 変な姿になって身体も変になったのか?」

 思わず自分の身体を見下ろす。

 積み重なる石か鉱物か、透きとおるようにも見える重なりは本来の俺の身体よりも太く、どこか鍛えられた筋肉にも見える。

『よそ見してる場合じゃないってば!』

 わかってる!

 休む暇なくせまる浮遊体のムチをまたも跳躍してかわす。

 振り上げ、振り下ろされるそれをなんなく避けていく。

『よけてばっかりじゃなくてこっちからも攻撃!』

 だからわかってるって!

 ふるわれる度に床一面を揺らす不定形のムチを避けながら、一気に近づく。

 間近までせまり、渾身の力で拳を振り下ろす。

 

 手応えは、あった‼︎


 形の定まらないそれに拳がめり込み、そしてそこからその姿が砕け散る。

 効いた!

『効いてる! ここから一気に‼︎』

 俺の中で声が響く。

 よろめくように動きをふらつかせるそいつに止まらず、距離をつめる。

「言われなくても!」

 悪あがきのようにムチを複数のばしてくる。

 だが、無駄だ。

 わかる。ふりおろされるムチの軌道のすべてが思考するでもなく、感覚に飛び込んでくる。

 無数のムチの間隙をぬって、それは目前。

 勢いのまま、全身を回転。



 渾身の踵落とし!



 それが決め手となった。

 残った塊がぼろぼろと砕け散り、やがて塵もなく消えていった。

 着地をなんなく終え、消え去るその光景を見上げる。

 ……やったのか?

『……や、』

 や?


『やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』


 うるせぇぇぇぇぇぇ‼

『すごい! すごいすごい‼︎ なにこれなにこれ! 変身⁉︎ 変身しちゃったの⁉︎』

 興奮気味な声が俺の中で響く。

 俺の苦情の念も通じていない。

『やばいやばいよ! なにがやばいって専用武器も熱いけどこの身ひとつで戦うスタイル! キメが蹴りだったのも良い‼︎』

 なにか知らないがえらく興奮している。

 あ〜……盛り上がってるとこ悪いが、とりあえず落ち着いてくれ? な、そら?

『あ、ご、ごめん――って、あれ? 今、わたしの名前』

 本当だ。聞いていない名前のはずが、何故だか不思議とそうなんだとわかった。

 そして、理解する。さっき浮かんだ映像は、そらの記憶なのだと。

『あ、そうか、あなたは勇悟。勇悟っていうんだ。――じゃあ、ゆう』

 ……。

『あ、嫌だった……?』

 そうじゃない。ただ、いろいろあったばかりだったからか、その呼び名に変に反応してしまった。

『そっか』

 そらはそれ以上、聞いてくることはなかった。

 今はそれがありがたい。

 

 不意に視界が揺れる。

 気づけば、先程まで目にしていたそらの姿がそこにはあった。

 俺も元の――腕や足の部分がボロボロだが――パジャマではだしの姿に戻っていた。

 同時に急激な眠気に誘われる。

 立ってもいられず、膝をつく。

「だ、大丈夫⁉︎」

 きゅ、救急車⁉︎ と倒れた俺にかけよるそらに、

「病院は……やめてくれ」

 それだけ告げて、俺の意識はぷつりと途切れた。

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