1-5 向かった先はもぬけの殻。そこにいたのは怪物と

 モール内の光景は当然見慣れたものだった。

 杜人は中心に近い街中に商業施設が多く繁華街となっているが、そこから近い駅前も市外との交通の要所ということもあって、それなりに賑わいを見せる場所だ。

 時々足を運ぶ模型店ももちろん営業中だった。街中で手に入らないものがこちらにあったりするので、足を伸ばすこともあった。


 だというのに、だ。

 人の気配がない。

 いや、誰もいない。


 今の夕方をむかえる時間帯であればもっとスーパーに来たり、買い物に来る人の姿があってもおかしくない。

 なのに今、モール内の通りを走る俺の目には人の姿はただの1人も映らない。

 なにがどうなってる?

 目が覚めて俺の知らない世界にでも迷い込んだような感じだったのが、次は集団神隠し?

 いや、実は隠されているのは俺の方だったりするのか?

 今の俺なら、そうであっても不思議じゃないかもしれない。

 ばかばかしい。そう、ばかばかしい考えなんだ。

 こんなこと、それこそ出来の悪い映画やマンガでももっとうまく作るもんだろ?


 あんな出来の悪い子供のらくがきみたいなものが浮いていたりするわけないんだ。


「……なんだよ、あれ?」

 言葉で言い表そうにも、それは常に形を留めず、ふわふわと柔らかそうにも硬そうにも、どちらにも思えるような理解のできない形状をしていた。

 やっぱりおかしくなったのかもしれない。

 だって、そうだろう。起きたら病院で、俺は諏訪勇悟じゃなくて別の名前で呼ばれて、ずっと一緒に暮らしてきたはずの家族からはお前は死んだと言われて——。

 それで最後にあんな不出来な形の怪物が見えるんだとしたら、それはもう頭がおかしくなったと思うしかない。

 もし、そうじゃないんなら狂ってるのはこの世界の方になる。

 そして、浮かんでいたそれは突然、身体の一部を鞭のようにしならせ床に叩きつけた。

 轟音と粉塵が舞う。

 思わず腕で顔をかばい、舞い上がった煙がひいていった時、気づいた。

 誰かいる。

 あの浮遊体の近く、へたりこむように尻餅をつく姿が見えた。

 女の子?

 なんでこんなところに?

 さっきまで誰も人の姿のなかったモール内ではじめて見つけた少女に驚く。

 少女はぬいつけられたように変わらず浮いているそれを見上げている。

 やばい。

 直感的に感じた。

 あのままだとやばい。なにがどうやばいとかわからないが、とにかくまずいしやばい。

 多分、このままだとあの子はあの訳のわからない浮遊体の餌食になる。


 お人好しがすぎて自分が怪我するなんてバカじゃない。


 いつだったか、ほずみの奴に呆れられながらそんなことを言われたな。

 別にお人好しのつもりはない。そんな善意でできた人間じゃないと、自慢じゃないが自覚はしている。

 走る。

 ここまで酷使してきたはだしの足の裏はすでにもう痛すぎて訳がわからなくなっている。

 走る。少しでも早く。

 これ、たぶん後で大変だろうなぁ。

 けど今は良い。そんな後の心配は捨てていく。

 浮遊体が再びしならせた一部を振り上げる。

 

 間にあえ間にあえ間にあえ!


 呆然として動けない少女の姿が見える。

 そこまではまだとどかない。

 このままの勢いであの子ごと転がる? いや、間に合いそうにない。

 ギリギリかわしてなんてできそうな大きさをアレはしていない。

 ならどうする? このまま走っていっても、間に合っても、結局はただの無駄。一緒につぶされて俺はただの無駄な労力を使って、たったひとつの命も捨てるかもしれない。

 走る走れもっと走れはやく早く速く疾く!

 

 んなこと知るか!


 とにかく助ける。ただそれだけを考える。

 方法は? 少女は震えているのか動けそうにも見えない。なら逃げろと叫んでもだめだ。

 ならどうする? どうやって助ける?

 簡単だ。

 俺が盾になればいい。


 自分でも驚くくらいに身体は軽く、さっきまで痺れのような痛みを感じていた足も力強く床を踏み締めていた。

 目が覚めて、吐き気が出るくらいに嫌なことばかりだった。

 この先、どうしたら良いかもわからない。

 なら、ならせめて、今この場で死んだとしても、最後に誰かを助けることができたのなら。

 吐き気が出そうな今でも少しはマシに思えるかもしれない。


 衝撃は一瞬。


 けれど一生続くんじゃないかと思えるほどに長い体感と重量。

 実際に受けた重量と衝撃はちっぽけな一般高校生男子くらいは文字通り粉々にできるはずだ。

 いや、本当にな。

 けど、俺は生きていた。

 五体はしっかりとそこにあって、踏ん張る足から伝わる感覚は現実のものだ。

 やばい。いろいろやばいことばかりだったが、今が一番まずいような感覚だった。

 が、そんなことよりなによりまずは

「バカかお前! さっさと逃げろ!」

 いや、もっと言い方あるだろ俺。

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