1-11 え? 俺って本当に姉ちゃんいたの?

 先ほどまで俺が寝かされていた一室へと戻る。一足先に入っていた朝桐悠子はすでに椅子に腰かけ、俺達を待っていた。

 足を組んで、さも自分の部屋かのように俺とそらに入ってくるよう促す。

 なんとなく、上から見られているようで嫌な感覚だ。

 部屋にはどっかりとすわられた久遠寺・兄が普段使っているであろう作業机に備えられたひとつしかないわけなので、自然そらと二人ベッドに腰かけることになる。

 そして、目の前の女性が口を開くのを待っているが、なぜかしげしげと笑みを浮かべながらながめられるだけだった。

「あの……」

 そらがおずおずと声をかける。

「いや、ごめんごめん。こうやって実際に会えて、つい観察してしまった」

 ようやく口を開くも、相変わらずのうっすらとした笑みだ。あまりじろじろ見られるのは、気分が良くない。


「しかし、どうなんだい? 自分の中に他の人間を受け入れるというのは?」


 とんとん、と自分の胸を指で示しながら、その目は俺を見ている。

 ――やっぱり知っているのか?

 隣でそらが息をのんだのがわかる。

 あ、変な意味じゃないぞ、なんていう下世話な冗談は耳にはいらない。

 今の言葉は明らかに、あのモールでのことを指し示している。

「あんた……誰だ?」

 単刀直入に聞く。まわりくどいのはなしだ。

 ただ事実だけが聞きたい。

「だから、お前の母親だって言ったろ」

「俺の名字は諏訪だ」

「私もだよ。前のだけどね」

 そう言いながら、俺の母親を名乗る人物は1枚の写真を取り出す。

 そこには三人の家族の姿が映っていた。

 男の子と女の子、そして女性が一人。

 写真の裏には添え書きがあった。



 おかあさん おねえちゃん おとうさんといっしょに。

 ゆうご



 子供のつたない文字で書き添えられていた。

「朝桐悠子。昔の名前は諏訪悠子。諏訪は夫の名字だよ」

 ……まったく覚えがなかった。

 こんな写真を撮った記憶も、俺にこんな家族がいたことも。

 映る顔はどれも俺の記憶の中にはない。

 子供の頃のことはほぼ覚えていない。いないが、こんなにも思い出せないものなのか?

「無理に思い出す必要はないさ。なにせ本当にまだ幼い子供だった時のことだよ。それにすぐに皇の家にあずけてもいたから、覚えていない方が自然さ」

 そうだ。俺はいなくなった両親に代わって、皇の家にあずけられた。けど、考えてみればあれはいつ頃で、どうして両親はいなくなったんだったか?

 それに、俺に本当の姉がいたなんてこと、これっぽっちも覚えていない。

「……そんな写真、作れるだろ」

 詳しいわけじゃないが、加工とかででっち上げられるんじゃないかと疑ってしまう。

「さすがに印刷している用紙の劣化は作れないと思うけど、専門家でもないから否定できないな」

 苦笑する自称・母親。その顔は写真の中の女性よりも年齢を重ねてはいるが、面影があるようには見えてしまう。

「……あの」

 そこで控えめに俺の持つ写真をのぞいていたそらがわって入ってきた。

「なんだい?」

「えと……話がそれちゃうんですけど、気になることがあって」

「それは?」


「どうしてこの写真にはお父さんが映ってないんですか?」


 言われて俺も気づいた。

 この写真、よく考えるとおかしい。

「君はするどいね。実はそれも今から話したいことなんだけど――どこがおかしいと思った?」

 楽しそうに自称・母親はそらに答えをうながす。さながら生徒に解答を求める教師のような振るまいだった。

「……裏にお母さん、お姉ちゃん、お父さんといっしょにって書いてあるのにお父さんだけ映ってないのはおかしいというか……この写真をとったのがお父さんだったのかもしれないけど、それならもっと違う書き方する思うんです。たとえば――お父さんがとってくれた、お母さん、お姉ちゃんといっしょに、みたいに」

 そらの答えに軽く手をたたくマネをしてくる。

「いいね、君は観察とそこから状況をくみ取ることができる子なんだな。――いろいろあって動揺しているのはわかるけど、母としてはそっちにも気づいてほしかったよ」

 肩をすくめる仕草に無言で渡された写真をつきかえす。

「短気もよくないぞ」

 言葉とは裏腹にからかい混じりなのがいら立たせる。

「……それで、この写真を見せて何を話そうっていうんだ?」

 やれやれ、とため息まじりだがそれもわざとらしくて鼻につく。隣で落ち着かない様子で俺と自称・母親を見守るそらには悪いが、余裕のある態度でいられそうにはなかった。



「こいけがし。聞いたことはある?」



 聞き慣れない言葉だった。どういう字を書くのか、こい――濃い? けがしはなんだろうか?

「それ……あの子が言ってた」

 俺とは対称的に聞き覚えがあるかようにそらはつぶやいた。

「どこで聞いたか覚えてる?」

「え……えっと、今日こっちに来て、なっちゃん――お兄ちゃんを待ってる時に話しかけてきた男の子から」

「へぇ……その子はどんな子だった?」

「どんな子……たしか短い髪で……それで……あれ?」

 思い出そうとするそらだが、首をかしげている。

「まださっきのことなのに……うん〜? 大きくなったらニチアサのメインはれそうっていうのは覚えてるのに」

 なんだそりゃ? 眉根を寄せて、考え込むそらを反対に自称・母親は興味深そうにながめている。

「思い出せない?」

「……はい」

 あきらめたようなそらの答え。たぶんモールの広間でのことなんだろうが、あんなことがあれば思い出せなくなっても仕方がないんじゃないかとも思う。

 口に手をあて、一瞬考えるような様子を見せる自称・母。



「その子はもしかして襲われたんじゃないかな?」



 その言葉にそらの身体がびくりと震えた。顔をうつむける。

 もしかすると、あの時、俺がそらの元に来るまでにあったことだろうか。あの黒い姿になった時、そらのことを望まずとも知ってしまったわけだが正直知らないことのほうが多い。

 俺の見ていない、そらにとってはつらいことがあったのか。

 それが答えと受け取ったのか、言葉が続く。

「すまない。確認もふくめていたものだから、嫌なことを思い出させて申し訳ない」

 急に優しい声音でつげたことに俺だけでなく、そらも顔を上げる。


「勇悟、そら、君達が遭遇したそれは『こいけがし』。そう呼ばれているものだ」


 不意にはじめて名前を呼ばれた。

 しかし、そんなことよりもやはり目の前の人物が今日起こったことを知る人間なんだという確実な言葉が出たことに俺は知らず、息をのんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る